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とんでもない後輩達

*本編中で登場する弥坂先輩と鷹野・森矢の小話です。(矢橋

不在)カッコ悪い先輩とアホな後輩しかいません。



 クラブの連中は嫌いではない。しかし、うるさいの一言に尽きる。



 殊同じパートの後輩は何だかんだと喋ってきて、最初は軽いノリの彼に辟易していた。段々慣れてきてからは何かあるとばしんと頭を(はた)く間合いが定番になりつつある。一々人の勘に障るのが悪い。(現在進行形で。)


「ったあぁぁっ…! きっつ!」

「お前が全面的に悪い」


 こいつのリアクションは大袈裟すぎるといつも思う。


「DVっすよDV! あー痛あぁ…もーやだこの人ー別れてやる~っ」

「誰が、いつ、お前と付き合った?! アホかっ」


 鷹野恵亮は自分と正反対な奴だと思うことばかり。一つ下だからこんな調子でいられるが、同期だったら多分無理だ。所謂チャラ男で、女遊びもそこそこやるし一途さや純粋さは欠片も感じられない。しかしクラシックギターにはやたら熱くて、幼い時分からこれだけは好きで離さなかったという。教えられる事は多い。だが楽器から離れてしまえばただのアホな後輩で――


「先輩すぐ手ぇ出るんっすもん。バカになったらどうしてくれるんすか」

「今更だろ」

「ちょっ!! ナニソレ酷い!」

「あー……その辺に…ね?」


 外ですし、とやんわりと止めに入ったのは鷹野の同期だ。森矢章仁こそ鷹野とはまったく違うタイプなのだけれど、中学時代に楽器のレッスン先で知り合って以来の付き合いだというのだから人間わからない。

 マンドリン界の若手ホープ。そんな呼称がありながら本人はのんびりしたもので「ただ好きなだけなんですけど…」と言う。期待の星というのは案外周りの評価に頓着しないらしい。



 森矢に止められてようやく、話の途中だったと思い出した。クラブ以外でわざわざこんな風に後輩といる事は少ない。他の同期や先輩はやれ飯だカラオケだと連れて出るのだが……教職志望で大学生活の半分は授業だレポートだと忙しい自分はあまりそういった余裕はなかったりする。


「えっと……それで、先輩の彼女さんの話をですね……」


 森矢が遠慮がちに仕切り直し、ああそうだったなとこちらも一息。コーヒーのチェーン店の一角でど突き漫才などしている場合じゃなかった。


「あーそうそう…要は、お前らの都合で決めてくれていいから一回どっかで遊んでくれないかって話」

「"付き合ってやってくれ"ってそーゆー事っすか」


 最初そう言ったのが不味かったとはどうも思えない。喜色満面だった鷹野はさきほど叩いた所を撫でる。あーマジで痛かった、とぼやきながら。(まだ言うかその口は。)


「それ以外何があるの?」

「先輩から年下に乗り換えとか」

「んん? 二人はいらなくない?」

「そこかお前。いいじゃねーか二人でも三人でも」

「鷹野はまあそれでもおかしくないけどさ。彼女さんはそんな人じゃないんじゃないかなぁと…」

「お前らな……」


 いい加減にしろよ、と低く唸ると二人は黙った。鷹野はわざとで森矢は素でこうなのだから参る。



 そもそもの発端は小龍にある。なんて事無い雑談の中で【変わった新入生が来た】という話をした時、彼女はそうなのかー程度の軽い反応だった。しばらくしてギターの新人にやたら懐かれたとげんなりしていたのを「その子すごいね」と可笑しそうに笑い「浩貴に懐くとかどんな子?」と興味津々で。(とっつきにくいという自覚がなくはない。)果ては会ってみたいと大学までわざわざくっついてきて、短い会話だったにも関わらず鷹野のみならず森矢とまで気が合った次第だ。


「俺はいつでもいっすよー、もー大歓迎。シャオさんすっげーかわいいし」


 先輩がよく捕まえられましたねと失礼極まりない台詞を吐かれたのはその対面の後だ。鷹野は思った事をすぐ口にする。


「外国の人なんでしたっけ? 確か」

「おいぃっ、今更?」

「言ったろ。あいつ香港生まれだけど片親が日本人だって」


 だから言葉にも習慣にも不自由ない。


「あー…スミマセン。うっかり抜けて…」

「いつもそれだなオマエ」

「いや、その、僕そんなに喋らなかったのに……」


 何で一緒に遊びたいとかなったのかな、と森矢は怪訝に首を傾げてみせる。それは俺も聞きてぇよと内心思っていた。



 この後輩らはクラブの時間以外にも部室にいる事が多い。のんびりしていたり練習していたりする輩はままいるので不自然ではないのだけれど、それが小龍と引き合わせた時はラッキーだったと言うべきだろう。

