第三六話
(……今回で七つ目。西方七宿をつないだって事か? それなら、そろそろ仕掛けてくるか。面倒だな)
真と別れて家へと向かう途中、伐はタバコを吹かしながら夜空を見上げた。
すでに失踪事件とクリスの件は伐の中では同一事件に分類されており、今回の失踪事件を解決した事で彼女の事件が動き出す予感がしているようである。
(問題はいつ仕掛けてくるかだな。白虎は秋、呼び出すには良い時期か……今のところ、問題はなさそうだけどな。問題はあいつをどうしてそのままにしているかだな)
季節は秋に移り変わっており、秋を象徴とする白虎に力を与えるにはこの時期を逃す事はない。
伐は今回の騒ぎは最初からこの時期に行われるように計画されていたと考えたようで眉間にしわを寄せた。
失踪事件の間、クリスへの首謀者の接触はなく、彼女を放置している理由がわからない。
単純に彼女は巻き込まれただけと考えられる事や今回の首謀者が彼女の実家であるウェストロード本家とは関係ないと言う事も考えられるが、関係ないならば彼女を探しに来ないのは考えられない。
伐自身、この街でかなりの情報収集能力を持っているのだが、ウェストロード家に連なる者がクリスを探しているような情報は一切耳に入ってきてはおらず、眉間のしわはさらに深い物になって行く。
(……とりあえずは帰るか? 考えていても仕方ねえし、出方をうかがう必要があるからな)
視線の先にクリスが待っている家が見えた時、伐は思考を取りやめると短くなったタバコを地面に落とし、踏みつけて火を消すと事務所の入口とつながっている階段を上って行く。
(ん? ……ネズミが入り込んでいるか。渡しておいていた物が反応しないくらいの手練れが混じっているか、あいつが警戒しない人間か……人数を考えると前者か。急いで仕掛けてきたって考えるとこの時を待っていたって事か)
鍵穴にカギを差し込んだ時、伐は事務所内に違和感を覚えたようで手を止める。
事務所内には明らかにクリスと違う気配が数人分混じり込んでおり、伐はけだるそうにため息を吐くと頭をかきながら、事務所のドアを開けた。
ドアを開けると伐は眠たいと言いたいのか、侵入者の事を気にかける事無く、欠伸をして事務所内に入る。
その態度は完全に油断しているように見えたようで四つの人影が伐へと襲い掛かった。
しかし、四つの影が伐の身体に触れる事はなく、伐は欠伸をしながら、ぎりぎりでその攻撃を交わして行く。
「……不法侵入で訴えられたいか?」
攻撃を一度も食らう事無く、伐は事務所内を歩き切ってしまうと廊下へと続くドアに寄りかかり、四つの影に向かって聞くが四つの影は伐の声に返事をする事はなく、彼に向かって突進してくる。
その様子に伐は呆れたようにため息を吐くとそれと同時に床から黒い腕が浮き上がり、四つの影を絡み取って行く。
四つの影は抵抗を見せるものの、黒い腕に完全に囚われてしまい、黒い腕とともに床の中に沈んで行ってしまう。
そこには何も残らないが伐は気にする様子などなく、ただ、面倒だと言いたげに頭をかいた。
「捨て駒にしては弱いな……何がしてえのか。ただの時間稼ぎにしてもお粗末すぎるか」
四つの影を捨て駒だと言い切った伐はここで待ち伏せていた理由がわからないようでため息を吐くと表情には出さないがクリスの事を心配しているようで寝室に向かう。
寝室に向かうために廊下と事務所をつなぐドアを開けた瞬間、彼の視界が歪む。
視界が歪むと同時に周囲の色はあせて行き、伐は待ち伏せをされていた事もあり、罠を仕掛けられている事は考えていたようだが誘い込まれた事に舌打ちをする。
その舌打ちに反応するように完全に廊下の色は失われ、伐の足をからめとろうとしているのか床はぐにゃりと歪んで行く。
「面倒だな。仕掛けるつもりなら、さっさと来い」
床が歪もうと伐には些細な事のようであり、彼はその柔らかくなった床へと足を伸ばすとそこには黒い円が浮かび上がり、床の柔らかさなど関係なく伐は進み始める。
「……この程度では足止めにもならないか? あの時は実力を見誤ってしまった事を詫びよう」
「あの時? ……どこかで会ったか?」
床が歪むだけではなく、伐の家のようであってもどこか違う場所に誘い込まれていたようで伐の視線の先には男性が一人仁王立ちをしている。
その男性は伐がクリスを拾った時にやりあった男性の一人であり、再戦を望んでいたのか楽しそうに笑うが伐はまったく記憶にないようで眉間にしわを寄せて聞く。
「その程度の認識か? まぁ、良い。あの時はその容姿に油断し過ぎたからな」
「盛り上がっているとこ悪いが……こんな生き方をしているんでな。雑魚をいちいち、覚えていられねえんだ。邪魔だ。消えろ」
先日は油断をして伐に後れを取ってしまった事もあり、男性は伐の自分への評価は仕方ないと言うものの、今回は油断などしないと言いたいようで両拳を合わせると彼を中心に衝撃波が起こり、伐を襲う。
しかし、衝撃波は伐の身体を叩きつける事はなく、彼の前で弾けて消えてしまう。
気合を入れていた割にお粗末な攻撃に伐は何のために出てきたのかと言いたいようでわざとらしいくらいに大袈裟にため息を吐いた。
「別に覚える必要はない。小僧、お前はここで消し去られるんだからな」
「……何度も言わせるな。消えろと言っているんだ」
伐の態度を見ても男性は腹を立てる事はなく、強者と戦う事を楽しみにしているのか口元を緩ませると伐に向かって突進をしてくる。
男性が駆け出すと同時に彼の足元からは黒い靄が浮かび上がり、彼を守るように身体を覆って行く。
男性は伐との距離を一気に縮めると右の拳を振り下ろす。
拳は黒い炎を上げて伐を襲うが、彼の拳が伐に叩きつけられる事はない。
伐は男性の事など敵ではないと思っているようで欠伸をしながら男性の右手首をつかんだ。
男性はつかまれた右手を力づくで引き抜こうとするが伐の力は強く、拳を引き抜く事などできない。




