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第十話

「……こっちは何もなさそうだな。気づかれていないか。泳がされているか」


 帰宅中に襲われた事もあり、クリスのいる家が襲われる可能性も考えられたが、家までは見つかっていないのか襲われた様子はない。

 クリスを狙ってきた相手の思考が完全に読めていないため、眉間にしわを寄せると玄関のカギを開けて中に入った。


「……起きているか?」

「……」


 クリスの無事を確認するために彼女の居る寝室のドアをノックする。

 ドアの向こうからは他人の気配がするが、彼女からの返事はなく、伐は様子を確認するためにドアを開けた。

 寝室の中は伐が登校する前とは違い、ベッドの枕元や側の机にあったものが床に落ちて散らばっている。

 その様子に伐は小さく表情を歪ませるがすぐに表情を戻すとベッドの側にあるイスに腰を下ろしてタバコを口にくわえた。


「……伐?」

「落ち着け」

「お、怒らないの?」


 ベッドの上にいたクリスは伐がタバコに火を点けている姿を見て、彼の名前を呼ぶ。

 彼女は苦しげであり、息が荒く、瞳には涙を浮かばせている。

 その様子に伐はけだるそうに頭をかくと彼女の頭の上に右手を乗せた。

 クリスは伐の突然の行動に驚きの表情をして聞き返す。


「……薬が切れて禁断症状が出ていたんだろ。自殺しなかっただけ良かっただろ」

「で、でも……あ、あう?」


 クリスには覚醒剤を使われた形跡があったため、伐は気にするなと言うと表情には出さないが彼女の無事を喜んでくれる。

 彼の言葉にクリスはそれでも自分がやってしまった事に罪悪感があるようで顔を伏せてしまう。

 うつむいてしまった彼女に伐は表情を変える事無く、彼女の額を指ではじいた。

 寝室にはぱちんと言う小気味いい音が響き突然の伐の行動にクリスは驚きの声を上げると額を両手で押さえて彼の顔を見上げる。


「……気にする必要はないと言っているだろ」

「……伐は何も言わないんだね」

「こんなもん、どこにだってありふれているものだろ。わざわざ言う気もねえよ。好きで使ったなら別だけどな」

「ありがとう……伐」


 伐はもう一度、気にするなと言うとタバコを吹かしながら荒れた寝室の片づけを出す。

 彼の背中を見ながら、クリスはつぶやくと伐はクリスが被害者だと言い、その言葉にクリスは伐に聞き取れないくらいの小さな声でお礼を言う。


「俺も他にやる事があるからな。何をしていても良いが、ここで自殺だけは止めろ。片付けが面倒だからな」

「う、うん!? だから、どうして、ここで脱ぐの!?」

「何度も言わせるな。ここは元々、俺の部屋だ」


 不安定な彼女を一人にしておく事はできないが、伐にも失踪事件やクリスが巻き込まれている事件の調査もあるため、彼女に付いているわけにもいかない。

 伐はけだるそうに言うとクリスは小さく頷いた時、伐は片づけを終えたようで制服から着替えようとネクタイを外し始める。

 それに気が付き、クリスは慌てて掛け布団をかぶるが伐が気にする事はない。


「……もう良いぞ」

「う、うん……」

「何をしているんだ?」


 着替えを終えた伐はイスに腰を下ろすとクリスに声をかける。

 彼女は伐が嘘を吐いている可能性を考えているようで恐る恐る顔を出すが伐は気にした様子などない。

 彼の様子にクリスは不満げに頬を膨らませるが伐はタバコを吹かしており、クリスは自分だけが意識しているのが悔しいようで小さく肩を落とした。


「ん? これを渡しておくか?」

「何? ……猫の首飾り?」


 その時、伐は何かを思いだしたようでポケットから手を出すとクリスの前に差し出す。

 クリスは釣られるように両手を出すと彼女の手の上には黒い子猫をかたどった首飾りが乗せられている。

 彼女は首飾りを覗き込むと伐がこんなものをプレゼントしてくれるとは思えなかったようで彼の顔と首飾りを交互に見て、不思議そうな表情をする。


「……お守りみたいなもんだ。この街の中ならご利益があるかもな」

「この街の中なら……(この子)が守ってくれるんだね。そう言えば、お父さんも同じような事を言っていた気がする?」

「そうか……何だ?」


 伐の言葉にクリスは首飾りを覗き込みながら父親が話していた事を思いだしたようで首を捻った。

 興味なさそうに頷いた伐はクリスが自分の顔を覗いている事に気づく。


「こう言うのをプレゼントしてくれるんなら、付けてくれるんじゃないかな?」

「……自分でつけろ」


 クリスは伐の顔を覗き込むと彼をからかうように笑顔で言う。

 その言葉を伐はすぐに拒否するとクリスは不満そうに頬を膨らませながらも首飾りをつける。


「似合う?」

「似合う、似合う」

「心がこもってないし、せめて、見てよ!?」


 それでも伐から首飾りをプレゼントされた事が嬉しかったようでクリスは首飾りをつけると照れくさそうに感想を聞く。

 しかし、伐は興味がないようで視線を彼女に向ける事無く言い、クリスはあまりの伐の態度に声を上げる。


「それより、お前の父親は猫に付いてなんて言っていた?」

「猫に付いてって……あんまり、覚えてないけど、この街には古くから住んでいる黒猫がいるって、ヤクザやマフィア、権力者を敵にするより、その黒猫の怒りだけは買うなって、伐もその話を知っているの?」

「……ああ。昔からこの街の裏で生きる人間には有名な話だな。最近は迷信だと思っているのか知らねえふりをしているバカも多くて面倒だな」


 伐はクリスから彼女の父親が今回の件に関わっているか確認したいようでクリスが父親から聞いた黒猫の話を聞く。

 クリスは質問の意味がわからないようで首を捻りながら、伐の質問に答えるが彼が興味を示すものには思えなかったようで質問を返す。

 その質問に伐はけだるそうに頭をかくが自分が舐められていると言う事は理解できているようで視線は鋭くなっている。


「ば、伐、どうかした?」

「何でもねえよ。夕飯でも作るからできるまで寝ていろ」

「う、うん……私だけじゃなく、伐の事も守ってね」


 クリスは伐から放たれる威圧感に声を震わせるとその声に伐の空気は緩くなり、彼女の頭をなでると寝室を出て行ってしまう。

 彼の背中にクリスは何か違和感を覚えながらも自分も話せていない事があるため、伐にだけ追求するわけにはいかないと思ったようだが彼の事が心配になったようで首飾りを握りつぶやいた。


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