第二五話
「ゆ、雪さん」
「不安そうな表情をしない。それより、クリスちゃんは何を食べる?」
伐が怒って出て行ったと思ったクリスは泣きそうな表情で雪の名前を呼ぶ。
不安そうなクリスとは対照的に雪は楽しそうに笑うと立ち上がり、やかんを火にかけるとテーブルのカップ麺を手に取った。
クリスはそんな気分ではないと首を横に振るが、深夜まで起きていた事もあり、お腹の虫が悲鳴を上げてしまう。
その音にクリスは顔を真っ赤にしてうつむいてしまい、彼女の様子に雪はくすくすと笑うとフィルムをはがし、ふたを開けて準備を進めて行く。
「……」
「若いんだから、この時間に食べたって大丈夫よ……年を取ると笑えなくなってくるけど」
「ゆ、雪さんだって、わ、若いですよ。大丈夫です」
お腹は減っているのだが、深夜のカップ麺は年頃の少女から考えれば敵でしかなく、クリスは手を伸ばせないようである。
彼女の様子に雪は気にする必要はないと言うが、彼女も気になる事はあるようで遠くを眺めて言うとクリスは慌ててフォローしようとするが女子高生の彼女からのフォローはフォローではない。
「……現役の女子高生に気を使われると逆に傷つく」
「……」
「冗談よ。それに伐の事だから、マメに食事を作ってくれるんでしょ。一人の時はカップ麺とか二、三日絶食とか平気でするから、クリスちゃんがいるだけで助かっているのよね」
雪は気を使われているのが逆につらいと言いたげにため息を吐くとクリスはどう反応して良いのかわからないようで助けを求めようとオロオロとしているが、キッチンは二人きりのため、どうする事も出来ずに肩を落としてしまう。
彼女の姿に雪は楽しそうに笑うと伐の食生活が心配だとため息を吐く。
クリスは保護されてここに来てから伐が食事の準備をしてくれていた事もあり、不思議そうな表情をするがテーブルの上に広がっているカップ麺へと視線を移すと彼の食生活を気にするなら差し入れするべきものが違うのではないかと思ったようで苦笑いを浮かべてしまう。
「言いたい事もわかるけどね。仕方ないのよ。あいつ、誰かが作った物を食べると吐いちゃうから」
「吐く? それってどういう事でしょうか?」
「そう。心の問題なんだけどね。だから、外食もできないわよ。クリスちゃんの件が解決しても残念ながらディナーもランチも無理よ」
クリスの視線がカップ麺に向けられている事に雪は苦笑いを浮かべるとお湯が沸いたようでキッチンにはやかんから蒸気が漏れる高い音が響く。
雪は慌てて火を止めに行ってしまうが、彼女の言葉の意味がわからなかったようでクリスは小さく首を傾げた。
やかんからカップ麺にお湯を注ぎながらクリスをからかうように笑うが、クリスとしては話の内容が理解できないようで頭にははてなマークが浮かんでいる。
「あの、雪さん、吐くって言うのは?」
「……今から、カップ麺を食べるのにそう言う話はちょっと」
「……そ、そうですね」
「無理は良くないよ」
クリスは伐の事を少しでも知っておきたいと思ったようで真剣な表情をして聞く。
しかし、彼女が決意を固める間に三分経っていたようで雪はカップ麺を指差して首を横に振った。
なんとなく、話を誤魔化されたような気がしたのかクリスは表情を曇らせた時、カップ麺の匂いに釣られて彼女のお腹が小さく悲鳴を上げてしまう。
再び、赤く染まって行くクリスの顔に雪はくすくすと笑うと彼女は小さく頷いてカップ麺の準備を始める。
「別に伐の事を隠そうとしているわけじゃないわよ……賄いを食べるヒマがなかったから、お腹が減っちゃって」
「賄い?」
「私、この近くの深夜営業のレストランで働いているのよ。人が足りない時は伐にも手伝わせているけど」
伐の話が気になるようでクリスはカップ麺が出来上がる三分の間に何度も雪を見ては視線をそらす。
彼女の様子に雪は心配しなくても教えてあげると笑った後、カップ麺をすする。
首を捻るクリスの様子に雪は自分の職場について話すとスマートフォンを取り出してウェイター服の伐の画像をクリスの前に置く。
「……」
「まぁ、見た目は良いからね。他にはこんなのとか?」
「これって、ピアノ? 引けるんですか?」
クリスはその画像を食い入るように覗き込み。
彼女の様子に雪はスマートフォンを操作して、他の画像を表示する。
そこにはタバコをふかしながら、ピアノの前に座っている画像であり、クリスは首を捻った。
「伐は器用だからね……どこで覚えたかは聞かない方が良いと思うけど」
「……そうしておきます」
雪はクリスが伐に好意を寄せている事には気が付いており、伐には深く追求しない方が良い事もあると忠告する。
その言葉には頷ける部分がある事は気が付いているためか頷くものの、精神的なダメージは大きいようで表情は暗い。
「あいつはあの年でおかしな人生を送っているからね。大和が伐を拾ってきた時は本当に驚いたわよ。今より、目つき悪かったし」
「拾ってきた? ……今よりって、今でも充分に悪いですよね?」
「それはそうね」
その時、クリスのカップ麺が出来上がったようで、雪は視線でそれを教えるとクリスはふたを開ける。
雪は伐と初めてあった日の事を思いだしたようで苦笑いを浮かべた。
クリスは次の言葉が気になりつつも、彼女の言う当時の伐の視線の鋭さが気になったようで眉間にしわを寄せる。
彼女の疑問はもっともだと言いたいのか大きく頷く。
「その日は雨でね。雨でずぶぬれになった伐を大和が拾ってきたのよね。大和は楽しそうにノラ猫を拾ってきたと笑っていたけど」
「ノラ猫? ……あの、近江さんが伐をノラ猫くんって呼ぶのは?」
「そうね。それから来ている部分もあるかな?」
雪は当時の事を懐かしむように笑みを浮かべる。
真が伐をノラ猫と呼ぶ理由がその日の伐の姿から来ているとクリスは思ったようで小さく首を傾げた。
彼女の言葉に雪は小さく頷くがその様子からは他にも意味があるとわかり、クリスは次の言葉を待つように息を飲む。




