第三七話
「……引けと言われて引くヤツがいると思うか?」
男性は伐の忠告など聞く気などないようで口元を緩ませるとつかまれている右腕での攻撃を諦め、左拳で伐の腹を狙う。
左拳が伐の腹をえぐろうとした時、彼はけだるそうにため息を吐いた。
そのため息に反応するように伐の身体と男性の拳の間には黒い靄が割って入り、男性の拳を受け止める。
「無駄な事をするなよ。この間、実力差ってやつを教えてやっただろ」
相手をするだけ時間の無駄と考えているのか、伐は興味なさそうに言うとつかんでいた男性の腕を放すとタバコを取り出そうと懐をあさり始める。
伐に引くように言われようとも男性は聞き入れる気が無いようで伐をつかもうと手を伸ばすが彼は欠伸をしながらその手を交わして行く。
「いちいち、癇に障る小僧だ」
「勝手に腹を立てるなよ。最初から相手にもなってねえんだ。この間だってせっかく見逃してやったんだ。助かった命くらい大切にしろよ」
男性は真剣勝負と考えているようだが、伐の戦闘に対する態度は不真面目としか取れない物であり、男性は真剣にやれと言いたいのか伐を睨み付ける。
伐はくだらないと言いたげにタバコをくわえるとオイルライターでタバコに火を点けて言う。
「……小僧、お前も日の当たらない場所で生きているんだ。命よりも大切な物があるだろう?」
「命より大切な物ねえ……そう言う青春ごっこは余所でやってくれねえか。暑苦しくて付き合ってられねえから」
男性には引けない理由があるようで伐に向かって拳を向ける。
それでも伐はどうでも良さそうにタバコを吹かしており、男性はプライドを傷つけられたのか舌打ちをすると伐との距離を開け、何度も拳を繰り出す。
繰り出された拳からは黒い炎が放たれるが伐はタバコを吹かしながら最小限の動きで黒い炎を交わすと男性の目の前まで移動する。
「プライドか何かは知らねえけどな。この街で猫にケンカ売るって意味も知らねえバカの下についている理由はねえぞ」
「その猫もバカなガキをかばって死んだんだろ……目つきが変わったな。少しはやる気になってくれたみたいじゃないか」
「……」
伐は男性の顔へとタバコの煙を吹きかけるとここから手を引けと再度、忠告するが男性は伐を挑発するように笑う。
彼の口から出た言葉に伐の目つきが鋭くなり、その様子に男性は楽しそうに口元を緩ませた。
しかし、その挑発は確実に彼の命を縮める物であり、伐の足元からは無数の黒い腕が這い出す。
男性はこの黒い腕につかまれては勝ち目などないと考えたようで、後方に飛ぶと拳を繰り出して黒い炎を放つ。
放たれた黒い炎は伐の足元から這い出た腕を焼き払うが焼き払われた箇所を埋めるように伐の足元から黒い腕が溢れ出てくる。
「簡単にはいかないか」
「……行くとでも思っていたか?」
自分の炎が無効化されて行く様子に男性は忌々しそうに舌打ちをする
男性の言葉をあざ笑うかのように伐は言うと彼の瞳は金色の光を灯し始めた。
その光に導かれるように彼の足元から這い出していた黒い腕は男性に向かって一斉に動き出す。
男性は拳から黒い炎を放ち、黒い腕を焼き払うが伐の支配下にある黒い腕は焼き払われていても次から次と彼の足元から這い出てくる。
「キリがないな」
「……この程度の歪みも一気に消せねえくせに良く強気でいられるな」
「……」
男性は次から次と這い出して来る黒い腕を見て、小さく顔を歪ませた。
伐はこの程度の事に対応できないにも関わらず、自分にケンカを売ってきた事に呆れたように言うが男性を許す気はないようで彼の視線は冷たい。
彼の視線に男性の背中には冷たい汗が伝うが男性は向かってくる黒い腕を炎で薙ぎ払うが、炎を出すには多少時間が開くためか、少しずつ、黒い腕は男性との距離を詰めて行く。
「良いのか? そんな事をいつまでもやっていると歪みに食われるぞ」
「高みの見物を決め込んでいると足元をすくわれるぞ」
距離を縮めてくる黒い腕に対処するように男性は後方に飛ぶ。
その様子に伐はもう少し気合を入れろと言うと男性は口元を緩ませると両足を広げると足元からは黒い靄が這い出てくる。
黒い靄が身体を包み込むと男性は両拳を胸の前で合わせた。
合わせられた拳を男性がゆっくりと放すとそこから黒い炎が溢れ出し始め、黒い腕はその黒い炎に引きずり込まれて行く。
黒い腕を食い、黒い炎は大きくなって行く。その様子に男性は形勢逆転だと言いたいようで伐へと視線を向けるが伐はどうでも良さそうにタバコを吹かしている。
「……雑魚相手に高みの見物もねえな」
「その雑魚相手に小僧は燃やし尽くされるんだ」
それでも伐は男性の事など敵だと思っていないようでタバコの煙を吐き出す。
黒い炎はかなりの大きさになり、男性はこのサイズなら黒い腕まま伐を燃やし尽くせると考えたようで口元を緩ませると黒い炎を頭上に持ち上げ、伐に向かって腕を振り下ろした。
放たれた黒い炎は次々と這い出して来る黒い腕を薙ぎ払って行くが伐はけだるそうな目で近づいてくる炎を見ている。
「……お前は忘れていないか? お前の中に俺がいるって事を」
黒い炎が伐を襲う姿に男性は口元を緩ませるが、伐は男性の考えている事をあざ笑うかのように言う。
その言葉と同時に伐の足元からは巨大な黒い巨大な顔が現れ、その炎を飲み込んだ。
勝利を確信していたのか男性は一瞬、何が起きたかわからないような表情をするが、伐はすでに次の行動に移っている。
伐は黒い腕が薙ぎ払われてできた道の上をゆっくりと進んで行く。
男性は迫ってくる伐の姿に身体を動かそうとするが、身体は自分の指示に従う事はない。
「なぜだ?」
「……言っただろ。お前はもう終わっているんだよ」
男性は意味がわからないようで何とか疑問を口にすると伐はポンと彼の肩に手を置いた。
その瞬間に男性の口からは血と同時に黒い腕が溢れ出てくる。
黒い腕の中には脈打ち血液を送り出そうと動いている心臓が握られており、伐は黒い腕から心臓を受け取ると興味なさそうに心臓を握りつぶす。




