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願いと一日

 

                        *


 ――陽も高く上った、午後二時きっかり。涼しげな風の吹く夕方へはまだ遠い時間だが、この時間は一番好きなのだ。

 いつか来た時のように、楽しい時間を。そう思って、ここまで来た。そうでなければここまで売る理由がない。

 バスケットを肩にかけ、文は手招きして二人を呼んだ。

「おーい、早く来いよ!待ってるから!」

「なら、てめェも少しは手伝ったらどうなんだ」

「はぇー?聞こえなーい」

 あァ、いい天気――他には何も要りません、神様ありがとう。

 なだらかな斜面の丘を一人で先に登ってくるくると回って見せ、文は吹きわたる風と共にふもとを見下ろした。

 人々は今日も変わらない日々を送り、ただ楽しく過ごしているのはごく一部だけ――そうなのかもしれない。苦しいことをしているのもいるだろうし、辛くて辛くて涙を流しているのもいるだろう。心が張り裂けそうになって、我慢できずに全てを吐きだしてしまうのもいるだろう――

 赤やオレンジと言ったカラフルな屋根屋根を眺め、文はバスケットを開けた。

 中は空っぽ――これから入れるために、中には何も入れていない。

「はぁっ……文、早すぎ……」

「ヴァニッシュは傘持ってないからいい方じゃない?俺と血を分けたんだし」

「そうだけど……何か、陽の下にいると結構しんどいかな……」

「一応【吸血鬼】だしね。月光――三日月を受けて変身することはなくなったと思うよ。その代わりと言っては何だけど、副作用かな」

「あぁ、そう……」

 重い荷物を持ってきたせいもあり、ヴァニッシュはへとへとに疲れていた。玉のような汗が顎や頬のラインを描いて垂れた。

 遅れてノアも着き、文はにぱっと笑った。

「大丈夫かよ、二人とも」

「心配するなら荷物を持て」

「そうそう……重いんだから」

「そうかなー……俺のお願い、聞けないか?」

「っ、そういうわけじゃない。持つのを手伝えと――」

「重……夫婦漫才みたいに見えるからやめて。僕とイチャついてくれるなら歓迎するけど」

「黙れ狼」

「今は半分【吸血鬼】だから。指図しないでよ、おっさん」

「はいはい、喧嘩終了ー」

 今日はそんなことをしに来たわけじゃない。もっと別なのはわかっているはずだ。

 地面に荷物を置き、ノアは息を吐いた。

「――悪いが、先に言う。【吸血鬼】は写真に写らない」

「知ってるよ。けど、俺は写っただろ?」

「見せてないはずだが。何故知っている?」

「見たよ。というか、ノアの血を飲んだときに知った。俺が写ったんだから、ノアも写るって」

「……性質の悪い能力だな。確証もないのに」

 苦笑いを浮かべてそう言うと、ノアは鞄の中からあの古いカメラを取り出した。

 ありがとう、と言ってそれを受け取り、文はヴァニッシュに言った。

「ちょっと改良したんだよ。脚立の上に乗せて、スイッチを押すだけ」

「……おー」

「反応薄いな……いい?ポチッでピカッでパシャッ」

「擬音語多すぎ。つまり……文明の塊か」

「まとめるな。俺が撮るから、てめェらは立ってろ」

「あぁ、ダメダメ。まず話聞いてよ」

 二人の腕を引いてカメラから少し離れたところに立ち、文は両手を広げた。

 訳が分からずじっと文を見つめて、二人は同時に小首を傾げた。

「お、似てるなー。で――“ご褒美”の話なんだけど」

「あァ。それを聞きたい」

「じらさないで教えてもらわないと……いい加減わかんない」

「納得して、肯定してよ?」

 それまでニヤニヤと一人他の始祖に笑っていた文が、不意に真面目に二人を順に見やった。

 陽の下でも煌めきを放ち、【吸血鬼】は静かに微笑して言った。





「――家族になってほしいんだ」





