第十三話
「へえ、さすが、ウェストロード家だね。どこかで最悪を認識している。だから、口では不安そうな事を言っても腹は決まっているね」
「そ、そんな事はないです……」
クリスの様子に真は感心したように頷くがクリスは首を横に振ると不安そうな視線を伐に向ける。
彼女の視線など気にする気もないのか、伐はタバコを取り出して口にくわえており、クリスは納得が行かないのか眉間にしわを寄せた。
「ノラ猫くんにそんな事を言っても無駄だよ。ノラ猫くんは最悪を選ぶ事はしないからね。ノラ猫くんはメリット、デメリットを適切に選ぶ事ができる人種だからね」
「……選ぶ事ができていたら、こんな生き方してねえよ」
「それは失敬。それで、厄介な相手だけど勝てそう?」
真は伐の能力を高く買っている事もあり、口元を緩ませると伐は過度の期待をするなと言いたいのか、タバコの煙を吐き出しながらけだるそうに言う。
彼の言葉に真はわざとらしいくらいのため息を吐くと女性を殺した犯人と対峙した時に対処できるかと聞く。
その質問にクリスは伐が死んでしまうかもしれないと言う不安に飲み込まれそうになったようで伐の服を強く引っ張り、彼の顔を見上げる。
彼女の表情に伐はけだるそうな表情をするとタバコの煙を彼女の顔に吹きかけた。
伐の突然の行動に煙をもろに吸い込んでしまったようでクリスはせき込み始め、二人の様子に真は楽しそうに笑っている。
「伐はいじめっ子だね。あれかい? 好きな子ほどいじめたくなるって言うヤツかな?」
「……バカな事を言っているんじゃねえよ。心臓がつぶされるなら、その前にそいつののど元を掻っ切ってやれば良いだけだろ。だいたい、俺なら自分の能力をわざとらしく見せつけるような事はしねえな。自分の実力を高く評価し過ぎている奴はただのバカだ」
「そうだね。ノラ猫くんが言うと頼もしいね。ただ、何も知らない白猫ちゃんの前で言う事かな?」
二人の様子が微笑ましいのか、真は伐をからかうように言うと息が整ったクリスは聞き耳を立てるが、伐は興味がないと言い切った後、楽しそうに口元を緩ませた。
彼の笑顔にクリスは背中に冷たい物が伝わったようだが、真は気にする事無く楽しそうに笑っている。
「別に出て行きたくなったら出て行くだろ。こいつはノラ猫と違って住処があるんだ」
「そうかも知れないけどね。それにノラ猫くんにだって居場所はあると思うんだけど、ほら、優夢ちゃんの側とか?」
「……おかしな名前を出すな」
伐はこの家を出て行くのはクリスの意思だと興味なさそうに言うと真は伐をからかう気のようで女の子の名前を上げる。
その名前に伐は眉間に深いしわを寄せるとクリスは聞いた事のない女の子の名前にわずかにこめかみが小さく動いた。
「はいはい。悪かったよ。それでどうするんだい? ノラ猫くんには僕達のお願いを聞いて貰わないといけないから、白猫ちゃんの安全を考えると何人か部下を置いた方が良いかな?」
「無駄だろ。心臓をふれる事無く、握りつぶすような人間が相手だ。死体が増えるだけだ。この辺で死なれると片付けが面倒だ。最近は死体処理も受け持ってくれなくなってきているからな」
「そうだね。コンクリートに積めて海の底なんていまどきやらないしね。粉砕機にでも入れてみるかい?」
真はクリスの反応に楽しそうに笑った後、クリスがいる事で伐の行動が制限されては困ると思ったようで部下にクリスの警護を任せるかと提案する。
伐は無駄な事をするなと言うと真の部下が殺された後の事を心配し始め、真も真剣な表情をしながら、死体処理の方法について提案し始めた。
クリスにとっては二人の言葉は悪質な冗談のようにも聞こえるが、先ほどまでの二人の会話もあるため、冗談とも言い切れないと思っているようで困惑の表情を浮かべている。
「うーん。そう言えば、使えない部下でも死んだら、とりあえず、殉職にしないといけないから、死体を処理する必要はなかったよ」
「そうか?」
「……問題はそこじゃない気がします」
しばらく、二人が悪質な冗談を繰り返していたが真もさほど遊んでいられないと思ったようで話を途中で中断し、伐は付き合っていただけだと言いたいのかタバコを吹かす。
クリスは大きく肩を落とすがこれ以上、この話を続ける意味も見いだせないため、何も突っ込まない。
「それじゃあ、必要な情報も渡したし、夕飯も食べたから仕事に戻ろうかな?」
「さっさと帰れ」
「酷いな。それより、仕事の方はよろしくお願いするよ。部下に流石に殉職されるのは不味いけど……社会のごみはいくらでも掃除して良いから」
クリスのツッコミが入らないためか、真はつまらないと言いたげにわざとらしいため息を吐くとごちそうさまと両手を合わせた後に律儀にも食器をキッチンに下げる。
伐は真を追い払うように手を払うと真はもう一度、ため息を吐いた後に薄ら笑いを浮かべながら、伐へと依頼した問題を解決されるなら、一般市民や騒ぎを起こしている人間を処分しても良いと言う。
その表情からクリスは身体を震わせると、伐は真の相手をするのが面倒になったようで立ち上がると真の足を軽く蹴り、さっさと帰れと彼を玄関まで進ませる。
「ノラ猫くんはもう少し年上を敬う事を覚えた方が良いよ」
「年上を敬えるような世界なら、俺みたいな人間はこの世に存在してねえだろ」
「それはそうだけど……それより、良いの? あの白猫ちゃんはきっと最悪の爆弾だよ。危険な香りがするよ」
真は伐に足を蹴られながら玄関まで着くと文句の一つでも言いたいようで大きく肩を落とす。
その言葉に伐はくだらない事を言うなと舌打ちをすると真は少しだけ寂しそうに笑った後、表情を引き締めるとクリスは危険だと忠告するが伐が自分の忠告など聞き入れる気もない事も知っているため、蹴られる前に玄関から出て行く。
「……そんなもんは言われなくてもわかっている。だけど、仕方ねえだろ。重なりすぎているんだから」
伐は真の残して言った言葉に舌打ちをすると乱暴に頭をかいた後、カギをかけて事務所のソファーに勢いよく腰を下ろした。