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ファーストインプレッション 2


 ツンデレ。最初に抱いた印象はやはり変わらず、練習の時は合っていた息は終わると途端に嘘のようだった。「休憩しようか」という先生の声に、はい、という返事だけは揃うのだが――


「そんじゃ、ちょっと電話してきます」

「はいはい。10分したら再開だからなー」

「はいよー」


 鷹野はひらひら手を振って部屋から出ていった。先生にその口はいいのか? と思ったのは最初だけで、先生は鷹野のこの性格込みで彼を気に入っているらしいとは話している時に感じていた。


「森矢君はいいのか?」

「はい?」

「今時の中坊はあれだろ。携帯かちかちすんのが趣味みたいなもんじゃないの?」

「いや…携帯は高校になってからでいいだろうって親が」

「感心するなあその家庭」


 ……どういう意味でだろう?


「今時珍しいぐらいじゃないか? 持ってないって」

「はあ…行き先知れてるので特に不便はないですよ。皆持ってるので電話借りられますし」

「なるほどねーゲームやらメールやらで高くつくだろ、携帯。世の中変わったと思うな。鷹野は小遣いから出してるとか言ってたからまだマシか?……まあいいや。コーヒーか何か飲む?」

「えと…すみません、水持ってるので。お気遣いありがとうございます」

「いえいえ。君、草食?」

「えっ? いえ。でも好きなのは肉より魚かなとは……」

「魚好きだから水チョイスなの?」


 ――誰が巧いこと言えと。という突っ込みは胸の内でだけにした。

 面白いな君、と先生は言った。単に好みの問題かととは返せずに、はあ、ありがとうございますという返事しかできない。


「森矢君はあれだね。ボケ放置型。関西行ったら苦労するよ」

「え、」


 今のはツッコんでよかったらしい。自分の先生とは毛色が違い過ぎて新鮮だが戸惑う。どこまでラフにしていいのかよくわからない。


「順調過ぎて気持ち悪いな」


 もっと揉めるかと思ったんだけどと言いたげな声音で、ボトルを開けた手が止まった。


「揉めた方がいいですか?」

「ガチの喧嘩は困るけどさ。プライド高い同士だから喧嘩の一つ二つあるかも、とは言ってたんだけどな…」


 プライドが高いと言われて虚を突かれた心地だった。自分ではそう思わないのだが。


「そんなつもりありませんって感じだね」

「えと……そう見えますか。僕」

「君のソロ観た時にはね。まあこういう競争業界にいる奴は皆負けん気強いもんだ」


 ソロとデュオでは勝手が違う。誰かと音を作るとなると意識は自分にだけ注いでいるわけにはいかない。最初の呼吸を合わせる事から始まって最後締めるまでが一つの"仕事"だ。どちらかがズレても落ちてもその空間は成立しなくなる。ソロはソロで、合奏は合奏で難しい。――周りを意識する分丸くなるんじゃないか、というのがこの先生の所感だった。


「どっちかって言うとソロのが気楽?」

「どうですかね…? どっちも大変な時は大変です」

「そりゃ言えてる」

「僕より巧い人とかいっぱいいますし…でもその――勝ちたいとはあまり思ってないです。コンクールは奇跡的に…みたいな」

「本人は殊勝だなーお偉いさんが将来見物だ何だっつってたの聞いたろ?」

「いや、…はい、ありがたい、です……」


 小さくなってしまった自分を見、先生はわははと声を上げて笑っていた。やりきった感や周りの演奏にあてられ、何だか足下が覚束なくてよく覚えていないのだ。



 自分は合奏向きだと思っていた。感覚としては音に包まれる一体感が好きで、音の波に意識まで持って行かれそうな時がある。それが堪らない。

 ソロは、孤独だ。マンドリンと一対一で向き合い、どこまで曲の意図を汲み、自分の内側をどこまで表に出せるか? 始めるのも自分で終わらせるのも自分一人。思うままに表現できる自由との引き替えに、結末に至るまで独り戦う事を強いられる。好きか嫌いかで言えば好きなのだが、端から見ていて時々不安になるとも言われていた。初めてのコンクールが終わった途端、糸が切れたのがまずかったらしい。頭の中でずっと音が回っていてなかなか寝付けなかった。言葉通り全身全霊差し出してしまったツケだった。


「……弾ければいいんです。僕。弾いてるの面白いから」


 それしか言葉が思いつかなかった。先生はコーヒーを飲みながら一つ頷いて「今はそれでいいよ。若いんだから」と言った。若いというより、幼いという方が合っているような気がする。


「鷹野と上手いことやってやってよ」


 君らいい友達になれるんじゃないかな、と笑って、先生は時計を一瞥した。いきなり話が飛んで終わった、と目を瞬かせる。


「おーい、始めるぞー」


 ドアの向こうから「はーい」という返事がして、鷹野が戻ってくる。練習再開はしたものの別の所に気がいってしまっていて、それを引き戻すまで珍しく時間がかかってしまった。引きずられやすいなあと自嘲しつつ、普段考えない事を意識して疲れた体を自覚していた。



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