不幸の蜜は、いずれ毒となる。
「フレシア侯爵令嬢って、天使みたいよねー」
なんて会話は、お茶会・夜会に行けば、嫌でも耳に入る。
男女問わず、彼女を称賛する声がある一方で――
「また、嫌われ者に声掛けて、優しい自分に酔ってるね」
心無い声のようなものも聞こえる。
彼女は幸せそうな者には、近づいてこない。決して。
一部の令嬢たちはそれを知っている。
◆ ◇ ◆ ◇
「フレシア令嬢が、次なるターゲット定めたっぽいですわ」
いつものお茶会仲間と、情報を共有する。
主催は情報通な令嬢、シャルロッテ様。
参加してるのは、私ともうひとりの子爵令嬢カーナ様。
平たく言うと、友人同士の気楽なティータイムである。
「浮気したくせに、婚約者を陥れて婚約破棄しようとし、相当な慰謝料を奪い取る計画が外れて、逆に婚約破棄・莫大な慰謝料を払うことになった、ウィンチ家の令息ですって」
「あー、あいつ……ゴホン、あの方なんですね」
教えてくれたシャルロッテ様。
雑な言葉がポロッと、つい出てしまう私。咳払いをして取り繕うが、あまり意味はない。
ウィンチ令息は、どこかの夜会で婚約破棄宣言をし、逆に婚約破棄されたことで有名な輩だ。
その後、いかに自分が可哀想かを、夜会や男性が集まるクラブなどでペラペラ喋っているらしい。
元婚約者は元婚約者で、きちんと証拠を揃えた上でしっかりやり返し、その後お茶会や夜会などで、真実をお伝えしている模様。
女性の方が噂話を拡げるのは早いので、ウィンチはただの浮気者・詐欺師と女性たちの間では認識ができていた。
シャルロッテ様はどこから情報を仕入れるのか不明であるが、情報通な令嬢だ。
侯爵家ながら、子爵家の私やカーナ様を見下すことなく、友人として接してくださる。
「でも、不思議だよね……。ただただ、事故で不幸な目に遭った人、次のターゲットさんみたく自己破滅した人、ジャンル問わず近づくんだもん」
カーナ様が言う。
フレシア侯爵令嬢のターゲットは、不運な人・自業自得な人・誰かに陥れられた人などなど……ジャンルがバラバラ。
頷くシャルロッテ様。
「フレシア侯爵令嬢はね、不幸な状態の人を慰めている自分が大好きなのよ」
自分が傷ついた時に、誰かからの声をもらえるのはとても励みになる。それが友からの優しさなら尚嬉しいものだし、そうでなくとも優しさが沁みるものだ。
ただ、それは純粋な厚意の場合の話である。
「え、それって、その慰められた人が立ち直って、幸せになったらどうなるんです?」
慰められたその次が気になったカーナ様。私も頷いてシャルロッテ様の言葉を待つ。
「そーっと離れつつ、また不幸な目に遭わないか観察に戻るそうよ」
「「うーわー」」
ドン引きしつつも所詮は噂話。と、思いたいものだ。
けれど、みんなそっと頭の片隅に入れていた。もちろん私も。
◆ ◇ ◆ ◇
街中で、ウィンチ家の令息とフレシア侯爵令嬢が、何度かお茶している姿を見るものは多く……。
決してやましい事はないため、テラスでお話をしたりと人目につくところで堂々しており、日に日に明るくなっていくウィンチ令息も目にしていたため、フレシア令嬢の優しさの面だけが良い評判が広がる。
あんな人にさえ、優しく手を差し伸べられるなんて、心の綺麗な人。そんな評価である。
はたまた別のところでは、また不幸者を慰めて自分に酔っている、の言葉が飛び交う。
◆ ◇ ◆ ◇
時は少し流れ、情報通なシャルロッテ様がお茶会を開催するとの事、招待状を頂いたので私も参加する。
いつものメンバーでの、気楽なお茶会でもある。
「そろそろフレシア侯爵令嬢の次のターゲットに、わたくしがなりそうだわ……」
シャルロッテ様が、大きくため息を吐き出した。
「姉が夫と死別して、そろそろ葬儀が終わるから、ここに戻ってくるわ」
貴族家の結婚で、当主が亡くなった場合で、他の男性――兄、弟、従兄弟など――跡継ぎがいる場合、寡婦となった女性は、結婚前の家に戻すのが慣例であるこの国。
妻側の実家の面々は葬式には出させてもらえず、弔慰金だけ出す状態なのが、この国の常識である。
そのためシャルロッテ様のお家からは、誰も葬儀には行くことなく、お姉様の帰りを待つだけのようだ。
「ま、まさかぁ……。身内の不幸につけ込むなんて、有り得ないですよ!!」
流石に、人の不幸は蜜の味を突っ走る噂なフレシア侯爵令嬢といえど、それは無いと思いたい。
咄嗟に、そうならないで欲しい気持ちが口から出る。
「すでに、慰めの手紙が来てるのよ……2日前にね……」
「「げっ」」
