第二二話
「……」
「あいつならもう帰ったから、安心しろ」
「本当?」
雪が帰ってからしばらくすると着替えを終えたクリスがドアを少し開けて事務所の様子をうかがう。
彼女の様子に伐がため息を吐くとクリスは安心したのか胸をなで下ろすとドアを開けて事務所に入ってくる。
「……嘘を言ってどうするんだよ」
「だって……ねえ、伐、感想は?」
「似合っている。似合っている」
伐はタバコをくわえたまま、立ち上がると仕事の続きをするためにパソコンの前に座り直す。
クリスは雪に本当に恐怖を感じていたようで頬を膨らませるが着替えを終えた事もあり、手で髪を直すと上目づかいで伐に感想を聞く。
しかし、伐は興味がないようで紙束を手に取り、クリスを見る事なく、適当に相づちを打つだけである。
「……その反応は酷い」
「あ? その容姿だ。たいていの物は似合うだろ。それにあいつが選んだんだ。おかしな物は持ってこないだろ」
「……喜んでいいのか微妙」
クリスは少なからず、伐から何かを期待していたようで残念そうに肩を落とす。
落ち込むクリスの様子に伐は面倒だと言いたげにため息を吐くと彼女の容姿を取ってつけたように褒める。
容姿については褒められたものの、納得が行かないのかクリスはため息を吐くと先ほど用意したパイプイスに座ろうとするが、伐は仕事の邪魔をするなと言いたいのか事務所の中央に置かれているテーブルを指差す。
テーブルには雪が持ってきていたカバンが他にも置かれており、クリスは他にも服があるのかなと思ったようでソファーに腰を下ろすと荷物を確認する。
荷物の中には数日分の着替えの他に雑誌や音楽プレーヤーも入っており、雪の字なのだろうか丸みのある文字で『伐の邪魔をしないように』と言うメモが添えられている。
そのメモに若干の敗北感を覚えたのかクリスは頬を膨らませると他にも何かないかとカバンをあさって行く。
「伐」
「……何だ?」
クリスが大人しく雑誌を読み始めた事に伐は小さくため息を吐くと紙束をめくって行くが、すぐにクリスが伐の名前を呼ぶ。
彼女の声に伐は不機嫌そうな表情で顔を上げるとクリスは不服そうに頬を膨らませる。
「荷物の中にこんな物が入っていたから、渡そうと思ったんだよ」
「そうか……早く渡せ」
クリスの手にはUSBが握られており、伐は手を前に差し出すがクリスは彼の手にUSBを置かずに伐の顔を覗き込む。
彼女の相手をしている時間が惜しい伐は眉間にしわを寄せるがクリスはただでは渡せないと言いたいのか不敵な笑みを浮かべる。
「これを渡すには条件があります」
「……お前、自分の立場がわかっているのか?」
「……そう言う話は一先ず、置いておこうよ。質問に答えてくれたら、静かにしているから」
クリスは胸を張って交換条件を出すと笑うが、伐はくだらない事をすると追い出すぞと言う意味を込めて言う。
追い出される事が怖いクリスは一瞬、顔を強張らせるが深呼吸を一つすると懇願するような目をして聞く。
その様子に伐は舌打ちをすると早くしろと言いたいのか、目線で合図をし、クリスはそれを見て嬉しそうに表情を明るくするとパイプイスに座り、嬉しそうに伐の顔を覗き込む。
「……何だ?」
「あ、あのね。雪さんとのか!?」
「くだらない事を言うな」
クリスは雪が伐の初めてを奪ったと言っていた事が気になったようで事実確認をしようとするが言葉の途中で伐の手が彼女の前に出されて大きな音とともにクリスの額には痛みが走った。
その痛みは伐にデコピンを受けた痛みであり、クリスは伐を非難するような視線を向けるが伐は苛立っているようで吸っていたタバコを灰皿に押し付けて火を消している。
デコピンはかなり痛かったようでクリスは涙目になると右手で額をさすっているが伐は不機嫌そうな表情で新しいタバコを取り出し口にくわえると苛立ちを隠す気がないのかオイルライターのふたを何度も開閉し始める。
彼の様子にクリスはしゅんと肩を落とすがそれでも雪との関係が気になるようで話を聞くタイミングをうかがっており、その姿に伐は何も言わず、事務所の中はオイルライターが開閉する音だけが響く。
「だ、だって、気になるんだから、仕方ないじゃない」
「……興味本位で他人の過去を穿り返そうとするな」
「で、でも」
クリスの目にも彼が怒っている事はわかるのだが今の彼女は伐へと依存しているため、彼女にとっては何よりも重要視される事のようである。
その様子に伐は苛立ちを隠す事無く、首を突っ込むなと言うが彼女は引く気が無いようで怯みながらも伐との距離を縮めた。
「……お前は同じ事をされたら、面白いか?」
「同じ事?」
「自分の穿り返して欲しくない過去を自分からではなく、赤の他人に言って回られたら面白いか?」
伐はクリスの考えが幼稚な物だと言いたげである。
クリスは伐の言葉の意味がすぐには理解できなかったようで首を傾げるとそんな彼女に伐は自分の身になって考えろと言う。
その言葉で彼女は自分の身に起きた事が友人達にばれてしまった時の事を想像してしまったようで顔を真っ青にして頷いた。
「……人間、生きていりゃ、触れて欲しくない過去の一つや二つ、三つや四つ、五つや六つ、出てくるものなんだよ」
「伐、それはちょっと多い……でも、わかったよ。ごめんなさい。私、部屋に戻っているね。お仕事、頑張ってね」
彼女の様子で伐は反省した事を理解したようだが、言わないといけない事があると判断しているようでさらに言葉を続ける。
その言葉からは彼自身にも触れて欲しくない過去があるのは理解でき、クリスは反省したようで頭を下げると机の上にUSBを置き、荷物を抱えて逃げるように事務所を出て行く。
「……ったく、あのバカ、余計な事をやりたい事はわかるが、このタイミングでやる事もねえだろ」
音を立てて閉まったドアを眺めながら、伐はこのような状況になる事を計算して雪を送ってきたであろう真の顔を思い浮かべて舌打ちをする。