 ほんの一瞬、世界中の時が止まったようであった。

 ざわつく風を受けながら、ノアは不機嫌そうにふいと文から目を背けた。

「っ、ノア……?」

「……今までは、何のつもりだったんだ?」

「今まで?その……恋人とか……けど、他人だったから……」

「へぇ、そんなこと思ってたんだ……」

「ヴァニッシュまで……何でだよ。嫌なのか?」

 二人して、どうして聞いてくれない?そんなに悪い提案ではないと思うし、この三人なら良い家族になれると思うのに。

 しゅんとしてしまい、文はイジけたように口をとがらせてうつむいた。

 ――と、その刹那――二人の言い争う声が頭上で聞こえ始めた。

「っ、てめェ、俺とかぶせる気か」

「何言ってんの!?そっちこそ、何でかぶってんの!?」

「これしか思いつかなかったんだ。もう少し、頭を働かせろ」

「そっちこそ考えなよ。こんなありきたりなもの、かぶらないって思ったのに……」

「……何が――」


 ブワッと、何か甘い香りのするもののカケラが文へと降りかかった。


 文が顔を上げると同時に、真赤なそれがあっという間に視界を遮った。

 強い甘いその香り。何かはわからないが、どうにも――嗅いだ事のない匂いだ。

 地面に散るそれを押し付けられたようで、文は慌ててそれを包む紙ごと抱えた。

「な、何これ……」

「かぶった。二倍の愛情だ、喜べ」

「あんまりいいものじゃないけど。その、薔薇の花……」

 真っ赤な真っ赤な、見たこともないようなその花々。まるで血のように紅く、香り高く、崇高で瀟洒だ。触れたくても、刺が多くて触れられない。

 目をぱちくりとさせ、文は交互に二人を見やった。

「……もらっていいの?」

「あげる。なんか……もっと反応あるかと思った」

「あァ、同感だ。喜ぶというか……何というか……」

「……その、えっと、な……いや、見たこと、え、その……」

 しどろもどろになるのはどうにか勘弁してほしい。全く持って実感がないのだ。

 口をパクパクとさせながら、文は花束を抱えたまま言った。

「っ、大好きだからっ……えと、この花束も、全部っ……」

「ちゃんと話せ。聞いてるから、落ちついて」

「……文?」

「……はッ……」

 何もかも、飲み込むように体の中は熱く冷たい。この花束は、自身から流れ出た数多の血液と、自身が流させた数多の血液なのだ――と。

 声を震わせ、文は言葉を無理に押し出した。

「……あり、が、とう……」

「何、泣いてんの?らしくないよ」

「だって……その、さ……!」

 否定されたわけではなかった。肯定されたことに自分自身信じられず、震えが止まらない。

 言葉を詰まらせ、文は必死に言葉を押し出した。

「二人とも……だい、すき……!」

「っ……外でそんなこと言うな。もっと別の場所で言え」

「照れないでよ、おっさんのくせに。文は僕に言ってくれてんのにさ」

「はぁ?文は『二人とも』と言ったが?耳は大丈夫か?」

「うるっさいな……とにかく、文には僕の方が似合ってるんだよ。邪魔しないで」

「黙れ。これだから獣は頭が弱いんだ」

「はぁああ!?何言っちゃってくれてんの!?僕の方がっ――」

 ――ほわりと、風に乗って花弁が舞った。

 花束を地面に落とし、文は二人の首に腕を絡ませて抱きついた。

 慌てて二人は文の表情を見た。

「っ、大好き大好き大好き!!二人とも、最っ高に愛してる!!!」

「あ、文!?苦しいよっ……!」

「絞めるな絞めるなっ……!大体、てめェ……」

「ごめん、ありがとうっ……何にも用意してないけど、許してよね――」

「――は?」

 照れて頬を紅潮させつつも、呆然と二人は文を見つめていた。

 うっすらと涙をためつつ、文は満面の笑みで言った。



「ずっと、ずっと一緒だ!これから先、永遠に――!」



 淡い風と、溢れんばかりの愛情。それ以外にはもう、なにも必要ないなんて――あァ、神様!俺はあなたに感謝します――さっきよりもずっとずっと。

