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第三一話

「伐はそう言うけど、やっぱり、だます人が悪いと思うけど……」

「それじゃあ、だまされたヤツは今まで、誰もだましてこなかったって言うのか? それはありえねえな。誰だって、嘘は吐く。その嘘を見抜けないヤツがバカなだけだ。嘘の大きさはどうであろうと他人をだました人間はだまされたって文句は言えねえよ」

「それなら、伐だって誰かにだまされるって事だよ」


 彼の言葉にクリスは反論しようとするが、その言葉を伐は鼻で笑う。

 クリスは伐にいつか大きな災いが襲うと直感的に思ってしまったようで不安そうな表情をする。


「……それが因果応報ってヤツだ。ただ、良い事をやったって、良い事なんか何も起こりはしねえけどな。世の中ってのは悪いヤツが上手く立ち回れるようにできているんだよ」

「そ、そんな事はないよ!!」

「それなら、お前はそこまで傷つかなければいけないような事をして生きてきたのか? それともウェストロード家(その血)に眠る悪徳が災いを呼び寄せているのか?」


 伐は善行などをしても善い事など起きるわけがないと言う。

 それは今まで生きてきた彼の中での経験から導き出したもののようで泥をすすりながら、努力している人間をバカにするような言葉である。

 クリスは頑張っている人間をバカにできないと思ったようでソファーから勢いよく立ち上がると伐は彼女へと冷めた視線を向けながら言う。


「そ、そんな事はない……私はそんな酷い生き方なんかしていない」

「違うね。お前はそう言う生き方をしてきているんだ。権力者の家に生まれた人間は無自覚に下の者を見下し、食い物にして生きている。それは他人をだまして食い物にしている人間と本質的には変わらねえよ」

「違う。なんで、そんな意地の悪い事を言うの? 私が伐の過去を知ろうとしたから?」

 

 クリスは自分の身に起きた悲劇が自分や家族に起因する物だとは思いたくないようで反論しようとするが、彼女の言葉を伐は遮った。

 彼の言葉は淡々としており、それが否定しようとする彼女の心に冷たい刃を突き立てて行く。

 伐が自分にきつい事を言うのは報復だと考えたのか、クリスは自分の軽はずみな後悔するように聞いた。


「……そんなつもりはねえな。別に糞みたいな生き方しかしてねえんだ。見下される事にはなれている」

「わ、私は伐の事を見下してなんかないよ。それにそんな事を言ったら、私はもっと……」


 タバコの煙を吐き出しながら、伐は彼女の言葉を否定するがその言い方は自分が社会的な弱者だと言う自覚があると意味している。

 クリスは伐を弱者となど見た事はないと首を大きく振ると今の自分も同じ状況だとつぶやくと足から力が抜けて行ってしまったようでソファーの上にへたり込んでしまう。

 それは改めて、社会に戻った時に自分に向けられるであろう奇異の視線への恐怖であり、彼女は震える身体を何とか抑え込もうと顔を青白くしながら、自分の両肩をつかむ。


「……少しは状況を理解できたか? お前がやろうとした事はこの後にお前を見るヤツらと同じ行動だ」

「うん。ごめんなさい……伐、放して。こ、これ、何?」


 彼女の様子に伐はクリスが初めて他人の過去を追及するなと言った本質を理解できたと思ったようで反省するように言う。

 クリスは震える声で頷くとふらふらとソファーから立ち上がって、寝室に戻ろうとするが伐は彼女へと手を伸ばし、腕をつかむと自分が腰を下ろしているソファーに座り直させる。

 伐の手を振り払って、クリスは逃げ出そうとするがそこで自分の両足に黒い靄がまとわりついている事に気づいた。

 心の中を占める不安と目に映る異質な黒い靄に彼女の顔からはさらに血の気が引いて行っているようで真っ青になって行く。

 彼女の不安を糧にしているのか、黒い靄はクリスの身体をはい上がり始め、クリスは助けを求めるように伐を呼ぼうとするが、彼女の顔まで黒い靄ははい上がってきたようで視界は真っ黒になってしまう。


「……やりすぎたか?」


 完全に黒い靄に包み込まれてしまったクリスを眺めながら伐はため息を吐くが特に慌てた様子もなく、タバコの煙を肺一杯に吸い込んだ後、名残惜しそうにタバコを手に取った。

 タバコの先端の炎は赤から青へと色を変えるとクリスを包み込んでいる黒い靄に燃え移り、一気に黒い靄を燃やし尽くしてしまう。

 視界が晴れたクリスは何が起きたか理解できないようで周囲を見回すが、黒い靄はすでに無くなっており、目の前で伐がタバコを吸っているだけであり、自分の目を疑っているのか手で何度も目をこする。


「……目に傷がつくぞ」

「ば、伐、さ、さっき、私の身体に黒い靄が」

「心霊現象の類は信じねえんじゃねえのか? ……こんな物でも見たのか?」


 彼女の様子に伐はタバコをくわえ直そうとするがタバコはかなり短くなってきており舌打ちをするとテーブルの上にある灰皿にタバコを押し付けて火を消す。

 クリスは自分の身に起きたおかしな事に混乱しているようで身振り手振りで何かを伝えようとするが混乱している事もあり、上手く言葉が出てこない。

 その様子を伐は鼻で笑うとタバコの箱を手に取るが先ほどのが最後の一本だったようでソファーから立ち上がると机の前に向かって歩き始めると彼が一歩足を踏み出すたびに床からは黒い靄が上がって行く。


「ば、伐、逃げて。その黒い靄は危険だよ」

「……知ったような口をするんじゃねえよ。こいつが危険だって事はお前より、知っている……ご苦労」

「ど、どういう事!?」

「うるせえな」


 伐の足元から上がってくる黒い靄にクリスは逃げるようにと声を上げるが、伐はけだるそうにため息を吐いた。

 黒い靄は机の引き出しを開け、伐の手の上にタバコの箱を置くと伐はタバコの箱のフィルムを外し、タバコを一本、口にくわえると黒い靄はタバコの先端に集まり、タバコに火を点ける。

 伐と黒い靄の様子にクリスは状況が理解できないようで何度も口をパクパクと動かした後、大声を上げるが伐はけだるそうにタバコをふかしている。


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