かわいい後輩君達 1
「とんでもない後輩達」の対のお話です。弥坂先輩の彼女・シャオさんと鷹野・森矢がただ遊んでるだけですが…
メールで決めた待ち合わせ場所は、大学の友達と遊びに出た時に何度か来た事があるので迷わなかった。繁華街の一角では待ち合わせらしき人が何人か。その中に知った顔の二人がいて顔の筋肉が緩んだ自覚はあった。
「鷹野君、森矢君、」
「あ。どーもっす」
待たせてしまった事を謝ると二人共いえいえと口を揃える。
「ああぁ…ごめんね、お呼び立てしたのこっちなのに」
「大丈夫っすよ。乗り継ぎ巧くいっただけなんで。ほら、時間前でしょ」
腕時計を見せながら恵亮はにこりと笑みを浮かべる。初めて会った時も思ったが、髪はダークブラウンに染めてあるし服装(足元から頭の先まで)もオシャレな正に"今時男子"である。そして目鼻立ちもすっとしていてカッコいい。モテるんだろうなぁと思ったがそれは見た目だけの所為ではないだろう。
「シャオさん、今日はスカートなんすね」
「え?」
「前はデニムだったんで。先輩に悪いっすねーこんなかわいいので来てもらっちゃって」
こういう細かい審美眼やリップサービスも間違いなく彼の人気の一つだ。
「よ、よく覚えてるね?」
恵亮は笑いながら「そりゃああの弥坂先輩の彼女さんですし」と言う。"あの弥坂先輩"と言われるとは、浩貴はクラブで一体どんな立ち振る舞いをしているのか? 気にはなったが今は置いておく事にした。
先ほどから口を開いていない章仁が気になって窺ってみると、彼もこちらを見ていてはたと目が合った。そして、少し困った風なはにかみ顔。
「あ、ごめんなさい。まじまじ見て…」
「い、いえっ!」
「何、見とれてたのか?」
「いやそういうのじゃなくてさ――…えぇと…あの弥坂先輩の彼女さんなんだなあと思うとやっぱり何か不思議だなと…」
「ええっ?! な、何か変?」
「わかる。わかるけど本人目の前にぺろっと言うなって」
「鷹野も言ったろ」
「ん? そうだっけ」
"あの弥坂先輩"二回目。初っ端からこんな具合なのは一体。(普段どうしてたらこんな言われ方になるのかなちょっとねえ浩貴。)
浩貴と自分の付き合いは小学生の時、自分が家族揃って弥坂の家に遊びに来て以来になる。ずっと友人だったのが恋人同士となるまでには色々あったのだけれど――そこは、割愛。家族と折り合いもつき、日本の大学にと戻って来れたのも彼と彼の家族の厚意あってのものだ。とはいえ進学は一年遅れなので回生は恵亮や章仁と同じになる。
「まーとりあえず、行きますか」
「あ、えっと、今日はよろしくお願いします」
ぺこんと頭を下げると二人は相好を崩し「そんな堅くならずに。ね?」とか「僕らこそ。誘ってもらって嬉しいです」とか言ってくれた。優しい。こんな男の子はあまり関わった事がないので新鮮な気分だ。浩貴や龍次とは違うタイプの男の子達。(決して彼らが優しくないわけではない。念の為。)
遊ぶならお任せあれ、と恵亮は言っていた。女子のショッピングなんかも付き合えるという彼は喋り方も明るくて話題も豊富だった。下手をしたら自分よりずっと女子トークにすんなり入れるかもしれない。
「シャオさんゲーセンとかいけます? ボウリングとかは?」
「え、うん。でもあんまり行ったことなくて…」
「そうなんですか?」
「先輩とは? あぁでもあの人ゲーセン行くかーって感じじゃないっすかね」
「うぅん……そうだね。映画とか本屋さんとかが多いかな」
「っぽい! っぽ過ぎてすげえ!」
え、そこは笑える所なの? とぽかんと見返す。
「鷹野笑いすぎ」
「だって。裏切らないなーと…」
「裏切る必要はないでしょ」
「いやあ。俺らは知らないだけでっての、ありそうじゃん」
「まあ…でもダメだよ。いないからって調子乗り過ぎ」
章仁が窘める様子は何だか兄が弟をそうするような、やんわりしたものだった。
線が細くて柔らかい口調なのは恵亮と対照的で、先日話した時もほのぼのゆったりした雰囲気が漂っていたように思う。彼のマンドリンにすごく惹かれた。ああ好きだなと思ったが早いかすっかりファンになってしまって、今こうして一緒にいられるのもとても嬉しい。勿論、恵亮のギターも好きだ。二人共楽器が好きで好きで堪らないんだなと思わせる音を作る。
「いい子だなーあっくんは」
「けーちゃんが悪い子だからね?」
「うををっ、寒気するやめろっ!」と恵亮が腕をさするのに、思わず笑ってしまった。楽器から離れると何だかかわいい二人だ。
「はあ……あ、すみません。こいつうるさくてホント…」
「俺だけじゃねーっつの」
「んーん。仲良しさんなんだね、二人」
