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ぐだぐだ

最終話前の年末のヒトコマ。

鷹野と矢橋・川崎の三人です。タイトル通りのぐだぐだっぷり(´ω`)


 年末。

 お互いお疲れ、とまずは乾杯して労い合った。グラスは三つ。四人掛けのテーブルの向かいには矢橋と川崎がいる。発表会の練習帰りの飲みの席にどうして例の眼鏡男子までいるのかと言うと、矢橋が「あんたから見てどうなんかをやな……!」と電話で泣きつかれたからだ。つまり将来を考える相手として旧友からの見解が聞きたいと。そういう事らしい。

 既に佐々木(旧姓呼びはデフォルトだ。)には「絶対いいよりょーちゃん!」と太鼓判を押されたそうだが、男性からの意見も聞いておきたいのだろう。自分の事となるとやたらと慎重で引け腰なのは相変わらずだ。


 川崎も自分と矢橋の関係は知っているし、打ち合わせに何回か彼の勤務しているカフェを使った事があるのでお互い顔は知っている。「お邪魔して申し訳ない」と最初に謝られてしまった。(この三人の中ではどう考えても邪魔なのは俺の方だろう、とは思っても言わなかった。)


「そんで、どーなってんの。お二人」


 ぶほっ、と向かいですごい音がした。


「おい…」

「だ、大丈夫…?」

「――っ、ああびっくりした。…どうもこうも…まあ、まあ、……?」

「…いーんすか。あなたこんな女で」


 半目で呻きつつ川崎に訊くと、彼は眼鏡の奥の目を細めながら「ははは、」と可笑しそうに、しかし控え目な笑い声を上げる。


「なかなか勝たせてもらえないのも愉しんでるから」

「ちょっ、由貴さん何かそれ、あたしが痛いっ!」

「はあ……」呆れ顔。「焦しプレイ? 何してんのオマエ。わかってんならさっさと降参して大人しく食われとけっつの」

「恵亮黙れえぇぇっ」


 だんっ、とテーブルが揺れる。矢橋は耳まで赤い。


「あははは、明け透け無いなあ鷹野君」

「いやあ、俺は川崎さんのが不憫っつーか……ねえ? どうなんすか実際」

「不憫ってそんな」にこり。「うーん……お楽しみは待った方がっていうのもあるのかな…? 好きな物は最後までとっとく派だから」

「おおー?」にやり。「どうするオマエ。この人食う気満々だけど保つのか?」

「あっ、あんたら面白がっとるやろ!?」

「フツーに惚気なんか聞いてて楽しいわけねーだろ」


 ふん、と鼻を鳴らしてからまたグラスを煽る。


「けーすけ…あんたホンマ、時と場所と態度をやな…!」

「何。俺にどうしててほしいわけ?」

「………いい。もういい。あんたに泣きついたあたしがアホやった」

「泣きつく相手間違ってるって気付いたか? 遅 ぇ よ」

「こいつ友達甲斐なさすぎるっ」


 どうとでも言え、とフライドポテトをぱくり。

 ここ数ヶ月の間に色々とあった。自分は師匠の伝手でメディアに押し出され、何でだか音楽雑誌やラジオに呼ばれたり30分枠の教養番組に指導役で出る羽目になったりで以前の比にならない忙しさの中にいる。反響はまあまあ。(30になってもこの顔と中身にはまだまだ需要があるらしい。)勿論ギターの腕が第一には変わりなくギターが恋人状態。特定の相手を持つ事はなく、遊びもそろそろ落ち着いてきたかなという具合だ。(枯れたわけじゃない。断じて。)