 頭の中を真っ白にしながらも、先に再起し反応したのはヴァニッシュだった。

「っ、えと……文……?」

「――そうか、それが望みの核心か――俺が完璧に叶えてやる。命が尽きるまで」

「何言ってんだよ馬鹿!文は僕のっ……」

「……あは……はははっ……ははっ……!」

 必死で笑いをこらえながら、文は言い争っている二人の耳元で囁いた。

「――あのさ、二人とも」

「ん……どうした?」

「さっきのはやめにするとか、言わないでよ?」

「そうじゃなくて……ほら、写真……」

「……当初の目的だったな。陽が暮れる前に撮ってしまいたいが……」

「前、シャッター切れる寸前に誰かさんはキスしてたよね?」

「てめェが言うか。同じことしてたくせに」

「――すればいいんじゃないの?今日も」

 何か問題でもあっただろうか。完璧だったはずだが。

 呆れたように笑みを浮かべ、ノアは花束を担いでカメラに向かった。

「――もしもてめェにその気がないのなら、シャッター切る寸前に消え失せろ。悪いが、忠誠で付き合っているだけなら必要ない。俺自身、その忠誠心に駆られている部分があるのは否めない」

「何それ……今更、好きじゃないってことかよ」

「そうじゃない。レンズはすべてを見通す――嘘も誠も、何もかもを。だからこそ、撮る意味がある」

 今度こそ――今度こそ、三人ともが写るように。何もかもが壊れないように、何もかもを元通りに。


 嘘をつけば写っている。種族以前の問題として、そうなるのがこの古いカメラの特徴なのだと――

 

 花束を抱え、文は前と同じ位置に立って二人を呼んだ。

「――もしもいなくなってても、捜さないから。勝手に消えて、また勝手に現れればいい。二度と姿を見せてくれなくてもいいから」

「っ……文まであんなの信じてんの?」

「ノアの言うことに嘘はないから。信じるも信じないも、俺は本当にノアを疑ったことはないよ」

「五秒でバレるような疑い方はされたことあるがな」

 カメラの角度やレンズを調整し、ノアは文の手を引いた。

 とすっとその胸に頭を軽く打ち、文はノアを見上げた。

「……なんか、夫婦みたいだねぇ」

「それもいいな。挙式を上げるとするなら、てめェには緋色のドレスを着せてやる。ムーンエッジの収集品の中には古臭い上に変なもの多いがな……あるんじゃないか、そういうのも」

「えー、俺は礼服がいいんだけど……背広とか、めったに着る機会ないし。ノアがドレスでいいじゃん」

「うわ、文それ本気?文の方が絶対可愛いって」

「不服だが同感だ。そいつは外で待機だがな」

「ふざけないでよ。文のドレス姿、あんたに見せるわけないじゃん」

「何で俺がドレス着る前提で進んでんだよ。全員タキシードでいいんじゃない?」

 そう言っている間にも、カメラの準備は着々と進んでいた。あとはボタンを押せば、約十秒後に写真が撮れる。

 前と同じように文を中心に並び、文はカメラに向かって駆けた。

「――じゃ、撮るよー」

 眩しい昼の陽は、もうすぐ沈んでしまう。まだ夕日と化してはいないけど、もうすぐなってしまうだろう。

 カチッと音がし、スイッチが入る。そして、キュイィィィンン……と、光を取り込むような音がし始める。

 慌てて二人の間に入り、文はレンズをじっと見つめた。

 

 両手に花。まさに今、その状況だろう。

 両手に薔薇の花束と、大切な二人の麗人。これはことわざも二倍の効果を持つのだと計算していいのだろうか。


 カチカチという、秒針の刻む音。動いてもいない心臓も高鳴り、手に汗さえわいてくる。

 

 静かに笑みを浮かべ、七秒前にノアがパチンと指をはじいた。


 何が起こったのかはわからないものの、五秒前。


 両手を掴まれて引かれた三秒前。


 やわらかく唇が触れ、同時に雫が頬を流れた一秒前――――――


 

