第十五話
「……」
「……それなりに鼻が利くってわけか。厄介だな」
少女は光を失った目で伐を見ると手を振り払おうとする。
伐はそれに気づき、舌打ちをすると彼女が腕を振り払う前に後方へと飛ぶ。
振り払われた腕は先ほどまで伐が立っていた床をえぐった。
その様子に伐は口では面倒だと言っているが口元は緩んでいる。
「お、おい。な、何なんだよ。夢でも見ているのか? そ、そうだよな」
「……そう思っているなら、思っていろよ。夢の中だと思っているのは勝手だけどな。せいぜい、死なないように気をつけな」
「……ウマソウ」
仲間が血だらけになり、こと切れてしまった様子や先ほどまで自分達の支配下にあった少女が人とは思えない力を振るっている姿に現実だと受け入れられないのか顔を引きつらせている。
目の前で少女と向き合っている伐を見て、勝手に仲間だと思っているようで夢だと確認しようとするが、伐は彼を見る事無く自分の身は自分で守れと忠告すると少女へと鋭い視線を向けた。
少女は虚ろな目で伐を見ると口角を上げる。
今の彼女には伐が食事にしか見えないようであり、その口元からはよだれが溢れ出し、少女は腕でよだれを拭った。
「……出て来いよ。そんな器じゃ、力も出しきれないだろ?」
「……」
伐は少女の反応にため息を吐くと懐からタバコを取り出して口にくわえるとオイルライターで火を点ける。
煙を肺一杯に吸い込んだ後、伐はゆっくりと煙を吐き出すとタバコの先を少女に向けて言う。
それは少女の中にいる存在への挑発であるが少女の中の存在は伐の事をエサだと思っており、伐の言葉など聞く気はないようで床を軽く蹴ると伐の目の前に瞬時に移動する。
少女は伐の顔を見上げるとお互いの視線が交差し、少女は伐を捕らえるために両手を伸ばした。
伐は視線が交差した瞬間に相手の行動を予測していたようで足元からは黒い腕が伸び、少女の身体に巻き付く。
「……お互い外れた者なんだ。腕力でどうにかなると思っているのか? ……出てくる気がねえなら、無理やり、引っ張り出してやろうか?」
黒い腕は少女の身体を制止させ、伐はつまらないと言いたいようで小さくため息を吐くと少女の額にタバコの火を押し付ける。
火が押し付けられた少女の額からは煙とともに肉の焦げる臭いが漂う。
少女は額が焼けようが痛みも熱さも感じないようで黒い腕を振り払おうとするが腕は動かず、不思議そうに首を傾げると頭突きを放とうとしたのか腕を封じられたまま、一歩下がると伐のあごへと向かい床を蹴った。
伐のあごを少女の頭が捕らえたように見えたが、少女の身体は伐の身体をすり抜けて行く。
その様子にこの部屋に残されていた男性は意味がわからずにこれは夢だとつぶやいている。
背後にいる少女の中にいる存在に向かい、伐はもう一度、少女の中から出てくるように言う。
「……」
少女は真後ろに振り向き、肩越しに伐を見る。
伐は背中越しに伝わる気配から、少女の中の存在が少女の中から出てくる気はないと悟ったようでゆっくりと振り返ると手にしていたタバコを口にくわえ直す。
その瞬間、伐の足元から出ていた黒い腕の力は強まり、少女の身体を床に叩きつけた。
伐は少女の中の存在を見下ろすと少女の顔に向かい、タバコの煙を吹きかける。
タバコの煙は少女の口と鼻から身体に侵入して行く。
煙を吸い込んだ少女の表情は歪みだし、小さく身体を震わせ始める。
「……さっさと出て来いよ。それとも、自分の力を出し切る事無く、俺に食われるか?」
少女の身体の震えは彼女の中に存在している物が苦しんでいる証拠であり、伐がその様子に口元を緩ませると彼の瞳は金色の色を放つ。
その瞳の色に少女の中の存在はこのままではエサにありつけないと考えたようであり、少女の身体からはい出ようとし始めたようである。
少女の身体の震えは止まり、背中からは白い靄が立ち上がり始める。
「……何が出てくる? ずいぶんとデカいな。この部屋じゃ、さすがに狭いな」
少女の身体の中から、白い靄は完全に出て行ってしまったのか少女は床に倒れ込む。
白い靄はまだ形を作り出すのに時間がかかるようで宙を漂っている。
伐は白い靄など敵と思っていないのか、床に倒れ込んだ少女の口元に手を近づけると彼女の呼吸を確認したようで彼女の抱きかかえると邪魔にならないように彼女をベッドの上に下ろすと改めて、白い靄へと視線を向けた。
白い靄は集約されて虎の形を形作る。
その大きさに伐は眉間にしわを寄せると部屋の中は再び、色を失って行く。
それは伐と白い靄が世界から遮断された事を意味している。
「……高々、人間が我に逆らう気か?」
「その高々、人間に呼び出されたマヌケが何を言うんだよ?」
「……まぁ、良い。まだ、本来の力を取り戻してはいないが、これだけの事をできる人間だ。貴様を食って少しでも力を取り戻してくれよう」
白い靄が完全な虎になるともう伐に勝ち目はないと言いたいのか彼を見下すように言う。
しかし、伐は虎の事など相手でもないと言いたいのかけだるそうにタバコを吹かしており、彼の足元からはゆっくりと黒い靄が立ち上がって行く。
虎はその態度を鼻で笑うと両眼を見開いた。
それと同時に伐を衝撃波が襲うが、黒い靄が伐の身体を包み、その衝撃波を防いだ。
衝撃を塞いだ黒い靄は伐の足元に戻って行く。
「……人の身としてはそれなりにやるようだな」
「それはどうも……こんな大がかりな術式を組んだんだ。それなりに楽しませてくれるんだろうな?」
虎は伐を見て口元を緩ませる。
その言葉に伐は興味などないと言いたげに頭をかいた後に表情を引き締めた。
両者の間には緊張感が漂っており、お互いの次の行動を警戒している。
「……悪いな。獣相手に見つめ合う趣味はねえんだよ。それにさっさと片付けねえとあの部屋の処理ができねえからな。俺の目的はお前を呼び出すためにお痛をしたバカどもだ」
「片付ける? 贄が不十分とは言え、神相手にずいぶんと強気だな」
「神? ……虎? 白くねえな」
「言っただろう。まだ力が取り戻せてないと本体はまだ眠っている」
伐は大事になっているため、この後の処理を真に頼まなければいけない事もあり、早々に終わらせると宣言するが虎は鼻で笑う。
その瞬間、伐は一気に虎との距離を詰めると虎が神と言ったためかわざとらしいくらいに興味深そうにその顔を覗き込む。
恐れを知らない伐の行動に虎は面白いと言いたいのか口元を緩ませると死に逝く者への手向けだと言いたげに自分が『白虎』の化身だと答える。