第四十話
「……ったく、遅かったか。面倒だな」
伐は砕けた黒猫の首飾りを拾うとけだるそうに頭をかいた。
首飾りには伐の力が込められていたため、クリスがその力を使ったため、それを察知して移動してきたのだがすでに彼女の姿はこの部屋にはない。
「しかし……派手にやったな。完全にひしゃげているじゃねえか」
壁にめり込まれて身体がひしゃげている男性達を眺めながら、伐はため息を吐くが男性達にこれと言った思い入れもないため、その視線は興味がなさそうにも見える。
部屋の中を見回しながら、クリスの行き先を探ると部屋の奥に上の階に上がる階段がすぐに見つかった。
「……悪役ってのは高い場所から下々を見下すのが好きだからな。あいつの残り香もあるし、この先か」
上の階を見上げながら伐はけだるそうに頭をかくと一歩ずつ、歩き始める。
「……」
「……ずいぶんと良い格好だな。妹にこんな格好させるなんて変態だな。お兄ちゃん、肢体は成長しきっているとは言え、まだ、ガキなんだ。見合った服を着せてやれよ」
「律儀にドアから入ってくるか。ノラ猫と聞いていたからな。窓や屋根裏からでも入ってくると思ったんだがな」
階段を上り、部屋に入ると伐の視線の先にはクリスが完全に光を失った目をして立っている。
彼女の服装は黒色で統一されてはいるが彼女の美しい肢体を強調されてはいるが、成熟しているように見えてはいるものの、まだ精神的に幼さの残るクリスにはそぐわない物にも見え、伐はクリスの側にあるソファーに腰を下ろしている男性へ向かい、センスを疑うようにため息を吐いた。
男性はクリスの実の兄であるライオネルであり、伐は今回の事件に巻き込まれて行くうちに彼が黒幕だと確信していたようでライオネルへと視線を移すと挑発するように笑う。
伐の視線をライオネルは鼻で笑うように言うと正面からきた事を誉めてやると言うが、その言葉は伐のような人種を見下しているようである。
「お望みならそれでも良かったんだけどな。お前程度の相手に使ってやる必要はねえだろ?」
彼の言葉に伐は小さくため息を吐くと一瞬でライオネルの背後に移動して彼の耳元でささやいた。
伐はライオネルの相手など、どうにでもなると考えているためか、彼をあざ笑う。
しかし、見下していたはずの人間に見下された事に口元が小さく歪んだ。
その表情の変化に同調するようにクリスの拳が伐に向けられるが、その拳を伐は簡単に交わすと元のいた場所に戻った。
「妹を傀儡にするなんて歪んだ愛情表現だな。お兄ちゃんには近親相姦の趣味でもあるのか? それとも下から出てくる才能に自分の限界が見えて恐怖でもしたのか?」
クリスは光が灯っていない瞳で伐を追うように視線を移す。
彼女の様子から、すでに自我を封じ込められているのは予想できているため、彼が奇行に移るに至った理由を問うように伐は笑った。
「……黙れ。クズ、私がティナ程度に恐怖を覚えるわけがないだろ。私はもっと先を見ているんだ。そのために使えるコマを使った。それがティナだっただけだ」
「他人を見下すなんて借り物の力で偉くなったつもりか? 選民思想でもあるのかよ。お兄ちゃん、それならどっかの半島にでも行ってニダニダ言っていろよ……あれは勘違いな劣等種だな。それなら、白人至上主義か? いまどき、ずいぶんと古臭い考え方だな」
ライオネルは伐の質問に答えるつもりなどないと言いたいのか、彼をクズと吐き捨てるように言う。
それでも伐は止める気などないようで楽しそうに口元を緩ませながら続ける。
彼の言葉に平静を保とうとしている物の、ライオネルの頬は小さく引きつり始めて行く。
「自分は選ばれた人間、頭がお花畑の人間で言うなら、自分は他人の上に立つ選ばれた特殊な人間、勇者様って事か? ダメだろ。勇者様が目的を達するためにこれだけの人間を食い物にしたら」
伐はライオネルの小さな表情の変化を楽しみながら続けると大袈裟に身振り手振りで今回の騒ぎの件で犠牲になった人間の事について話す。
彼の言葉に反応するように床からは黒い靄が這い上がって来はじめ、黒い靄は多くの人型を作り始めて行く。
人型は今まで彼が呼び出していた物とは違って、下の階で死んでしまった男性達の顔や白虎の化身の生贄にされた少女達の顔を形成しており、その口からはライオネルへと向けた怨嗟の声が溢れている。
「……社会の底辺が何人死のうがどうでも良いだろう。それに私に向かいそのような戯言を言うのだ。貴様こそ、勇者と言う者にでもなったつもりか? それなら、ティナは囚われの姫とでも言ったところか?」
ライオネルは自分が特別だと考えているようで伐が呼び出した物から発せられる怨嗟の声に恐怖する事無く、それどころか他者の生死を弄んだ事を心地よいと言いたいのか顔をほころばせた。
そして、側に控えていたクリスの腰へと手を伸ばすと伐に向かい、彼女を助けられるものなら助けてみろと挑発するように笑う。
「勇者ねえ……そんなくだらねえものになる気はねえな。勇者様ってのは正義の味方らしいからな。目的を達するのに制限が付きそうだ。正直、俺もだまされて食い物にされるバカなんてどうでも良い」
「……」
伐は勇者と言う人種にはなるつもりもないようでけだるそうに欠伸をすると懐に手を入れてタバコを取り出した。
タバコをくわえ、愛用しているオイルライターのふたをカチカチと鳴らすとタバコに火を点け、それと同時に彼が呼び出した人型はクリスとライオネルに向かって動き出す。
彼の攻撃を察知していたのかライオネルは視線でクリスに指示を出し、彼女は小さく頷くと右手を前に突き出した後、横に払う。
その手からは突風が生じ、黒い靄で作った人型は吹き飛ばされてしまった。
ライオネルはこの程度の攻撃しかできないと言いたいのか伐へと視線を向けてあざ笑うように口元を緩ませるが、伐はけだるそうにタバコを吹かしており、吐き出した煙で輪っかを作っている。




