第四二話
「……貴様、ティナに何をした?」
ライオネルは脇腹の痛みと溢れ出る血に歯を食いしばりながら、傷を両手で押さえた。
その行為は出血を押さえるための行為であり、自分の傷に対してわずかながらでも処置できるくらいの冷静さは取り戻したように見える。
痛みで顔を歪めながらも自分の指揮下からクリスが外れたのは伐が何か策を弄したと考えたようでライオネルは目の前にいる伐の背中を睨み付けた。
「別に俺は何もしてねえよ。最初からこうなるように仕組まれていたんだろ」
「仕組まれていただと……あいつか」
「頑張るね。お兄ちゃん」
背後から聞こえるライオネルの言葉に伐は振り返る事無く、けだるそうに答える。
彼の言葉にライオネルは誰がこの状況を作り出したかすぐに察したようで忌々しそうに顔をしかめると脂汗を流しながらふらふらと立ち上がった。
振り返らなくてもライオネルの行動が手に取るように理解できているのか、伐は口元を緩ませて彼をからかうように言う。
その言葉に反応するように彼の足元からは黒い靄が立ち上り、黒い靄はライオネルの傷に向かって飛ぶ。
「……何のつもりだ?」
「腐ってもウェストロード家の後継者なんだ。今回の騒ぎぐらい握りつぶせるだろ。次期当主に恩を売っておくのも悪くねえと思ってな。まあ、応急処置程度だ。キズは癒せても失った血はどうしようもねえ、せいぜい、貧血で倒れないようにしろよ」
向かってきた黒い靄をライオネルは跳ね除けようとするが、黒い靄は彼の手を交わすと傷口に張り付いた。
黒い靄は血を止め、痛みを麻痺させているのかライオネルの脂汗を止める。
ライオネルは伐が何を考えているかわからずに怪訝そうな表情をすると伐はライオネルに利用価値があるから助けるのだと言う。
「……私を利用するつもりか?」
「お互い様だろ……俺もこんなくだらない事を企んだクズには少し興味があるからな」
「貴様はあの男を知っているのか……当然か、あの男は白虎の力を使って貴様を殺すと言っていたからな」
痛みが引いた事でライオネルの頭は損得の計算を始めたようで伐の言葉の真意を探ろうとする。
伐はライオネルの考えなど気にする気はないようでけだるそうに頷いた後、今回、クリスとライオネルを巻き込んだ人間に心当たりがあるようで忌々しそうに言う。
ライオネルは最初の白虎召喚の儀式が失敗した時に自分にすり寄ってきた男性の顔を思い出して舌打ちをすると彼が口にしていた言葉をつぶやいた。
「……殺すね。殺れるもんなら殺ってみろって話だな」
「一先ずは、貴様の話に乗ってやる。ティナがあの男に操られているなら、白虎召喚すらあの男の口車と言う可能性の方が高いからな」
「……残念ながら白虎召喚に関して言えば成功みたいだな」
自分のつぶやきに伐は吐き捨てるように言うとライオネルは伐を信用する気はないようだが、共通の敵がいると認識したようで自分をだました男への憎しみを口に出すと白虎召喚の儀式と言う茶番に付き合わされた事に対して舌打ちをする。
しかし、伐は白虎召喚の儀式が茶番だとは思っていないようで眉間にしわを寄せると彼の防御壁を殴りつけていたクリスの身体に限界がきたようで彼女は膝から崩れ落ちてしまう。
彼女が崩れ落ちた床からは彼女がまき散らした血とライオネルの傷から溢れ出した血をつなぐように黒と白の光が走る。
「……どういう事だ?」
「必要だったんだろ。出来損ないとは言え巫女の血と直系の血が」
「おい」
部屋の中を縦横無尽に走る黒と白の光にライオネルは何が起きたかわからずに疑問を口から漏らす。
彼の言葉に伐はタバコの煙を肺一杯に吸い込むとクリスとライオネルの血が白虎を呼び出すのに必要な要因だったと言うと倒れたクリスに向かって歩く。
ライオネルは伐が何をする気かわからないため、彼を引き止めようと声をかけるが伐は気にする事無く、クリスの元まで歩くと彼女に手を伸ばす。
クリスの身体が白い光に包まれており、伐の防御壁をやみくもに攻撃した時に傷ついた四肢の傷は跡形もなくなっている。
「……出来損ない扱いされていても巫女は巫女か。しっかりと巫女の役割を果たしているじゃねえか」
「……伐、遅いよ。怖かったんだからね」
「それは悪かったな」
伐は彼女を抱き上げると床の上で寝かせておくのは気が引けたようでソファーの上に下ろす。
その時、クリスはゆっくりと目を開き、一瞬、恐怖で顔を歪ませたものの伐の顔を見て、表情をほころばせると彼の服をつかみ責めるように言う。
彼女の言葉に伐はにこりともする事無く、悪態を吐くとまだやる事があるため、その間はクリスに眠っていろと言いたいのか彼女の指を放させた後、代わりだと言いたいのかクリスの頭を優しくなでる。
彼の珍しい行動にクリスは小さく微笑むと体力の限界が来てしまったのか瞳を閉じて深い眠りについてしまう。
「……おい。あれは本当に操る事ができるのか?」
床の上を走り回っていた黒と白の光は絡み合いながら次第に虎の形を形成して行く。
二色の光が絡み合い、混じりあう事で白虎の姿に近づいて行くが白虎の形に近づくたびに衝撃が飛び、ライオネルは立っていられないのか姿勢を低くしている。
放たれる衝撃やまだ白虎になっている途中とは言え、二色の光からは人間など屈服させるような威圧感を放っており、ライオネルはどこかでまだ白虎の力を制御できるのではと考えているのか口元を緩ませた。
「……興味はねえな。ただ、まがりなりにも神なんだろ。人間様が扱えるとは思わない方が良いな」
ライオネルの言葉に伐は興味などないと言いたげに頭をかくと白と黒の光が絡み合っている中心へと視線を向ける。
中心からは白虎の目なのか二つの光が輝き、伐を睨み返すと白虎は伐が自分の化身を何体も消し飛ばした理解したようでその場には咆哮が響いた。
咆哮とともに部屋の中を走り回っていた白と黒の光は一気に中心部になだれ込んで行き、光は集約された後、一気にはじけ飛ぶ。




