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第三三話

「ば、伐になら食べられても良いよ。それに伐に食べられて私も歪みになったら、ずっと伐の隣に居られるんでしょ」

「……バカか」


 伐の冷たい声に声を震わせながらクリスは言葉を絞り出す。

 それは自分の身に起きた悲劇から逃げ出したいと言う考えと言葉通り、彼の側に居続けたいと言う考えが混じりあっており、その言葉に伐はけだるそうにため息を吐いた。

 彼のため息が耳に届くと同時に彼女を拘束していた黒い靄は消え去り、彼女の身体には自由が戻る。

 クリスは伐の顔を見ようと思ったのか慌てて後ろを振り向くがそこには伐の姿はなく、彼が居なくなってしまったのではないかと思ったのかクリスは彼を探そうと事務所内を見回す。

 彼女の心配を余所に伐は向かいのソファーに腰を下ろし、タバコの煙を天井に向かって吐き出しており、クリスは彼の姿を見つけてほっとしたのか胸をなで下ろした。


「良かった。伐がどこにもいかなくて」

「……何を言っているんだ。ここは俺の住処なんだ。俺が出て行く理由はねえよ」

「そ、そうだけど……伐」


 クリスは不安を吐露するが、伐はくだらない事を言うなと言いたげな視線を彼女に向ける。

 彼の視線にクリスは乙女心がわかっていないと言いたいのか口を尖らせるが、伐が自分を歪みに落とさなかった理由が気になったようで彼の名前を呼ぶ。

 その声に伐は一度、彼女へと視線を向けるがすぐに天井へと視線を移した。

 彼は何か考えているのか、話し始める事はなく、事務所内は沈黙が続く。


「ねえ、伐」

「……くだらねえ答えだな」

「く、くだらなくなんかないよ」


 沈黙に耐え切れなくなったのかクリスが伐の名前を呼ぶ。

 彼女の言葉に反応するように伐は小さくため息を吐いた。

 彼がため息を吐いた理由が伐になら食べられても良いと答えた事だと思ったクリスはソファーから立ち上がって声を上げる。

 クリスには精一杯の勇気を振り絞っていたようで彼女の好き通るくらいに白い肌が真っ赤に染まっており、伐は彼女の様子に珍しく口元を緩ませた。


「ば、伐、どうして笑うの?」

「……なんでもねえよ。安心しろ。今のところ、生きている人間を食らう気はねえよ。だいたい、女を食うなら別の方法で食った方が楽しいからな」


 彼の反応を見て、クリスは不満げに頬を膨らませるとソファーに座り直す。

 伐は表情を戻すとクリスを食う気などないと答えるが、その言葉にクリスは不満があるようで頬を膨らませたままである。


「何だよ?」

「私は勇気を振り絞ったのに」

「知るかよ。だいたい、俺は人間じゃねえんだ。そんなもんに告白したってどうしようもねえだろ」


 彼女の表情に伐は眉間にしわを寄せて聞く。

 クリスは伐を非難するような視線を向けるが、伐は自分は人間ではないと彼女を突き放そうとする。

 

「関係ないよ。だって、伐はここにいるんだし、それに雪さんも近江さんも……きっと、大和さんだってそんな事は気にしていない。歪みだから人間だからじゃない。伐は伐だから」

「……お前、言っていて恥ずかしくないか?」

「そう言う反応を伐がするから、恥ずかしく見えるんだよ!?」


 伐の言葉を否定したいようでクリスは再び、ソファーから立ち上がって叫ぶ。

 しかし、彼女の言葉に向けられる伐の視線は呆れたような冷たい物であり、クリスは伐が悪いとテーブルを叩く。


「それは悪かったな」

「悪いと思ってないよね?」

「ああ、正直、他人ひとの気持ちなんてどうでも良い」


 それでも伐は悪いとなど微塵も思っていないようでどうでも良さそうにタバコをふかしており、クリスは考えを改めた方が良いと言いたいのか彼をジト目で睨み付ける。

 そんな視線を向けられようとも関係ないと言いたいのか、伐は短くなってきたタバコを手に取ると灰皿に押し付けた。

 彼のその行動は他人の気持ちなど踏みつぶしても良いと言っているようにも見え、クリスは言葉が悪くても保護をされてから見てきた伐がそんな事を思っていないと思いたいようで首を横に振る。


「……お前、何やっているんだ?」

「べ、別に何もやってないよ」

「そうか……それより、そろそろ部屋に戻れよ。俺はいつまでお前の相手をしねえといけねえんだ?」


 クリスの行動に伐は怪訝そうな表情をして聞くとクリスは大きく首を横に振った。

 伐は興味もないのか深く追求する事はなく、そろそろ、クリスの相手をしているのも疲れてきたようで彼女を追い払うように手を払う。


「まだ、眠くない」

「……お前は昼間から惰眠をむさぼってれば良いけど、俺はそうもいかねえんだよ。そろそろ、寝かせろ」

「歪みも眠くなるの?」


 クリスは昼夜が反転していると言っても良い生活をしているためか、まったく眠くないようで彼の言葉を拒否しようとするが、伐は昼間でもやる事があるためか眠くなってきたのか欠伸が漏れだす。

 彼が欠伸をする様子にクリスはそれが演技なのではないかと疑っているのか、首を捻った。


「……基本性能は人間と変わらねえよ。疲労がたまれば動けなくなる事だってある。そんなに便利には出来てねえよ」

「そうなんだ? ……伐が眠るまで見ていても良い?」


 伐は欠伸をしながら、窓の外を指差すと空はかなり明るんできており、いい加減にしろと言いたげである。

 クリスは窓の外を見て苦笑いを浮かべるものの、まだ見た事の無い伐の寝顔が気になるようで懇願するように聞く。


「くだらねえ事を言ってないでさっさと寝ろ」

「くだらなくないよ。とっても重要な事だよ!!」

「……さっさと戻れ」


 彼女の言葉に伐は眉間に深いしわを寄せてドアを指差すがクリスにも引けない何かがあるようで拳を握り締めて譲れないと主張する。

 伐の眉間のしわはさらに深くなって行くがクリスは引く気はないようで一歩も動こうとしない。

 彼女の様子にしびれを切らしたのか、伐は立ち上がるとドアを開けた。

 それと同時にクリスの足元から黒い靄が立ち上がり、彼女を持ち上げると黒い靄は彼女を廊下に投げ捨て、伐はドアにカギをかけるとクリスがドアを叩く音が聞こえるが気にする事無く、ソファーに寝転がる。


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