 パシャッと、カメラのシャッターはいやに軽い音で切られていた。



「ッ……何で……二人とも、何で泣いてんの……?」

「ん、あァ……その、だな……」

「嬉し涙って言うのかな……なんか、止まんない……」

 止めようと思えば止まるだろう。なのに、それは自分からもぽろぽろとみっともなく流れていく。頬は流れる涙に体温を奪われてどうにも奇妙な景色になっている。

 ゴシゴシと腕で涙を拭い、文はバスケットを持って駆けだした。

「――今日の目標、それだけじゃないんだけど?夜には花火するって言ったろ?だから、その為に買い物」

「あー……花火買いに行くんだっけ?」

「勿論。ノア、現像お願い!」

「了解。先に戻るぞ、夜までにやってしまいたい」

「ん……しゃーないな……じゃ、お願いするな」

 さっきのお返しと言わんばかりに頬にキスを返し、駆けながら文はノアに手を振った。

 目を細めて笑み、ノアはカメラを片付けながら二人を見送った。

 散った花弁のカケラが、再び風に舞い上がった。


                       *


「ぅわっ!?何これ、あっつい……」

「ネズミ花火だっけ……気をつけないと火傷するから、遠くに放り投げて……」

「投げるなって!余計危ない!!」

 夜は、予定通りに花火。周囲に家々がないことが唯一の救いだろう。どれだけ騒いでも何の文句も言われることがない。

 二階の窓から二人のはしゃぐ様子を眺めながら、ノアは線香花火の一つに火をつけて垂らした。

 ぱちぱちと、ゆるく淡く燃える小さな光。命とは、こんな風に儚く美しいものだと――いつか、誰かが言っていたような気もする。

 街の明かりは優しく冷たい。恐れて近づかないが、その方がありがたい。来られるとうっとうしくて仕方ない。

「……ん」

 ほたりと、小さな光は手の甲の上に落ちていた。熱いが、叫ぶほどなわけではない。

 指先で簡単にそれをもみ消し、ノアは現像し終えた写真をじっと眺めた。

 偽りも何もない、真っ直ぐな笑顔――頬にキスをされている文が、笑ってそこに映っていた。両側の自分たちは、文同様涙を流してはいるが。

 くすくすと笑いながら、ノアは優しく蒼白な光を落とす月を仰いで呟いた。

「――もうすぐ、夏も終わりだな」

 これから、寒い秋になる。とはいっても、文のことだ。どうせ栗だのブドウだのと勧めてくるに違いない。それもまた愛嬌だろうが。

 ふと何かを思い、ひらりと身を翻して窓から飛び降り、ノアは二人に言った。

「……楽しいか?」

「あっついけどね……ノアもしない?」

「遠慮する。楽しいなら、続けてろ」

「……手、いたわりなよ」

 目ざとく見つけられるのはいつものこと。慣れているが、やはり嬉しい。

 一人写真を眺め、ノアは嬉しそうに満足気に溜息を吐いた。


                      *


 ――俺は礼服がいいんだけど……。

 叶えてやろうじゃないか、そこまで全て。

 葉の茂る陰った大木の下、タキシード姿で三人。大輪の薔薇の花束を持ち、頬に軽い口付けを。まるで本当に――結婚でもしたみたいじゃないか。

 愛おしげに写真から目を離して空を仰ぎ、ノアは新しい線香花火に火をつけた。

 もうすぐ夏も終わりだな、と、再び呟く声が漏れた。

最終回でした、50部までに終わらせたかったのに無理だったのはちょっと残念です


番外編もちょこちょこ書きたいですね…ヴァンたちの過去や、主人公組の過去とか…未来は描けるかどうか微妙ですが…リクいただけたら書くかもです



ブログ等での応援のコメント、ありがとうございました!

そしてここまで読んで下さった方も、本当にありがとうございました!!


不定期な投稿にも関わらず、一か月で3000アクセスは心臓に悪いです…チキンハートなので、一日に10アクセスでも心臓がバクバクでした



ではでは、また不定期にまったり番外編は書きたいと思います

き、期待はあんまりしないでね!(ぇ





なお、一つお知らせで書いておきます

とあるSNSにてひどい中傷を受けましたので、今書いているもう一つの方の小説をしばらく停止にしたいと思います


勝手に決定してしまってすみません…そして、応援して下さった方にも申し訳ないです…

ほとぼりが冷めたらまた書きたいネタですので、今はそっとしておいてください…本当にすみません

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