令嬢の取り繕いなんて、ポンっと吹っ飛ばした私とカーナ様。ごめん、あんまり繕ってないや。
「そもそも、お姉さんの旦那さんがお亡くなりになんて、うちらも知らなかったのに……」
「だ、だよね……」
カーナ様の言葉に、肯定を返す私。
フレシア侯爵令嬢がなんで知っているんだ、という恐怖が芽生える。
ちなみに、妻側が葬儀への参加を認められていないこの国、姉の旦那の不幸を悔やむ風習もない。
「もらった手紙に書いてあったんだけど……。あの人……不幸センサーの『ギフト』を持っているのよ……。もうすぐ不幸になりそうな人を、感知する能力があるわ」
「「うっわ!!」」
シャルロッテ様が嫌そうな顔をして教えてくれるが、さらに嫌そうな顔をしているであろう私とカーナ様。
ギフトというのは、精霊様が気まぐれに与える能力で、異能のようなものだ。
それが、役に立つ能力かどうかは、使う人次第。
ギフトがあっても、与えられたそれを知る術はないため、気づかずに一生を終える人も世の中には多い。
もしかしたら、人によっては、ギフトが与えられてないのかもしれない。
そのくらい曖昧な能力である。
「不幸になりそうな人を助けるんじゃなく、なりそうな人に目をつけてるって事?! うっわーーー」
ドン引きの言葉が、つい口から出てしまう私。
「あり得ない、あり得ない! なんかこう、ざわってする!!」
カーナ様も自分の体を抱えて、気持ち悪さを表現している。
「ちなみに、自分のギフト判明している人いる?」
気持ち悪い話題をそっと変えてみたくて、訊いてみた。けれど、こういうのは自分が言わないと、言いづらいよね。なので、私が先にギフトを暴露しよう。
「私は、直感で自分に合う靴を見つけられるギフトがあるっぽい」
すごーく地味な能力。
でも、靴選びをして直感で大丈夫そうと思った靴は、靴ズレを絶対に起こすことはない。直感に従わずデザインに惚れて買って、直感が警鐘を鳴らす時だけ、靴ズレするのだ。
「す、すごく、羨ましい……」
カーナ様がポツリと言葉をこぼす。
お金持ちなら、オーダーメイドをバンバン作れそうだが、残念ながら我が家はド平均な財政状況。可もなく不可もなく。なので、持ち物は既製品がほとんど。
人の手が入るのは、既製品の服を手直ししてもらうくらいで、オーダーメイドなんて夢のまた夢である。
「靴って、作り手で形が全然違うんですよね。気に入ったデザインのって、なかなか足に合わなくて、すぐ靴がダメになったり、足がダメになったり……」
シャルロッテ様も既製品を購入される方のようで、羨ましそうな目を向けられた。
「あ、ワタシは、その食べ物がお腹を壊すか壊さないかを、見極められるギフト」
カーナ様もギフトを教えてくださった。
「「うらやま」」
私の口からつい溢れる、取り繕わない本音。
シャルロッテ様からも、同じ言葉が漏れていた。
私もシャルロッテ様も少々お腹が弱い。
寒い日なんて、すぐお腹から不調が出てくる体質だ。きちんと調理されている食べ物ですら、お腹が負けやすい時がある。
カーナ様から、そういった不調を聞いたことがあまりなかったのは、そのギフトがあったからなのだろう。
「ギフトは、自身に向くものとか、他者に向くものとかそれすらもわからないのよね。わたくしも何かあってほしいわ」
シャルロッテ様は、ご自身のギフトはこれだってものが、まだわかっていらっしゃらないようだ。
「普段、メイドたちに任せていることがギフトだと、気づかないとかありますよね」
カーナ様の言葉に私も頷く。
お茶を美味しく淹れられる――とかだと、メイドを雇っている家では気付きにくい。
そんな会話で盛り上がっていたら、シャルロッテ様に来客があるとメイドが伝えてくる。
来客は予定にないものだと首を傾げていた。
そもそも今日の予定はお茶会。ダブルブッキングなんてするわけがないと、眉を下げるシャルロッテ様。
「フレシア家の令嬢が、お嬢様のことがご心配で……一目だけでもお会いしたいと……」
侯爵令嬢を無下に追い払うことはできず、メイドはとても困った顔をしていた。
シャルロッテ様は溜め息を落としながら、門扉のところまでいくことを告げた。
「こっそり覗いていい?」
カーナ様が訊ねると、頷いてもらえた。覗くなど貴族令嬢らしからぬ行為であるが、気になるものは気になるのだ。
その好奇心を汲んでくださり、私とカーナ様はこっそり門のそばで隠れながら、様子をうかがう。
◆ ◇ ◆ ◇
「シャルロッテ様、あぁ、お会いできてよかった……! お手紙を送ってもお返事がなくて……!」
