第十七話
「ノラ猫くん、お疲れ様。大変だったみたいだね」
「……ああ」
伐が白虎の化身と戦っていた間、この部屋に残っていた男女は不思議な力により、閉じ込められていたようである。
この場にいた男女に逃げられても困るため、伐は部屋に戻ると全員を居間に連れ戻して真に連絡を入れた。
数人がこの場で行われていた事を追及されても困るため、実力行使で伐をぶちのめそうとしたが伐は物理的に黙らせており、真が部下を連れて部屋に入ってきた時には顔を腫らした男性達を床に転がした伐がソファーでタバコをふかし、捕まっていた少女達は逃げられない事を察したようで部屋の隅で身体を震わせている。
伐からはこの部屋で行われていた事はすでに真には簡単に報告されていたため、少女達は服を着せられて保護されて行き、男性達の手には手錠がかけられ引っ張られて行く。
「……聞いてはいたから覚悟はしていたけど、凄いありさまだね」
「……ああ」
「……興味なさそうだね。もう少し反応があっても良いと思うんだけど」
真はタバコを吹かしている伐を見て、この惨状に付いてしっかりと報告して欲しいと言うが、伐はもう終わったと言いたいようでタバコをくわえてソファーから立ち上がった。
彼の姿に真はため息を吐くが、伐は奥の部屋を指差して付いて来いと視線で言う。
真は意味に気が付いたようであり、小さく頷くと伐の後を追いかけて惨劇の起きた奥の部屋へと向かい歩き始める。
「……」
二人の後を数人の部下が付いてきたのだが、奥の部屋は頭と腕がつぶれ失血死した少年二人の死体と白虎の化身の依代となったせいで心神喪失してしまった少女が視線の定まらないまま、楽しそうに笑っている。
その光景は明らかに異常であり、二人の後を付いてきた部下達は口元を押さえて出て行ってしまう。
「……ずいぶんと情けねえ奴らを連れているな」
「そう言わないでよ。これは流石に僕でも辛いからね……確認しておくけど、ノラ猫くんが殺ったんじゃないよね?」
「やっていた事を考えると胸糞が悪くなるからな。俺が殺っても良かったんだが、俺じゃねえよ。だいたい、殺す気ならお前に連絡なんてしねえよ。何より、ただ働きは趣味じゃねえ」
二人の背中を見送った伐はけだるそうに真に教育くらいしておけよと言うが、真はこの異常な状況にすぐに対応できる人間なんていないと笑った後、少年二人を殺したのが伐でない事を形式的に確認する。
その確認に伐は人の命の事などどうでも良いと言いたげにため息を吐くと働いた分の金を払えと言いたいようでただ働きを強調して言う。
「そうだね……まぁ、現状から言えば、ここで呼び出された存在が表に放たれていたら大変な事になっていただろうし、その点は評価してあげても良いかな……ただ、まだお仕事は終わりじゃないんだよね」
「あ?」
「この間、リストを渡しただろ。そのリストに名前が載っていた人数にはまだまだ足りないよ。ノラ猫くんだってわかっているんだから、楽をしようとしないでよ」
真はこの案件が自分達ではどうしようもできない事は理解しているようで頷きはするものの、伐の条件を全て飲む気はないと笑った。
その言葉に伐は不機嫌そうに返事をすると真は伐の考えを理解しているようで小さく肩を落とす。
「……ちっ」
「舌打ちをしない。それでノラ猫くんは何か気が付いた事はある?」
舌打ちをする伐の姿に真は苦笑いを浮かべると伐の推測で良いから話をして欲しいと言う。
その言葉に伐は頭をかくと立ち話もなんだと思ったようで居間に戻るように視線で指示を出し、二人は居間に戻って行く。
二人と入れ違いで部屋には現場を見るために人が入って行き、少女に大きめのタオルをかけて運び出す。
「……座らねえのか?」
「流石に座りたくないかな? むしろ、ノラ猫くんは、こんな場所に良く座れるね」
「どうせ、このままじゃ帰れねえんだから、もうどうでも良い。それより、ちゃんと俺の分も着替えを持ってきたんだろうな?」
伐はソファーに腰を下ろすと短くなったタバコを灰皿に押し当てて火を消すと新しいタバコに火を点けた。
ソファーはこの場で行われていた行為でかなり汚れており、真は座る気にはなれないようでため息を吐くと伐の対面に移動する。
伐の服はすでに返り血などで汚れているため、このままの姿では街中を歩く事はできない。
そのため、真に連絡した時には着替えについても頼んでいたようでいつまでも着替えが差し出されない事を責めるように言い、真は苦笑いを浮かべた。
「用意はしてあるよ」
「……そうか」
「それじゃあ、話してくれるかな?」
伐は肺に溜め込んだ煙を吐き出すと真は表情を引き締め、話すように言うと二人の様子から彼の部下達も耳を傾けた方が良い話だと理解したようで真の隣に並ぶ。
真の部下達の中は伐を胡散臭い人間だと思っているようで疑いの視線を向けている者も多く、伐はけだるそうにため息を吐いた。
「……話しても理解できるのか?」
「一応は今回のみたいな件を経験している人間達を連れてきたつもりだけどね。配属されたばかりの人間もいるし、単純にノラ猫くんを認めてない人間も居るんじゃないかな?」
「別に無能な人間に評価して欲しいとも思わねえな」
疑いの視線を向けている人間達に伐は悪態を吐くと数名の部下達のこめかみには小さく青筋が浮かび上がる。
険悪な空気になってきた事に真は苦笑いを浮かべると伐の態度にも問題があると言う。
それでも、伐は態度を変える気などないようでふてぶてしくタバコをふかしており、数名の部下達はイラつきを隠す事無く舌打ちをし始める。
「……話が進まないとこっちも困るんだよ。ノラ猫くんだって、いつまでも白猫ちゃんを一人にしておくわけにもいかないだろ。速く終わらせた方がお互いのためだと思うんだけどね」
「別にあいつは関係ねえけどな」
このままでは部下達が伐につかみかかるのではないかと思った真はぱんぱんと手を二回叩くとクリスの名前を出して伐に引くように言う。
クリスの名前に伐は関係ないと言いたいのか頭をかくものの、時間がない事は同意のようでけだるそうに頷いた。