その言葉に二人して「えー…?」と微妙な顔をするものだから余計おかしくて。かわいいなあと感じるのは多分一つとはいえ年下の男の子達相手だからだろうな、とくすくす笑いながら考えていた。
* * *
ゲームセンターは指で数えられる回数しか来たことがなくて、色んな音に慣れるまで毎度そわそわしてしまう。
「プリクラほとんどやったこと無いんすか?」
遊んでくたくたになる前にと、自分らはプリクラの機械がずらりと並ぶ一角にいた。恵亮はものすごく驚いた顔をしている。女子は遊べば必ずと行っていいぐらいの頻度で撮るものだというのが彼の中のイメージだったらしい。
「女友達とはあるんだけどね。それでも2、3回かしかないかな」
「珍しい! 森矢レベルに珍しい人がいるっ」
「何それ…何か失礼だなあ、」
友紀は勿論、大学の友達は皆慣れたものなので撮るとなったら任せっきりだ。らくがきの段階で「やってみたら?」と言われるのだけれど、皆みたいにはできそうにないからと断っていたりする。
「先輩とは?」
「えっ、無いよそんなの。写真すらそんな無いのに」
浩貴とは撮ってみようかという話にすらなった事が無い。そんな補足をすると、恵亮はにやあっと笑い、
「撮りましょう。がっちり撮りましょう、うん!」
と、至極楽しそうな声で言った。(キラリと目が光った気がしたのは見間違いだろうか。)対する章仁はあまり乗り気ではないようで。
「えっ、いいのかなそれ…」
「何で。いーじゃん三人だし、こんくらい許されるだろ」
「? 許すって…?」
「や。こっちの話っす。なぁ森矢ぁ、大丈夫だってー」
「ううん……」
章仁は渋い表情だったが、三人で撮りたいと希望を口にすると「じゃあ、」と頷いてくれる。写真が嫌いなのかなと思ったがそうではないようで、しかしはっきりした理由は聞けないままブースに入った。
「えーと、これ撮り直しできるっけな…じゃ、とりあえず両手に華的な? シャオさん真ん中ね。最初そこのレンズなんで――」
恵亮がさくさく進行して、自分が真ん中で何回かアップと全身とで撮った。そこから四枚選んでらくがきにと一旦外に出る。章仁が「僕はいいですからどうぞ」と言うので残る二人でペンを握る事になった。しかし何が何やら……
「スタンプとか使っとけば何かいい感じになりますから。文字とかはお好きにー名前とか日付とか何なりと」
「う、うん…慣れてるね鷹野君」
「ああーまあよくやってるんで。時間制限ないっすからじっくりどうぞ」
「あ、そうなの?」
「そーそー。ここ動いてないっしょ? こーゆー奴のがね、わあわあ言いながらできるんでいいんすよ。後ここらへんは押しちゃだめ。時間終わっちゃうとか全消しされるとこなんで」
「ん。わかった、」
さらさらっと画面に書き込んでゆくのを横目に、(途中でこれどうするのとか聞きながらだが…)何とかできた気がする。ちょっと楽しいなと思い始めたらあっという間だった。
プリントアウトされてきた三人ショットにほくほくと胸がいっぱいになる。ついでに顔の筋肉もゆるゆるだ。
「嬉しいなあ~すごいね。こんな色々できるんだね」
「そんな喜んでもらえるとは…次からはシャオさんもらくかぎ、やりたくなったでしょ?」
「うん!」
シールは分けっこしよう、と台とハサミのある場所に移る。一枚ずつあったらいいと言う二人の分と自分の分。
「はい、じゃあ森矢君も」
「あ。ありがとうございます」
手渡してから、章仁はじいっと分けたシールを見つめる。はて? と小首を傾げてみせると、彼は小さく笑って「…僕、初めてで」と呟いた。
「えっ、そうなの?」
「そうだっけ?! あれっ? オマエ新歓ん時とかいたよな? 何で?!」
「いたけど遠慮したんだよ。人いっぱいいただろ。…そんなに驚かなくても…」
少し困ったように章仁は眉尻を下げる。これまで普通の遊びにはあまり興味がなかったらしい彼は、人にこうして驚かれる事も多いのかもしれない。自分もそういう事がしばしばあるので彼に共感する。
「わ~じゃあ森矢君、初めて記念なんだね。これ」
「そ、ですね…」
照れた風な笑い方がものすごくかわいくて、うっかり「わーんかわいいなぁ、もー」とよしよし頭を撫でてしまった。あわわ、と頬を赤くして慌てるのもかわいい。素直な反応にきゅうんとしてしまう。
「あ、あの、も、もう……」
「ははっ、森矢君かわいい」
「いやそんな事は――」
「うわあ、こんなん初めて見るわ俺。よかったなー森矢。先輩の彼女になでなでしてもらっちゃって」
「た、鷹野っ」
「見てないで止めて」とあたふたする章仁に、恵亮はひとしきり撫で撫でが終わるまでにやにや笑いながら見ているだけだった。