家の敷地には入れず、門扉のところで対応するシャルロッテ様。
アポ無しなら当然の扱いであるので、そこを無礼だと言うことはない模様。そもそもアポ無しの方が無礼だしね。
フレシア侯爵令嬢が、大袈裟なくらい悲しそうな顔で、目尻に涙っぽいのを浮かべてる風の顔で、シャルロッテ様の手を取り、喜びの声を上げる。
「ごめんなさいね。姉が戻ってくることになって、バタバタしていたのよ……。ほらうち、侯爵夫人はいないから、家のこと仕切るのは、わたくしの役目なもので……」
シャルロッテ様のお母様は、彼女が幼いときに儚くなり、その後は姉妹で家を支えてきた。
お姉さんが嫁いでからは、シャルロッテ様が家の事を取り仕切り、ゆくゆくは侯爵となるべく、研鑽の日々。
お茶会はたまの息抜きだ。
「(ちょっと考えれば、シャルロッテ様が忙しいのわかるのにね……)」
「(ね、お姉さんの事はうちら知らなかったけど、アイツはシャルロッテ様のお家事情を、知ってたわけじゃん?)」
私の呟きに同意してくれるカーナ様。
私とカーナ様は初めて聞いたながらも、お茶会で時間奪ってないか、帰った後めっちゃ忙しくなったりしないか心配で、ちょっと申し訳ない気持ちになっている。
シャルロッテ様が忙しいのはもちろんのことだが、お姉さんが戻ってくるという、非日常イベントが組み込まれれば、その忙しさに拍車がかかるのは、わからなくもない。
「よかった……お会いくださりありがとうございます……! シャルロッテ様に嫌われてしまったのかと思って、謝らねばと気が急いておりましたわ……!」
会ってもらえた安心感が、よほどすごいのか……と、カーナ様と私はドン引きだ。
「(カーナ……手紙って、2日前に来てたって話だよね……)」
「(うん。その返信がなくて……って、フツーに考えて、数日は寝かせるモンだよね……)」
コソコソ会話をする私たち。
よっぽど文通をしあっているような間柄でない限り、手紙をもらったら、その季節や返信相手に合った雰囲気の便箋を用意して、という事から始めるのが、よくあるお手紙のやり取り。
今はまだ便箋の取り寄せをしていても、なんらおかしくない期間である。
「(まさか、フレシア令嬢用の便箋は、用意していて当然……とか、アイツ思ってたりして?)」
「(恋人かよ……! 実は毎日侍従を使って、即返信な手紙のやり取りでもする間柄とか……?)」
「「(ねぇな!)」」
同じ子爵家の者同士、2人の時は言葉がとても崩れる私たち。
声を出さないよう、クツクツ笑う。
「お姉様のことは、この度すごく大変だったでしょう……それなのにワタクシったら、気が回らず、申し訳ありませんわ……!」
「(なら、さっさと帰れよ……)」
「(それな……)」
カーナ様のツッコミに完全同意だ。
さっきからシャルロッテ様が、忙しくてと遠回しにアピールしてるが、帰る気配無し!
シャルロッテ様に会いたかったアピールがすごいわりに、同じようなことを回りくどく伝えて、話は進展無しのままだ。
「本当にごめんなさいね、落ち着いたらまたお手紙送らせて頂きますね。そろそろ戻らないと行けないので、今日はこれにて……」
「あっ、そうですわね、ご予定の最中でしたのね。申し訳ありません……本当にワタクシったら気が動転して……」
何とか帰らせて、門扉は閉ざされた。
「お姉さんに関する話を聞きたそうだったね、あれ。めっちゃ粘ってた……」
「ホント。むしろアポ取らず押しかける方が、嫌われるって、思わんのかね……」
呆れの声をあげる私とカーナ様。
閉められた門から離れて、ガクンと肩を落とすシャルロッテ様に私たちは駆け寄った。
「お疲れ様でした。だ、大丈夫……です?」
「む、無理……。なんで遠回しの帰れや、返信をすぐもらえると思うな、ってのが通じないのかしら……」
大丈夫そうに見えないけど、労いの言葉を送る私。
「多分、シャルロッテ様から、お姉さんが可哀想な話を聞きたかったんだろうね……」
眉を下げて力無く言うカーナ様。ただの大迷惑女でしかないな、アイツ……。
「そもそも、お姉様まだ帰ってきてないから、こっちだって、知らないってのにね!」
苦い表情で、フレシア侯爵令嬢を思い出すシャルロッテ様……。
お茶会会場のガゼボに戻ると、エッグタルトを頬張るシャルロッテ様。疲れた時は、甘い物が染みるよね……。
「――もう、すごくめんどくさい。結構前から、不幸の種拾っては投げつけてくるアイツ、すごくめんどくさい」
シャルロッテ様の言葉は崩れ、令嬢らしからぬ状態になっています……。由々しき事態!
