ファーストインプレッション 3
何度目かの練習の帰り道、珍しく寄り道をした。鷹野が言い出して近くのファストフード店に自分らはいる。
「腹減ってねーのオマエ」
彼のトレーにはハンバーガーセット、自分は飲み物とポテト。育ち盛りにしては少ないと思ったらしい。
「あー…食べて帰るとか言ってないから」
「メールすりゃいいじゃん」
「携帯持ってないんだ」
「そうだっけ?」
うん、と頷いてみせると彼は物珍しそうにこちらを見やる。初めてじっくり顔を見合ったなと思っていると、まあいいかとがさがさとバーガーの包みを開いて、がぶり。これまで雑談の一つもなしにさっさと帰っていたので、何かしら切り出されるのかと思っていたが……単に気紛れで声をかけただけなのかもしれない。
立地上か、主に制服姿の学生で賑わう中ここは会話がないので静かだ。黙々と腹に収めるのみで相手はこの沈黙を気にする様子もみられない。こちらもよく食べるなあと思うだけで口には出さないし、何とも奇妙な状況だった。
鷹野の前に二つあったバーガーが残り半分ほどになった頃、「あのさあ、」と声を掛けられた。
「何?」
「オマエ、変わってるって言われねえ?」
いきなり投げつけられた言葉に、は? と面食らう。
「え、何が?」
「何でマイナー楽器やってんのとか」
「?……好きだからって言うけど」
「プロになりたいわけ?」
「どうかな……ずっと弾いてたいとは思うけど、厳しいからどうなるかは……」
「なら趣味でいいじゃん。センセーに流されてコンクールとか出なくても」
「先生が言ってくれたから出てみたってのはホントだけど、ああいうとこで弾くのって滅多にないから――どんな感じになるのかなって、自分で自分を見たかったってゆーか……その…テンション上がったりするかなーとか」
自分で言うのもなんだけれど、テンションが上がる事は意外と少ない。楽しみだなと思っていても人より顔や態度に出ないタイプだ。
「どーせ出るなら欲しいじゃん。入賞とか。そうは思ってなかったけど偶々首位獲れちゃいました~ってか?」
「えーと……気に入らないって言いたいのかな。鷹野君的に」
少し棘が出たかなと思いつつ、鷹野の言い方にほんの少しだけイラッとしたのでお互い様だろうと気にしない事にする。喧嘩は買わない主義だが楽器関係は別だ。主張は、する。
「え。そうじゃねーよ。似たり寄ったりだなーって」
鷹野はそう言って、バーガーを片付けてからまた口を開いた。
「俺らぐらいの奴で上位入るとかあんましないし、あんなキラッキラした所で大人ばっかの中で平気でバリバリ弾いたらさ、目立つだろ? こっちは師匠が【終わったら寿司奢ってやるから】とかでチョーわくわくして行っただけなのに。ガキが目立ったら嫌味言われるとか【えー…】ってならねぇ? 俺が俺がってやったわけでもなし」
「まあ……困る、かなあ…」
こいつは物で釣られてたのか、と半笑い。
「こう言ったらあれだけどさ、ただ好きで楽しくやりてー奴だっているんだよなぁ……タイトル獲れて悪い気はしねぇけど、それよかがしがし弾いて師匠によしって言われる方が何倍もいいわけよ。俺的には」
「あー、わかる」
「後、女子にモテる」
「……ごめん、そこはわかんない」
「そっか?」
オマエ顔悪くねーと思うけど、と鷹野はジュースを一口。男に顔を褒められてどう反応しろと。
「オマエ何言われても気にしないっぽいよな。天然っつか不思議系?」
「一応気にするけど――ってゆーか不思議系じゃないから。全部フツーです」
「あ。イラッとしたろ」
「え、いや、別に…」
「そ? あ。師匠に聞いたんだけど、オマエの生活楽器ばっかなんだって? マンガとか好きくないの」
「立ち読みぐらいは……」
「つか携帯無しでよく生きてけるなこのご時世。不便じゃねーの?」
「無くても死なないし。楽器ばっかりなのは否定しないけど……人並みに生きてるつもりなんだけどな……うーん…やっぱり変わってるのかな、僕…」
「ちょ――!」
どんだけだオマエ?! と鷹野はここで初めて声を上げて笑った。こんなところで笑われるとは思わなかった。
練習時のあのそっけなさとか、最初の沈黙は一体何処へ? と思わずにいられない気さくさだ。ぽんぽん弾む会話のテンポも何だか不気味なほどで、鷹野の方が不思議だと思った。
「……あのさ、鷹野君、何で今日いきなりフランクなのかな?」
「え? そうでもなくね?」
「練習の時全然喋らないし。名前も覚えてないでしょ、君は。正直敵扱いされてるかと…」
「いや?」
「ん?」
「全然。むしろオマエすげーって思ってんだけど俺。名前はあれだ、ただ覚えらんないだけ。
同いと組んだら大概まとまんねーっつって師匠ががんがんダメ出しするんだけどさ、オマエとだとさくさく進んで超楽。あーだこーだ言いながらやれんの面白いし。俺やり出すと口キツイいらしいんだけど、オマエも大概キツイからバランスとれてんだろ。多分」
「……あ、そう…」
第一印象は外れてもいなかった、と思っていいのだろうか。これは。
「鷹野君"ツンデレ"って言われない?」
「はあ?」
「デレ期なの? 今。…何で?」
「ちょ、デレ期って何ソレ!――待て、誰がツンデレか!!」
「え、無自覚?」
「野郎にデレるとか違うくないか!?」
「そこなの?」
「デレるなら女子だろ。明らか」
「……あのさ、何の話だったのかな今日」
「ん? いや。特に。いーんじゃねぇの、面白けりゃ」
「…………マイペースだよね、君」
「ああ、よく言われる。つかオマエもだろ」
「えーと……うん、否定はしないかなあ…」
敵愾心は無し。会話がなかった事についても悪気はなかったのが確認できたならまあいいか、と溜め息を一つ。
「無駄に気ぃ遣ったなあ…」
「え?」
「や、何でも。…んーとりあえず、頑張ろう。発表会」
今自分と彼との関係は発表会までの相棒だ。友達と言うにはお互い知らなさすぎるし、そもそも友達の定義すら曖昧なもので――これが終わったら"楽器仲間"という認識ぐらいにはなるだろう。他人に関心が薄いのはお互い似ているところがあるかもしれない。
そろそろ出るかと鷹野が席を立ったのに倣い、そこで別れた。翌々日レッスンで「どうだった?」と先生に訊かれた時、
「デレ期、来たみたいです」
という答えには間違いも過不足もなかったと思う。
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