第四五話
「……歪みでありながら、変わっているな。長い時を生きてきたが初めてかも知れん」
「変わり者ってのはどこにだっているだろ。善人もいれば悪人もいる。善神もいれば邪神もいる。同じものばかりじゃ世の中、面白くもねえ」
「そうなのかも知れんな……人とはやはり面白い」
白虎は伐のような歪みと出会ったのは初めてのようであり、楽しそうである。
その言葉に伐はどうでも自分は自分だと言いたいのかけだるそうにタバコの煙を吐き出すと白虎は考えを少しだけ変える必要があると言いたげに笑った。
「面白いね。自由意思は人間様に与えられた権利だからな」
「確かにそうだな」
「それで、いつまで現世に居るつもりだ? さっさと帰ってくれねえか」
伐は白虎の言葉などどうでも良さそうであり、聖獣である白虎相手でも態度を変える事のない彼の様子に白虎は小さく肩を落とす。
その様子からはすでに伐へ対する敵意など見えず、伐は用が済んだなら帰れと言いたいのか追い払うように手を振る。
「そう言うわけにもいかん。我を呼び出した者は悪意があるようだ……その者は滅する必要がある」
「小者相手に暴れようとするなよ。あんたの力で暴れられると迷惑なんだ」
白虎は自分の力を悪用しようとした者がいるため、その者にお灸をすえる必要があると言う。
その言葉はライオネルの耳に届いたようで彼は身体を硬直させると伐はそう言う物は良いから帰れと言いたげにため息を吐く。
「……安心しろ。お主のような者には興味はない」
白虎は自分の気配に威圧されているライオネルなど眼中にないと言いたいようであり、視線を鋭くすると部屋の入り口へと視線を向けた。
白虎の視線の先にはスーツ姿の男性が立っており、まるで今までの伐と白虎のやり取りが茶番だと言いたいのか嫌味たらしく拍手の真似事をしている。
「久しぶりだな。糞野郎」
「そうだな。久しぶりだな」
男性が視界に入った刹那、伐は床を蹴り、一気に男性との距離を縮めると左足で蹴りを放つ。
その足を男性は慌てる事なく、右手で止めると伐を跳ね飛ばす。
跳ね飛ばされた伐は身をひるがえし、床に着地すると先ほどまで白虎に向けられていた氷の刃が男性に向かって襲い掛かった。
「やれやれ。ずいぶんと手荒い歓迎だな。せっかくの再会なんだ。良い酒でも開けたらどうだ?」
「……てめえと飲む酒はねえよ」
襲い掛かる氷の刃に男性は手を払うような仕草をすると風が起き、氷の刃は一つを除いて砕け散ってしまう。
残された氷の刃は宙で止まり、男性はその氷の刃に手を伸ばすと氷の刃は砕け二つの氷の球体が浮かぶ。
男性はどこからかグラスを二つ取り出し、氷を入れると部屋の中に飾ってあったウィスキーのボトルを手に取り、グラスにウィスキーを注ぐと我が物顔でクリスが横になっているソファーにテーブルを挟んで座る。
グラスの一つをテーブルの上に置くと男性はグラスの中のウィスキーと氷を眺めながら伐に一緒に飲まないかと言う。
伐は男性と酒を酌み交わす気はないようだが、クリスを男性の側に置いているのは危険と判断したようで男性の対面まで移動し、テーブルを蹴り上げる。
「せっかくの高い酒なんだ。もったいねえじゃないか」
「それに関して言えば、同感だが……高ければ良いってわけでもねえだろ」
「まぁ、俺も本来は日本酒党なんだが、たまにはこう言うのも良いと思ったんだ」
ウィスキーの入ったグラスも宙を舞うが、グラスは空中に浮かんでおり、男性はもったいない事をするなと言いたいのか大袈裟にため息を吐く。
テーブルは男性の背後まで飛んでしまい、伐は男性を見下ろす。
彼の言葉は高圧的ではあるが本題から逸れている。
男性は納得するべき事もあるのか、難しい表情してウィスキーを飲み干すと伐へと視線を向けて口元を緩ませた。
その笑みには人を恐怖で縛るような冷たさがあり、壁際に立っていたライオネルの背筋には冷たい物が伝う。
「……最後の酒なんだ。楽しめよ」
「悪いな。まだ、最後の一杯にする気はないな」
しかし、伐がその恐怖に屈服する事はなく、男性に向かって拳を振り下ろす。
振り下ろされた拳の先には先ほど、男性が空中に浮かべたグラスが飛んできており、伐の拳を止める。
止められた拳に伐は舌打ちをすると男性は伐の反応に満足そうに口元を緩ませ、その笑みに同調するようにグラスからは黒い靄が溢れ出す。
「……相変わらず、胸糞が悪くなるな」
「同じ歪みに言われたくはないな。だいたい、人の恐怖に歪んだ表情は俺達に取っては最高のごちそうじゃないか」
グラスから溢れ出した黒い靄は人の顔をしており、その表情は恐怖で歪んでいる。
その様子に伐は吐き捨てるように言うと男性は伐に向かい同じ穴の狢だろと言いたげに笑う。
男性の言葉に伐は不快だと言いたいのか顔を歪めるが、伐の表情の変化が楽しいのか男性の口元は緩んだままである。
「いい加減に俺まで堕ちてきたらどうだ? その方が良いエサになる」
「勘違いするなよ。お前は被食者側だろ」
「言うね。せっかく、良いエサになるようにあの偽善者を食い殺してやったのに……そっちの女も食い殺せばもっと味が熟成されるか? それとも蓮の名を持つ少女の方が良いか? まあ、味が良くなるならどちらでも良いか?」
男性は伐を挑発するように口を開く。
その言葉は同じ歪みとして、伐を自分の中に取り込むつもりのようである。
伐は冷静を保つように落ち着いた声で挑発を仕返そうとするが、それはいつもと違っており、男性の次の言葉に表情がわずかに歪む。
彼のわずかな表情の変化を男性は見逃す事はなく、その表情はさらに楽しげになっており、伐の目の前でクリスを殺すと言う。
その言葉に伐は不快感を露わにすると男性へと向かって蹴りを放った。
伐の足は再び、グラスで受け止められ、男性は伐の行動が予想した通りだと言いたいのか歓喜の声を上げるとグラスの中から溢れ出てくる黒い靄は量を増やし、黒い靄からは人々が恐怖する声や恨み言が響き、部屋には恐怖や憎悪と言った黒い感情が広がって行く。




