第三九話
「……ちっ」
黒猫の首飾りが強烈な光を放つとクリスを襲おうとしていた男性達は壁へと弾き飛ばされ、彼女を拘束していた物も消し飛ばされた。
男性達が壁にぶつかった瞬間、数名の背からは黒い靄が立ち上がり、身体から黒い靄が出て行った男性は床の上で気を失ってしまう。
伐がクリスの身を守るために保険をかけていた事に男性は忌々しそうに舌打ちをすると黒い靄に縛られたままの男性達はゆっくりと立ち上がった。
男性は視線で男性達に向かってもう一度指示を出し、その指示に答えるように男性達はクリスに向かって駆け出す。
襲い掛かる恐怖を振り払うようにクリスは解放された両手で伐から手渡された黒猫の首飾りを強く握った。
彼女の助けを求める声に反応するように首飾りは強い光を放ち、彼女に襲い掛かろうとする男性達を再び、弾き飛ばす。
弾き飛ばされた男性達の中から黒い靄が立ち上がり、動ける男性達は数を減らして行く。
「……半人前とは言え、さすがは猫の名前を継いでいると言うべきか」
手駒が減って行く様子に男性は舌打ちをすると直接、クリスに手を下そうと思ったようでゆっくりと彼女に向かって歩き出す。
自分に乱暴を働こうとしていた男性達とこの男性が明らかに異質なのはクリスにも本能的に理解できているようで首飾りを握っている手に力を込めた。
男性はクリスへと手を伸ばすと首飾りは強い光を再び、放ち、男性の腕を吹き飛ばす。
吹き飛ばされて無くなってしまった腕を見た男性は特に表情を変える事無く、つぶやくとそのつぶやきと同時に失われた腕があった場所に黒い靄が集約されて行く。
黒い靄は男性の失った腕を再生させたようで男性は再生された腕を動かして動作の確認をする。
「……猫がこの場所に来るまではまだ時間があるだろうからな。それに恐怖に歪む金髪美少女と言うのは絵になるからな。どれだけ、耐えられるか楽しみだな」
再生された腕の動作は満足がいくものだったようで男性は小さく頷いた後、その腕を振り上げる。
振り上げられた腕に同調するように床に倒れていた男性達は不思議な力で無理やり、立ち上がらせた。
立ち上がった男性の中には黒い靄が再び、入り込んで行き、男性達は目を開くと虚ろな目をしてクリスに飛びかかる。
その度に黒猫の首飾りが光を放ち、襲い掛かる男性達を弾き飛ばすが男性はクリスの恐怖心をあおるように首飾りに込められた伐の力にも限界があると笑う。
首飾りに弾き飛ばされた男性達は立ち上がる度に黒い靄が入り込んで行く。
黒い靄が入り込むすきが無くなってきたのか、口や目から黒い靄が溢れているが、すでに理性などないためか、男性の命令に従うようにクリスに襲い掛かる。
「……」
「ほら、その中に込められているあのクソガキの力はどんどんと減って行くぞ。それが無くなった瞬間に楽しい事になるだろうな。今のこいつらは完全に理性も飛んでいるからあの時のように狂ったように楽しませて貰えるぞ」
何度も男性達を弾き飛ばして行く黒猫の首飾りだが男性の言う通り、その光は徐々に小さくなって行く。
その様子にクリスの不安は大きくなるが恐怖に心がつぶされてしまわないように一生懸命に伐の到着を祈る。
彼女の姿が滑稽に映るのか男性は高笑いを浮かべるとクリスの背後に音もなく近づき、彼女の不安をあおるように耳元でささやく。
「伐は絶対に来る」
「本当にそう思うか?」
その声にクリスは絶対に負けるわけにはいかないと覚悟を決めたようで首飾りをしっかりと握って男性を睨み付ける。
しかし、すでに首飾りに込められていた伐の力は底をついたようで男性はクリスの手から首飾りを奪い取った。
クリスは首飾りを取り返そうと手を伸ばすが男性は彼女の手をするりと交わすと一瞬で彼女から距離を開ける。
首飾りが失われた事でクリスの身を守る物が無くなってしまうが、男性はまだ遊ぶつもりなのか彼女に首飾りを見せた後、床に落とす。
彼女は床に落ちた首飾りを拾おうと手を伸ばすが男性は薄ら笑いを浮かべながら、その首飾りを踏みつぶした。
首飾りは小さく音を上げて砕けてしまい、首飾りはクリスを支えていたかすかな希望であり、砕けた首飾りを見て今まで保っていた彼女の心にもわずかなひびが入る。
それはほんのかすかだが、彼女の表情にも出ていたようで男性は楽しそうに笑うと彼女を指差し、それを合図にして男性達がクリスに向かって飛びかかった。
「さあ、見せて貰おう。白虎の巫女の血をあの忌々しい猫の血を断つためにな」
クリスの身体をむさぼるかのように男性達は彼女に覆いかぶさって行く。
男性達をクリスは押し返そうとするがしょせんは少女一人の力ではどうしようもする事はできず、彼女の腕や足は取り押さえられ、身にまとっていた服は引き裂かれてしまう。
その瞬間、彼女の身体に覆いかぶさった男性達の身体が何か不思議な力で壁まで吹き飛ばした。
それは先ほどまで首飾りは放っていた力とは異なる物であり、吹き飛ばされた男性の身体は壁にめり込み、身体は完全にひしゃげてしまい、骨が皮膚から突き出てしまった者もいる。
自分に覆いかぶさっていた男性達のすべてを壊した彼女はゆっくりと立ち上がり、光の無い瞳で男性へと視線を向けた。
彼女の姿に男性は歓喜の声を上げると同時に、彼女はゆっくりとした動作で男性との距離を詰め、男性の肩をつかむ。
つかまれた男性の肩は抉り取られてしまうが、男性は気にする必要もないのか楽しそうに笑うと壁にめり込んだ男性達の中に仕込んでいた黒い靄を呼ぶ。
呼ばれた黒い靄は床を這い、クリスの足元に集まると彼女の動きを封じ込めるように身体に巻き付き出す。
「……」
「少し大人しくしていて貰うぞ。お嬢ちゃんが半人前だから多くの人間が壊れて行ったんだ。お嬢ちゃんが完全に壊れてくれないと壊れて行った人間達が浮かばれないからな」
クリスは黒い靄を振り払おうが床からは絶え間なく、黒い靄が這い上がってきて彼女の身体に巻き付いて行く。
黒い靄を振り払っているクリスの姿を横目にまだこの場所に現れない伐を引き裂くのを思い浮かべて高笑いを上げる。




