一石二兆
都市はいつも干上がっていた。
ディスプレイに表示される数字が街中に溢れて、カラカラと音を立てる。
通り過ぎる人間の顔には全て靄がかかっていて、彼は広くて狭い都市をいつも彷徨った。
誰かと話したい欲求に駆られても、それは許されない。
欲求を自由に出すことは、最早一般人の手にはなく、金を持った人間だけが赦されているのだ。
よって、多くの人間は、無機質な都市でロボットのように生きることを学んだ。
そして、それに堪え切れなくなった人間から、だんだんとどこかへと消えて行くのだ。
その先の分からない闇から逃れるため、今日も彼は必死に都市で生きていた。
だが、少しずつ、少しずつ、彼は自分の限界を感じ始めていた。
一日中、ディスプレイを眺める生活、あれがしたい、あれがほしい、心に浮かぶ全ての欲求を叶えることが出来ない辛さ。
―――金さえあれば・・・・―――
彼は幼少期から、家の貧しさを憎んでいた。
自分に構ってくれず、ただただ無機質に働き続ける両親を子供ながらに恨めしいと思った。
湯水のごとく金を使う家が、親子で楽しげに遊んでいたり、子供が成長して、老夫婦を連れて旅行等にいく隣で、
彼の両親は生身の体を持ったロボットとなり、親子の思い出もないまま、ある日どこかに消えてしまったのだ。
しかし、彼が両親と同じ道以外を進む方法は、どれだけ考えても思いつかなかった。
都市で機械の如く働いている人間が貨幣を手にすることは無い。
ただ、整理された都市の中をプログラミングされた機械の指示に従って動くだけ。
人として認められることはなく、ロボットの代用品、いや、ロボット以下だった。
そして、誰がこの状況を作りだしたのか、誰も知らなかった。
知らぬ間に、彼らは地位を失っていたのだ。
―――どうしたらこの場所から出られるだろうか…――――
ふと、彼の頭に「出る」という単語が浮かんだ。
今まで考えもしなかったことだった。
都市はどこまでも続き、ただただ白い箱のような建物が並んでいると思い続けてきた。
でも、もし、それに終わりがあるのなら、
昔話のように山越えをしたりなんかして、他の世界に行けるんじゃないか…?
彼は都市の道を一つの方向に歩き始めた。
通り過ぎる顔の分からない人間が、自分の思いついたことに気付かず、ふらふらと進む様を見て、
彼は少しほくそ笑んだ。
しかし、道はどこまでも続いた。
目の前に延々と続く白い世界、戻るにも戻れない距離に彼は絶望し、そこでへたりこんだ。
横になると、地面の冷たさが心地よい。
遠くに、運搬専門のロボットがこちらに向かってくるのが見えた。
―――あぁ、連れ戻されるのか…―――
そう思った時に、手に何か固いものが当たった感触があった。
そっと手に取ってみると、
黒い石で、所々にエメラルドのような色の鉱石が埋まっている。
無機質の都市で思いがけないものを拾った彼は、
こちらに向かってくるロボットを横目で見つつ、着古したスーツのポケットに押し込んだ。
その直後、ロボットの大きな黒い穴の目が迫って来たのを見て、そこで彼の記憶は途切れた。
彼が目覚めた時、そこは彼の部屋だった。
畳三畳程度の狭い部屋。
彼は寝転んだまま、全てが夢であったのではないかと思った。
しかし、起き上った時彼は絶句した。
彼の足もとに大量の札束が転がっていたのだ。
一生手に入れることが無いと思っていた貨幣。
彼は歓喜した。
そして、札束の下に先日の石が置いてあることに気付いた。
埋まったエメラルド色の鉱石がまるで涙目のようにゆらゆら輝いていた。
彼はしばらく考えた後、部屋の麻袋に札束を詰め、石をポケットにまた収めた。
札束はきっかり二兆円ある。
心躍らせて外に出ると、いつも通りの都市があったが、彼は朧げな記憶を頼りに、
金を持つ人々が住む地域に足を向けた。
都市とを隔てる厳重な門の前にはロボットがいたが、札束を一つ渡すと容易く門を開いた。
中に入ると、家の売り出しの看板が目に入る。
その中で、小さな赤い屋根の家を彼は買った。
初めての広い空間はとても新鮮だった。
そして、何かを買う、という快感を知った彼は、今までしたかったことを次々と挑戦してみることにした。
都市とは違い、そこには何もかもがあった。
青い空に白い雲も、またギャンブルなどもあった。
彼は街にあるもの全てを見ていった。
都市での無機質さはどこにもなく、
隣人との挨拶が普通であることに驚いた。
彼は、完璧に街の生活に魅せられていた。
だが、彼は未だ気付いていなかったのだ。
彼の持ち金が徐々に少なくなっていっていることに。
ある日、彼は、思いつく限りで行ったことの無い場所に行って見ることにした。
古い木造建築の大きな屋敷の玄関口には
丸まった字で
『○、扱っています。』
とだけ書いてあった。
何を扱っているのか、文字が薄れて分からなかったが、
なんでも、変わり者がよく通っている店で、行ったからには何かを買わなくてはいけない、というルール付きならしい。
店の中は、ひんやりと冷たく、暗かった。
店員が、どうぞ、と勧めた道を通って行くと、彼の目の前に大きな柵が現れた。
中をみると、
そこには都市にいた人間たちのように虚ろな雰囲気を纏った人間が入れられていた。
店員は、どれを買うか?と尋ね続けてくる。
彼が、檻の中を見渡すと、檻の端に、見覚えのある顔があった。
そこには、あの両親が寄り添って蹲っていたのだ。
彼は知った、都市で堪え切れなくなった人間は、今度はこの世界で機械となるのだと。
彼が黙っていると、店員が、この二人はもう年だから使える代物ではない、と言ってきたが、彼は無意識のうちに、買う、と答えていた。
すると、代金は、所持金丁度ですよ、お客さん、いいんですか?
と店員がニヤリと笑いながら彼に問いかけた。
彼には、よく意味が分からず、まぁ、いいさ、と言い、金を渡した。
―――――毎度あり。―――――
店員の声がやけに遠くで聞こえたと思うと、視界が闇に堕ちた。
直後に、強い衝撃が彼を襲った。
どうにか立ちあがると、そこは店ではなくただの闇だった。
上からかすかに下りてくる光を辿ると、天井あたりにまばらにエメラルド色の窓の様なものがはまっている。
周りで、人が動いている気配もする。
ふと、彼の脳裏に金を手に入れる原因となった石のことが思い出された。
入れていたはずのポケットから石は無くなっていた。
彼は、何も知らなかった頃の辛さと、一度蜜を吸ってしまった後の辛さが桁違いであることに気付き後悔したが、既に全ては終わってしまったあとである。
石は今日も無機質な都市のはずれにぽつりと落ちている。
まるで、一時の幸せを思って泣く人々の涙のような輝きをエメラルド色に湛えながら。
もし、石に耳を欹てようと思ったなら、きっと石を拾うな、という声が聞こえるだろう。
いつかの時代のどこかの話。
彼は知らなかった方が幸せだったのかもしれない。
「一石二兆」
リクエスト作品です。
あげるのがかなり遅くなってしまい申し訳ないです…。
駄文失礼しました!!!




