ブラウンヒーロー
「なあ、あんた、知ってるか。この街には、ブラウンヒーローがいるんだ。」
取引の為に入ったバーの、隣の席の男がこう切り出した。男の方を向いて、口元まで持ってきたグラスを、そのままカウンターに置いた。男はこちらに身を乗り出し、楽しそうに笑っている。
「ヒーローってのは、なにもテレビでやってる戦隊物見たいな奴じゃない。やってることは、どちらかというとダークヒーローってやつだ。」
適当に相槌を返しながら話を聞く。足を遊ばせていたら、持って来たカバンとアタッシュケースを蹴ってしまった。
男がカクテルをバーテンダーに頼み、こちらを見た。
「例えば、マフィアのアジトに殴り込みに行ったりだとか、そんな大きいこともするけど、最もすることはこの街をよくすることだね。この間は、街のお偉いさんの不正蓄財を暴いたんだっけかな?」
一息にカクテルを飲み干すと。男はさらに一杯カクテルを頼んだ。薄暗い照明で良くはわからないが、顔は赤く、酔っているのが見て取れる。ふと腕時計を見ると、時刻は大分遅くなっていた。
そんなこともお構いなしに、男は話をつづける。
「ほんとかっこいいんだ。明るい茶色の髪に、同じ色の皮のジャケット。持ってるのはショットガンを一丁で、あとは細々したのいろんな道具を持ってるんだ。頭脳明晰で力もあって、なにより度胸がある。男なら憧れるよな。」
また一息でカクテルを飲み干した。しかし、今度はお代わりを頼まず、明るい茶色の髪を手で弄っているだけだった。
バーテンダーにショットガンを頼み、出てきたのを一気に飲み干す。そして、カバンを持って立ち上がった。
「お話を聞いてわかりましたが、ブラウンヒーローはかっこいいんですね。」
「あぁ、そうさ。真のヒーローって奴なんだろう。」
「そうですか。そろそろ時間なんで、私は行きますね。」
そうか。じゃあな。ブラウンヒーローに会ったらよろしく言っておいてくれよ!と大きな声をバックに、よろしくと言ってバーから出た。
注文の12ゲージは置いてきたので、手が軽い。内ポケットからタバコを取り出し、煙を飲んだ。
ブラウンは、黒に近い色だが、決して黒ではない。正体を隠すべきなのが1流のヒーローなのだとしたら、自分からペラペラ話すのはただの自己偏愛者なのだろう。ダークでも、1流のヒーローでもない。
「中途半端なヒーローは、ヒーローと言えるのか。」
タバコをふかすと、煙がネオンの街中に溶けていった。