ごめん、言葉崩れまくりな私は、人のこと言えないな。
「前から――って、変な事起きてましたっけ?」
カーナ様が小首を傾げ、疑問を口にする。
私たちが知らない間に、いろいろ迷惑吹っかけられていたのかも。
「去年くらいから、ずーっと自分の『慈善活動』の自慢の手紙よこしてくるし、返信があの人の中で遅いと感じたら、追撃の手紙くるし……。わたくしだってずっと家にいるわけでもないし、時には体調だって崩すのに。この街で少し前に病が流行った時は、漏れなく罹ったし。その時も手紙の追撃がきましたわ。臥せってるっての! 何はともあれ、追撃の手紙多すぎるのよ……」
わぁ、吹っかけられていた! すごい不満が出てきた。よく今まで愚痴らずにいたなぁ。シャルロッテ様我慢強い……。
「あの人、ふわっと儚い雰囲気だから、強く言いづらそうですよね……」
カーナ様の言葉に同意。
なんか、もともとの顔立ちなのか、メイクかはわからないけれど、下がり眉でやや垂れ目。
サラッとした桃色の細いストレートヘアで、体の線も細い。男性目線だと庇護欲をそそるという雰囲気がピッタリな方で……うちらから見ると、ちょっと病みキャラだ。
なんか強く言おうものなら、激しくショックを振り撒いて、鬱とかになりそうな雰囲気なのもあり、下手なことを言いづらいように思える。
シャルロッテ様もそれを感じているのか、遠回し遠回しにしか拒絶の思いを出せずにいる。
「……あの人が近づかないのって、不幸を微塵も感じさせない、幸せ全開の人って事なのかなぁ……」
私の口からポツリとこぼれる言葉に、そうだよねと納得するシャルロッテ様とカーナ様。
「とりあえず、笑顔でいること、楽しい、嬉しい、幸せを口に出していきましょ。そうすれば、そうなっていくって言いますもの!」
ぽんと手を叩いて提案するシャルロッテ様。
「そうですね! 楽しいお茶会に参加できて幸せ!」
美味しいお菓子をひとつパクッと。本当に美味しすぎて笑顔が溢れる私。
「素敵なお茶会で、ふたりの笑顔見れて嬉しい!」
カーナ様も柔らかく素敵な笑みを浮かべる。
また、たまにこうして集まろうと約束をした。
◆ ◇ ◆ ◇
その後、私とカーナ様はまだ婚約者がいないこともあり、年齢的に婚活に専念。運良く素敵な相手と出会い意気投合。
順調に仲を深めていて、ゆくゆくは結婚できそうに思える。
すでに婿を取ることが決まっていらっしゃったシャルロッテ様は、婚約者と仲睦まじく過ごす様子が、街に出れば見ることが多くて、お似合いカップルという令嬢たちの目の保養になっている。
シャルロッテ様の姉も寡婦になられたとはいえ、綺麗な方でモテるし、この街にいる友人たちとも再会し、楽しく日々を過ごされているそうだ。
意図的ではないにしろ、各々楽しく幸せに過ごしていると、やはりフレシア侯爵令嬢のセンサーには掛からないのか、次第にお手紙も減っていったそうだ。
そして、人の不幸を食い物にする様が濃くなったフレシア侯爵令嬢は、彼女が近づいてくると不幸になるという噂が強く出回り、今は孤立しているらしい。
いままで、令嬢が慰めていた人たちも、そんな理由で近づかれていたのか、と軽蔑の眼差しを送る。
慰めてもらい元気になった事実はあれど、そこにこもっている心の向き次第で、受け取り方はかなり変わるようで、ちょっとどうなのかなぁとも思ったりしつつ、気持ちはわからなくもない。
人の不幸は蜜の味でも、自分の不幸は蜜の味にはならないようだ。




