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第二話

「ノラ猫くん、本当にこんなところで良いのかい? お願いを聞いてくれたお礼に家まで送るよ」

「……」


 薄暗い路地で男性が車を止めると少年はコンビニの袋を手に車から降りると振り返る事無く、路地裏に歩いて行く。

 少年の様子に男性は小さくため息を吐くとアクセルを踏み、車を走らせる。


「……ったく、どうして、ここにくるといつも雨になんだよ」


 薄暗い路地裏の奥には空き地があり、少年は足を止めた。

 少年は雨の匂いを感じ取ったようで小さく舌打ちをすると小さな雨粒が少年の頬を伝う。

 頬を濡らす雨粒に少年は乱暴に頭をかいた後、持ってきていたコンビニの袋からカップ酒を一つ取り出すとふたを開け、冷たいアスファルトの上に乱暴にかける。

 

「なぁ、あんたはどうして俺なんかを拾ったんだ? 俺みたいに親に捨てられてのたれ死ぬ人間なんてこの世界まちに溢れているのにそれも歪みに堕ちちまった俺を見捨てちまえばいいもんを……ったく、何しているんだよ。死んだ人間が答えるわけなんてねぇのによ」


 アスファルトの上に広がるカップ酒に雨が落ちて行く。

 その様子を眺めながら、少年はつぶやくがその言葉に返事などあるわけもなく、少年は自分らしくないと言いたいのか吐き捨てるように言うと自分を抑えつけようとしたようで懐からタバコを取り出す。


「……残り二本かよ。ったく、買い忘れたな」


 タバコの箱の中を覗くと箱の中には二本しかタバコは残っておらず、少年は気だるそうにため息を吐き、一本を口にくわえて火を点けた。

 タバコの煙を一度、肺一杯に吸い込み、血の中にニコチンを沁み渡らせるともう一本を空になったカップ酒の瓶に立て、少年はタバコをくわえたまま、目を閉じて胸の前で十字を切る。

 

「じゃあな。化けて出てくんなよ。大和やまと


 十字を切り終えた少年はらしくないと思っているのかもう一度、乱暴に頭をかいた後、その場から離れようとした時、空き地の隅に捨てられているごみの山がかすかに動く。

 その様子に少年の目つきは鋭くなり、ごみ山の様子をうかがうと距離を詰めてごみ山を覗き込んだ。


「息はあるな……よりにもよってなんでこの場所なんだよ。めんどくせえな」


 ごみ山を少年が覗き込むとごみの中には金色の髪の美しい人形が服をまとわずに薄汚れた毛布にくるまり、横たわっている。

 少年は人形を覗き込むとすぐにそれが人形ではなく、自分と同じくらいの少女だと気づき、彼女の顔に手を伸ばした。

 少女からは消えそうではあるが、まだ、わずかに生への執着が見え、少年は小さく舌打ちをした後、乱暴に頭をかく。

 その言葉と少年の先ほどまでの様子でこの空き地が少年にとって特別な場所である事は見て取れる。

 先ほどまでは弱かった雨粒は徐々に大きくなっており、この状態で少女を放置すれば少女の良く末は容易に想像がつく。

 少年はこの場所で少女に死なれるのは勘弁して欲しいと考えたようで少女の肢体を一先ず確認した後、上着を脱ぐと少女に上着をかけると彼女を背負い路地裏から歩き出す。

 