 何というか、周囲の幸せオーラにあてられて「はいはいお幸せに」と祝い若干疲れている節がある。


「凌さん、ペース早くないかな」

「えっ? ほーですか?」

「お酒おいしいのはわかるけどご飯も食べようね。はい」

「はい…すみません……」


 現在、目の前で「あんたら早く結婚でも何でもしとけよ。つーか式場が来い」という光景が繰り広げられるのは微妙な気分だ。


「…何でこれで完璧落ちてないかな」

「は? え、えぇやんそんなん! 今日は今年も仕事お疲れさんってゆー飲みやろっ」

「真正面でいちゃいちゃされて絶賛お疲れモードなんだけど。俺。…もーこの際はっきりしとけば。年末だし」

「意味分からんわ!」

「はは、年が変わるまでに片付けとけっていう? 僕としてはありがたいけどな、それ」

「由貴さあぁん?!」


 味方してくれないのかひどい。何それそんな事思ってたのやっぱり?!――と、彼女の顔に書いてある。川崎は年上らしい落ち着きと包容力があるので、感情の起伏が激しくてわかりやすい矢橋にはちょうどいいかなと傍目から見ていて思うのだ。少しぼうっとした感じの相手の方が毒気も抜かれる。口が悪くて喧嘩っ早い性格込みで好かれているなら尚更いい物件だろうに。この女、まだはっきり返事せずにいるという。(電話口で佐々木が「あれを捕まえないとか信じらんない!」と呆れかえっていたのを矢橋は知らない。)


「いや……こんなとこでそんな…」

「俺が退散してから二人でじっ…くり語り合いたいって事ならそうしたら。俺は事後報告でも全然?」

「いやいや語り合いたいわけやなくてっ…」

「…そっか。宮田君に席頼んどいたんだけどな。この後」


 川崎は眉尻を下げて、残念、と肩を落としながらはにかむ。わざとらしい感じがするが、この人がこうすると本当に気落ちした雰囲気になるから不思議だ。


「あーあ、かわいそー」

「えぇ、そんな、あたしの所為? ちょ、だからそんな目ぇせんとって由貴さん! 本気で困る!」

「ほらほらさっさと吐く。酒呑ませねーぞ」


 ひょい、と矢橋のグラスを取り上げて促す。ああ、とか、うぅ、とかもたつく様は何とも――


「……おい、無駄にかわいい振りは二人の時にしてくんねぇ」


 うざい、とバッサリ。


「……その、ま、まだ、迷っ……」

「あ?」

「スミマセンまだ迷ってます!! あかんですか、もだもだしとったら!?」


 言う時はがっつり本音をぶちかましてくる女は質が悪い。さっとグラスを奪い返して矢橋は残っていた酒をぐぐっと呑む。いい呑みっぷりは結構だが隣を見ろとツッコみたい。彼氏候補はぽかん、だ。

 川崎は【あぁやっぱりな】という目になって、くすりと笑い「ゆっくり迷って。大丈夫だから」と言うが……それではいつまで経ってもこのままだろう。いくら気が長くてもそれはあんまりだと思う。


「相変わらずっつうか、どこにうだうだする理由があるんだかさっぱわかんねー」

「だっ、……こう――何か、まだ、いてる時間そんな長くないやん? やのに甘ったれてえぇんやろかとかやな……ああぁ本人目の前にホンマごめんなさい……色々考えてもーて踏ん切りつかんねんて…!」


