第四七話
「……扱うつもりだったから、呼び出したんだろう? 聖獣と言われても人の欲望を飲み込んだんだ。少しは歪みにも興味があるだろ?」
「そのような物が効くと思うか?」
白虎の咆哮は男性の身体を再び、吹き飛ばす事はできない。
男性は口元を緩ませたまま、言うと白虎の足元から黒い靄が浮かび上がり、白虎を飲み込もうとする。
黒い靄に襲われようと白虎は慌てる事無く、前足を一度上げて床へと振り下ろすと白虎の足元から衝撃が走り、黒い靄を吹き飛ばしてしまう。
「流石は聖獣、一筋縄ではいかないな」
「……当然だ」
「ただ、扱えなかった時は扱えなくても構わないんだよ。俺はどこかのノラ猫と違って別にこの場所に執着もないからな」
男性は白虎を扱いきれないと判断したようですぐに方向転換をすると白虎の足元には魔法陣が描かれて行く。
白虎は意味がわからなかったようで首を捻ると魔法陣は黒い光の柱を上げた。
黒い光は禍々しい瘴気を放っており、白虎はその瘴気を振り払おうとするが、簡単に振り払う事はできずに白虎の白い毛の部分を黒く染めて行く。
身体の毛が黒く染まる度に白虎は咆哮を上げるが、その咆哮は苦痛に満ちた悲鳴にも聞こえる。
「別に操れなくても壊す事は簡単にできるんだよ。そのために恨みや辛みを出来損ないの巫女に刻み込んだんだからな。その苦しみは巫女やお前を現世に召喚するために生贄になった者達の恨み。神に見捨てられて歪みに堕ちた者達の苦しみ。ほら、神なら、その苦しみを受け止めて浄化してやれよ」
白虎の悲鳴に男性は愉快だと言いたいのか、高笑いを上げた。
男性の高笑いに白虎は耳障りだと言いたいのか彼を睨みつけるが身体の中に侵入してくる瘴気に身体の自由は奪われているようであり、動く事はできない。
白虎の苦悶の表情に歓喜するように男性が声を上げると部屋の壁からは黒い腕が這い出てきて伐達を囲む。
その様子に伐は舌打ちをすると部屋の中に浮かんでいた青白い炎は黒い腕を燃やして行くが数が多く、燃やしきる事できない。
「……ちっ」
「あいつから炎を受け継いでもその程度か、ほら、早くしないと神様が邪神に堕ちてしまうぞ……夜の街には俺達のエサが溢れているからな」
伐の炎をかいくぐった黒い腕は白虎を捕らえている黒い光の中に飛び込み、邪悪な魔法陣のエサになって行く。
その様子に伐は男性の目的を察知したようで忌々しそうに舌打ちをするが男性は高みの見物だと言いたいのか伐と白虎から距離を取り、どこからともなくグラスを取り出すとウィスキーをグラスに注ぐ。
「……巫女を連れて逃げろ」
「悪いが遠慮する」
「そいつは無理な相談だな。そいつにはできないんだ。白虎の力が暴走したらこの掃き溜めが壊れてしまうからな」
白虎はまだ理性を残しているようで伐にクリスを連れて逃げるように言う。
その言葉を伐は拒否すると男性はウィスキーをあおりながら楽しそうに笑った。
「無理するなよ。無駄な物はすべて捨てちまえば楽になるぞ。だいたい、それが歪みだろ。いつまで半端で居るつもりだ?」
「……うるせえよ。俺に指図するんじゃねえ。お前も神なら少しは耐えろよ」
男性にとっては伐の行動原理は理解できないものため、完全に歪みに堕ちてしまえと言いたげにささやく。
その言葉を伐は吐き捨てるように拒絶すると懐からオイルライターを取り出してふたを開いて火を灯すとオイルライターの火を白虎の動きを止めている魔法陣へと向ける。
「白虎ごと燃やし尽くすか? それも構わないが西の封印は解かれ、もっと面白い事になるぞ」
「……その時はその時だ。だいたい、この程度の炎で燃え尽きるなら、どうせ、直ぐに封印なんて解かれるだろ」
「歪みのくせにその力を使いこなすなんて半端者が」
「……うるせえ。今、食い殺してやるから待っていろよ」
伐の行動に男性は本当にその選択で良いのかと問う。
その言葉に伐は舌打ちをすると彼の身体からオイルライターに力が注ぎ込まれているのか、伐の身体が青白い光を帯びて行く。
伐の身体を青白い光が帯びて行くと彼の表情は苦痛に満ちて行くが伐の表情が歪めば歪むほど青白い炎は勢いを上げて行き、限界が来たのか一瞬で伐の足元を中心に青白い炎が弾け飛ぶ。
青白い炎が弾けると部屋の中に這い出していた黒い腕や瘴気の塊は吹き飛ばされてしまい、白虎を取り囲んでいた魔法陣にはひびが入って行く。
男性は青白い炎を防ぐように防御壁を張ったようだが、その爆発の威力は想像を超えていたようで身体の半分以上が失われている。
伐の炎に男性の力はかなり削がれてしまったのか、身体を再生する事ができないようで舌打ちをするが、伐も大半の力を使ってしまったようで動く事ができないのか膝を付いてしまう。
伐も男性も力は底を尽きかけているがお互いの意地があるのか、二人の視線には殺気がこもっている。
「……やってくれる」
「少々、状況が悪いな」
その時、魔法陣に入ったひびから魔法陣が砕け散り、白虎が這い出てくると男性へと鋭い視線を向けた。
先ほどまでは瘴気に飲み込まれかけ、理性を失いかけていたが伐の行動でその瘴気は消し飛ばされてしまい、白虎は力を取り戻したように見える。
白虎の怒りはこのような事を企んだ男性に向けられており、鋭い視線に男性は分が悪い事は理解できたようで舌打ちをすると何か助かる手はないかと周囲へと視線を移す。
伐の青白い炎はクリスやライオネルにはダメージを与えなかったようでライオネルは目を白黒させながらこの戦いを見ている。
そんなライオネルを見つけた瞬間、崩れかけていた男性の口元は小さく緩む。
「……巫女はエサにもならなかったが」
「我の前でそのような事ができると思っているのか?」
「……やはり無理か? 仕方ない。今回は引くか。次こそはお前を最上のエサにして食らい尽してやるからな」
男性はライオネルを食らいつくして一時的に力を得ようと考えたようだが、その行動は白虎には簡単に予想が付いたようであり、白虎は咆哮を上げると衝撃が起こり、男性を襲った。
衝撃波に男性の崩れ落ちていた身体は吹き飛ばされてしまうが、完全には消滅させる事ができなかったようであり、男性は伐へと言葉を残すとその身体は空中に溶けて消えてしまう。
「こっちのセリフだ」
この場から消えてしまった男性の言葉に伐は忌々しそうに舌打ちをすると限界がきてしまったようで床に倒れ込んだ。