 クラブの連中は自分に彼女がいると知って「見せろ! 写メぐらいないのか!」とやかましい。あれこれ訊かれたり茶化されるのは目に見えていたので断固として頷かなかった。(写真は嫌いなので無いと言い切った。)実際、小龍にしつこく強請られるまでは大学にも連れて行きたくなかったのが本当の所だったりする。


「天然同士、何か感じるもんがあったんじゃね?」

「彼女さんは違うくないかな」

「や。そこはお前が間違いだな」

「えっ、そうなんですか? しっかりしてません? すごく」


 小龍のどこを見てそう思ったのか激しく疑問だ。


「話しててもこっちが楽なぐらい――楽器の事とか、色々訊いてくれたんで助かりました。僕の説明で解る人少ないけど何か伝わってましたし…」

「まーなー教える以外は感覚で喋るもんなー…でもオマエするする喋ってたからあの人すげぇって思うけど。初対面の人ダメだろ?」

「んー何だろうね? 彼女さんは何か大丈夫だった」


 先輩もいたからかも、と森矢は考えながらそう言った。その場面を思い返してみて、自分抜きでも十分和やかな雰囲気でいたような気がする。やはり天然同士相性は悪くなかったのかもしれない。


――いい子だね、後輩君達。ファンになっちゃった


 ちゃっかり即興演奏まで聴いた帰り。小龍はにこにこと機嫌よく笑い遊んだりできないかなとも言っていた。そこまで関心が高くなるような連中かと思わなくないが、二人共彼女がこれまであまり関わった事のないタイプで新鮮だったのかもしれない。


「悪ぃけど頼む。アドレス渡していいっつってたから――」

「あ、俺聞いたんでいっすよ。こいつにも後で送っときます」

「いつの間に…?」

「え、普通だろそんくらい。つか怖っ! 先輩目ぇ怖っ」

「…普通だろ」

「うえー嘘だあぁ、」

「えと、先輩はいいんですか? いなくて」


 野郎二人と彼女とを遊ばせるのは許容範囲なのか、というように森矢が珍しく顔色を窺ってきた。ふうん、と一息吐いて「俺も色々立て込んでるしな。合わせてたら延び延びになるだろ」と返す。


「お前らも暇じゃないのに悪いな」

「我慢とかしてませんか?」

「あのなあ…」


 そんな言われ方は心外である。小龍はファン精神で話したがっているわけだし、鷹野も森矢も横恋慕するような奴ではないというぐらいの信用はおいている。それにだ、今更自分らの間で【他に好きな相手ができる】なんていう事態は起こり得ない。それは付き合うまで長い長い時間と労力がかかったからで――そこまで事細かに説明する気はないので割愛。(ただでさえうるさいのに自らネタになりに行くような真似はしない。)

 もしよからぬ気配があったとしたら端から許すわけがないのだ。小龍は言わずもがな、後輩にもそれは無いと思っている。本人等が楽しみにしているのを自分の返答一つで叩き壊す事もない。ただ、釘は刺す。