「おい。小僧、止まれ」


 少年の視線の先に街灯りが映った時、光を遮るように人影が少年の道を塞いだ。

 その声は感情に左右された声ではなく、淡々とした冷静な口調で少年へと警告を発しているように聞こえる。

 少年は顔を上げて声の主を確認すると男性が三人、少年を囲むように立ちふさがった。

 しかし、少年はその警告を平然と無視すると男性達の横をすり抜けて行く。

 少年の迷いのない行動に男性の一人が慌てて手を伸ばすが、少年は振り返る事無く、その手を交わす。


「止まれと言ったのが聞こえなかったか、小僧?」

「……」

「何か言ったか!?」

「めんどくせえな」


 少年と仲間のやり取りに残りの二人は再び、少年の前に立ちふさがると改めて、少年に警告を飛ばす。

 その声はまだ淡々としているが先ほどよりは恫喝の意味が含まれているようで語調は強い。

 少女を背負っているためか、下を向いていた少年の口元にくわえられていたタバコが小さく上下する。

 その様子に男性の内の一人は少年が自分達に威圧されたと考えたようで、口元を緩ませると少年の顔を覗き込もうと少年に顔を近づけた。

 その瞬間、けだるそうな少年の声とともに鈍い音が響く。

 鈍い音は少年が男性の股間を蹴りあげた音であり、男性は股間を押さえつけてうずくまると少年は迷う事無く、その男性のあごを蹴りあげた。


「少しは場馴れしていると言う事か?」


 仲間がやられた事に一人は逆行したようで少年に襲い掛かろうとするが、少年に警告していた男性が制止すると少年へと視線を向けて笑う。

 その笑みは少年を自分と同程度の実力があると認識を改めたのか、高揚しているようにも見え、少年は視線を鋭くするがすぐに興味を失ったようで小さくため息を吐いた。


「相手の力量を量るくらいはできるようだな」

「あんたは出来ないみたいだけどな」


 男性はこのままでは戦い難いと言いたいのか、上着を脱ぐと背後にいる仲間へと投げて渡す。

 しかし、少年は男性の相手などする気はないと言いたいようでけだるそうに言う。

 少年の言葉は完全に男性を見下しており、仲間を見下されて腹を立てたのか背後にいる男性は少年を睨み付ける。


「まるで自分の方が実力は上だとでも言いたげだな」

「言いたげじゃなくて、上なんだよ。ここで帰るならいじめないでやる。ただ、今の俺はすこぶる機嫌が悪い。この街に住みながらここがノラ猫の住処だって知らずにケンカを売ってきたんだからな」

「た、たかだか、ガキが生意気を言っているんじゃねえ!!」


 少年に見下された男性はただの挑発だと思っているようで少年の言葉を鼻で笑うが少年は本気のようであり、淡々とした声で警告を放った。

 その声は彼のような年代の少年が放つような物ではなく、数々の修羅場を潜り抜けてきたような者の放つようなある種の殺気のような物が含まれており、背後に隠れていたはずの男性は威圧されてしまったようで一歩、後ずさりをするが少年に威圧されてしまっては恥だと思ったのかナイフを取り出すと少年に向ける。


「声が震えているぞ。おっさん、だいたい、武器とは言えないほどのちんけな物だとしても、それを出したんだ……殺される覚悟もできているんだろうな?」

 

 ナイフが向けられようが少年は恐怖をみじんも感じていないようで男性をあざ笑うように言う。

 恐怖と安い挑発に男性は奇声を発しながら少年に向かいナイフを振り下ろそうとするが男性の腕は突然動きが止まる。


「な、何なんだよ?」

「ずいぶんと恨みを買っていたんだな。お前らのせいで死んだ奴らが、同じ場所に連れて行きたいって言っているぞ」


 男性は腕を振り下ろそうと試みるが腕は動く事はなく、理解できない状況に頬を引きつらせると男性の足元から黒い腕のようなものが現れ、男性の身体に巻き付いて行く。

 理解できない状況に男性は声を上げながら脱出を試みるが地面から上がってくる腕の数は増えて行き、完全に男性を包み込んでしまう。

その姿に少年は楽しそうに笑うともう一人の男性へと視線を移す。

 もう一人の足元にも黒い腕は絡みつき始めているが、男性は驚いた様子もなく、黒い腕を見下ろした後、足で地面を勢いよく踏んだ。

 踏まれた地面を中心に衝撃が起き、黒い腕は吹き飛び、黒い腕に包み込まれていた男性は木を失ってしまったようで地面に突っ伏してしまう。


「……こんな小手先で俺より、上だと思ったのか?」

「それなりに場馴れはしているみたいだな。ただ、その程度で偉そうな口を叩くな……この格好じゃ、格好もつかねえな」

「小僧、お前をぶちのめした後にゆっくりとその娘を連れて行かせて貰う。始めるぞ」


 男性はこの程度の事など慣れていると言いたいのかつまらないと言いたげにため息を吐く。

 少年は男性の言葉を鼻で笑うと背負っていた少女を背負い直す。

 自分の行動が滑稽だと思ったようで少年は小さくため息を吐くと男性は少年をのした後に目的を達成させると笑う。

 その笑みは少年との戦闘への歓喜の色に染まっており、少年は面倒だと言いたいのか舌打ちをするが少女を背中から下ろす事はない。


「小僧、舐めているのか?」

「必要ないからな。だいたい、もう終わっている」

「終わっている? そんな物は効かないと解ったはずだ!!」


 なめられていると判断したようで視線を鋭くする男性だが、少年は男性に向かってゆっくりと歩き出す。

 少年の言葉の意味がわからないようで男性は彼の言葉を繰り返した時、再び、地面から黒い腕があふれ出してくる。

 男性は無駄だと言いたいようで黒い腕を吹き飛ばそうと気合を入れるが、黒い腕は吹き飛ばされる事無く、男性の身体を駆け上り、口や目、耳から男性の身体の中に入って行く。


「……関係ありそうだからな。しっかりと働いて貰うぞ」


 男性は自分の身体の中に入ってくる異物に必死に抵抗を見せるが、すぐに身体から力が抜けて地面に顔から倒れ込む。

 男性の侵食を終えたのか、黒い腕は男性の身体からあふれ出すと地面に倒れている残りの二人の中にも同様に入り込んで行く。

 正気を失って行く男性達の姿を見下ろし、少年は考える事があるようで小さく口元を緩ませた。


「……」


 少年の言葉に従うように男性三人は突然立ち上がるとおぼつかない足取りで裏路地を出て行くが街頭に照らされている彼らの影は主を動かすように不気味に動いている。

 三人の様子を見送った後、少年は再び、背中の上で気を失っている少女を背負い直して歩き出す。


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