 まだ一杯目なのに矢橋は早くもアルコールに酔わされ始めているらしく本音がだだ漏れだ。ふうんと相づちを打って、こくりとジントニックを一口。


「そんなら俺にしとけば?」

「は?」

「オマエの話だとそうなるぞ」


 付き合いの長さならダントツだろ、とさらり。


「お互い知らない仲でもねーしな」

「聞き捨てならない感じがするのは気のせいかな…?」

「ん? 気のせいにしときたいっすか?」

「……困ったな。そこ行かれると分が悪過ぎるね」


 川崎はこちらがにやっと笑ってみせた意図を汲んだようだ。対する矢橋の鈍い事。いきなり何を言い出したのかと口をあんぐり開けてこちらを見返している。


「伊達にしばかれまくってないっすよーそんくらい今更って感じですし」

「そうか、…そういう事もないね?」

「しませんよ! 由貴さんにそんなんできん! つか恵亮はアホばっかりでツッコまずにはいられんっちゅーか――…やからです。他意はあらへん!」

「ううん、差を感じるなあ……いいのに。別に」

「え。川崎さんそういう趣味なんっすか?」

「はは、まさか。仲が良いからこそそういう間合いになるんだろうなって」

「羨ましいとか思ってるなら最初だけだって忠告しときます。とにかく手間かかるから大変っすよ、こいつと付き合うの。引くなら今じゃないっすか」

「悪い顔するね、鷹野君」

「そっすか?」


 それはお互い様だろうとにやにや。

 さて、と正面と隣から視線を注がれ矢橋は「ひっ、」と小さく悲鳴を上げた。男二人はからかいモードなのに気付かないのが不思議でならない。


「……冗談やんな?」

「どうしとくよ?」

「質問に質問で返すなっつーにあんたは!」

「はっきりしないオマエに質問する権利は無い」

「滅茶苦茶やあぁぁっ」

「酒の勢い借りてる間に言いたい事言いまくって片思いの相手に抱きつきまくってた奴とは思えねーな、おい……」

「昔の話やっ! つか言わんでええやろそこは…」

「あぁそういや年上趣味だっけか。…五分五分っすかね」

「かな。ちょっと安心したよ。年は動かしようがないからね」

「ごもっとも」

「ああぁっ、由貴さん悪い顔してるやん! あんたら揃いも揃って意地の悪いっ」


 ここで気付くのか。(自分の目には先ほどと変わりなくさわやかに笑みを浮かべているようにしか見えないのだが…?)しかし相手の僅かな空気の変化にぴんときたのなら矢橋の答えは出ているも同然な気がする。


「何だよ。オマエ、この人ちゃんと見てるんじゃねーか」

「は?」


 どうしてそうなった、と矢橋のぽかん顔再び。


「……自覚ないんですって」

「ごめん。僕も何でそうなったかちょっと…」

「えー俺が説明するとこですか? ここ」

「凌さんと知らない仲じゃないっていう君の見解、聞きたいな」

「一応言っときますけど、こいつとやったわけじゃないっすからね?」

「ははははっ。そうじゃなかったら大変だ」


 誰が、どう大変かは聞くまい。そして寒気だか殺気だか知らないが一瞬背筋がぞっとしたのは気のせいだと思いたい。



 矢橋は好きでもない相手とは飯も食わない。相手の表情の変化を気にしたり自分の本音を晒すなどあるわけがないのだ。(酒が入っていても。)無理なら無理だと言うし、迷って自分や佐々木にも相談などする事もなく終わらせる。そういう所は白黒はっきりさせるタイプだ。そしていくら年上でも気にくわなければ蹴りの一つも食らわせている。しかしこれを自分の口からだらだら喋るのは違うと思うので、片頬だけで笑ってみせるに留めた。


「俺からしたら、こいつの見たまんまが答えだと思うけどなあ……」

「……?」

「ちょっと。川崎さんはわかるけどオマエまでわかんねえよって顔すんな」

「だっ…」


 無自覚ほど罪深い事はない。まったく手間のかかる友人だ。


「はー……背中押してやるわけじゃねえけど、同じ男としてはこの人結構好きだな。いい性格してるし」

「答えになっとならんがな!」

「人に丸投げしてなあなあにしようとすんな。うじうじしてっと飽きられるぞ。男もな、何となく良い感じかなとか分かってても女にちゃんと言われた方が断然いいわけ。わかる?」


 箸を矢橋に向けながら忠言して、後はお二人でどうぞ、と炒飯をぱくつく。何とも言い難い空気になろうが知ったこっちゃない。自分はあくまで第三者で、本人等でゆっくり話せばいいのだ。二人がどんな決断を下そうが自分はあくまで矢橋の友人の域を出るつもりはない。しかし扱いは数ある友人の中で格別だ。そんな事はいちいち言わないけれど。




「ちゃんと見ててやるから、オマエはへらへら笑って幸せボケとけ。そんでこの人が嫌になったら俺んトコ来りゃあいいよ。愚痴ぐらいなら聞いてやっから。な?」


 そんな言葉をかけて、矢橋が泣き笑いしながらうんうんと何度も頷くのを見るのはここからしばらく先の事になる。白いドレス姿を見、ああこいつも人のものになったのかという親のような感慨と、易々とは会えないかもなという長年の友人としての寂しさが少し。


*




ダチってこういうもんだろ?



矢橋と川崎はまだ微妙なとこだったようです。こんな時まで背中押されんといかんって凌ちゃん……!甘ったれるのもダチやからこそですとゆーだけの話。

決める時は決める男、鷹野←

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