「お前らは本気じゃないからいい」

「おおー…先輩すげー」

「あ?」


 どこに感心したのか鷹野は目を剥いてみせた。


「普通嫌でしょーに。こんなのと遊ばせるの」

「自分で言うか…? お互い仲良くやりゃいいだろってだけでだな――」


 どうせ演奏会だ何だと折々には顔を合わす事になるだろうから今の内に喋らせとけ、と先々の面倒を回避したかった。…とまでは言うまい。


「先輩がいいなら僕は別に…彼女さんが楽しめるかどうかは自信ないですけど、こちらこそよろしくお願いします」

「俺もいるんだし心配ねーって。堅くなるなよ」

「ああ、そっか、うん…」


 サシじゃ会話が保たないというのは森矢の普段からの様子で知ってはいる。【三人セット】の間では別らしい、とも。


「やー、かわいいお姉さんとか久々かも。ちょー楽しみ」


 鷹野はへらりと相好を崩しながらそんな口を叩く。久々って何だ。


「……わかってても心配だなこいつ…」

「うぅん……頑張って止めます。ハイ、」

「お前がストッパーってのもまた…まあいいか」


 そんなこんなで、用件が済んだ頃にはコーヒーはぬるくなっていた。



*  *  *  *



 話を通してきたと伝えてやった日もさることながら、三人が遊びに出ていた日の夕方、小龍はもうとてつもなく機嫌がよかった。


「楽しかったよ! 益々ファンになっちゃった」


 すっかりあの後輩二人に心を許したらしい小龍に、へぇ、とか、よかったな、ぐらいしか言えない。


「森矢君、CD貸してくれたんだ。発表会で鷹野君と弾いたやつとか…中学生の時から二人一緒だったんだね」

「あー…暇な時何か合わせたりしてるなそういや」

「仲良しだよねーかわいかったなぁ、」


 二人のやりとりは小龍の目から見るとそう映るようで。"弟みたいなお友達"ができたのが相当嬉しいらしいなとはよくよく伝わってきた。



 それを切っ掛けに、メールのやりとりがあったり自分抜きにもしばしば遊びに出たりするようになったのだが――


「シャオさん、かわいい人ですね」


 その内、呼び方が"彼女さん"から"シャオさん"となったのは森矢も小龍に慣れてきた証拠だろう。しかしいきなり何なのか。缶コーヒーの飲み口に口をつけたまま、怪訝に眉根を寄せる。


「何か、いいですね。見ててほのぼのしてて好きです」


 お友達としてですよ勿論、という注釈はいい。(そんな気遣いは無用だ。)森矢にこんな言われ方をするとは一体何が、と疑問と不安を抱かずにはいられない。


「ほのぼのっつーか変なとこ抜けてるっつーか…何かやらかしたのかあいつ」

「や、そんな心配するような事は――でも、先輩がほっとけないの、わかります」


 つまり何かしらやらかしてるんだな? と思わず顔をしかめてしまった。小龍は浮き足だつと普段やらないようなポカもやらかすのだ。

 手を焼くようならちゃんと断るなり何なりしてくれと言うと、森矢は苦笑混じりに「シャオさんが迷惑とかは全然」と返してきた。


「うぅん…どっちかっていうと鷹野がスミマセンって感じなんですけど」

「は? 何で」

「えぇと…あいつ好きでしょ。人の恋愛話つっつくの。それであの……先輩が喋んないからって、シャオさんにお二人の色々――…あれこれ進行具合だとかを、ですね…」

「いい。わかったからいい」


 森矢の目が泳ぎだした辺りから嫌な予感しかしなかった。鷹野にあれこれ訊かれあたふたしている小龍の姿まで容易に想像がつく。――まったく、あの後輩はとんでもない。くらりと軽い目眩がした。


「人のプライバシー丸無視か。あいつ」

「スミマセン…やめとけとは言ってるんですけど」

「シャオもなぁ……遊ばれるばっかだからな昔っから」

「あの、僕は何も聞いてませんから。ご安心を」


 自身の潔白をそっと主張しながらのそれはフォローになってない。この後輩もとんでもない。何を安心しろと言うのか。

 どいつもこいつも、つついて楽しめる人間選びには間違いがないなとうんざりする。自分が茶化されるより頭が痛むもので、やっぱり引き合わせるんじゃなかったかと若干の後悔が眉間の皺を深めた。


「――んん?」


 すみません、と森矢がデニムのポケットから携帯を取り出す。しばし画面を見つめてから「先輩、」と一声。


「…スミマセン。先に謝っときます」

「あ? 何が…っ、」


 向けられた画面を目にし、声が詰まった。メールで添付されてきたらしい写メには鷹野と小龍が写っていた。少し上から撮ったようで、にっかり笑う後輩と上目遣いで恥ずかしそうにはにかむ彼女。(近いなおい…)そして本文には【ラブラブデートなう(`ω´)♪】と――ち ょ っ と 待 て 。


「先輩、あのー…」

「…はー……」長息。「……森矢。携帯貸してくれ」

「え?……はい。どうぞ」


 有無を言わせない低い声の力か、鷹野の所業にそろそろ焼きを入れたい気持ちがあったのかはさておき、森矢は協力的な態度だったように思える。


「先輩。あんまり物騒な事は…ね? あっち、テンション上がってるだけだと思うんで…」


 普段の叩きっぷりを知る森矢らしい心配そうな声。


「………努力はする」


 森矢の携帯からの珍しい電話に鷹野はすぐに出た。相手が森矢だと思い込んでいるらしく、耳に入ってくる声はとても楽しげで。それをしばしの間聞いてから、ふぅん、と嘆息。


「写メまで撮って、楽しそうで何よりだな」


 電話の向こう側で短く息を飲む気配があった。さっと血の気が引くような()


「……鷹野。お前、死にたいか?」


 この物言いに森矢の目が「全然努力してないじゃないですか」と言っていたのは見なかった事にした。



*

嫉妬、カッコ悪い。←酷

サイトの方にいる弥坂先輩とシャオさんメインのSSは大抵こんな調子です。鷹野だけでなく森矢も何だかんだで「この先輩面白いなあ…」と思ってると思うんだ。

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