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今晩はミッドナイトブルー

                      *

 

 ふわりと舞い降りた、闇空の下。魔法を使ってもこれだけかかったのは二人分の重みに箒が耐えられなかったせいなのか――それとも力の使いすぎか。どちらにせよ、思わしき事態ではない。

 ひらりと箒から飛び降り、【魔女】はうんと背伸びをした。

「あーぁ……疲れたぁ」

「何言ってんの。操られるだけの魔法使いのくせに」

「うん?文とヴァニッシュに久々に会ったから、嬉しくってさ」

「――魔法、完璧じゃないからいいんだけどね」

 そう言って、リリスは箒を掴んで傍にあった大木を箒にまたがって上った。

 居る――ずっとずっと、文達の下へなど行かなかった【魔女】が。

「――こんばんは、【魔女】様」

「ん――あら、早かったわね。もう片付いたの?」

「一応ね。で、いい加減アレと居るのが嫌だから来たの」

 ここまで来るのに結構かかる。一体何をしにここまで来ているのか、その真偽を問いたい。

 両手で水晶玉を抱えて鳥の巣の隣に座り、マリアは二コリと微笑んだ。

「……『誰が殺したコマドリを 私よ と雀が言った』」

「マザーグースね。って、何か関係あるの?」

「魔法の呪文よ。あのマザーグースってのはね、呪文の総集編。知らなかった?」

「……ただのお伽噺よ?」

「いいえ。まぁ、見てないさいな」

 ただ静かに微笑み、マリアは目を閉じて祈るように言葉を吐いた。


 Who killed Cock Robin?

I,said the Sparrow,

With my bow and arrow,

I killed Cock Robin.

All the birds of the air

Fell a-sighing and a-sobbing,

When they heard the bell toll

For poor Cock Robin.


『誰が殺したコマドリを 私よ と雀は言った

 私の弓矢で 私が殺した』


『かわいそうなコマドリのため 鳴り渡る鐘を聞いたとき

 空の小鳥は一羽残らず 溜息ついて泣きだした』


 水晶玉を抱いたまま静かに口を閉じ、マリアはゆっくりと目を開いた。

「魔法の呪文――実はね、A君に少し前から頼まれてたのよ。まぁ、成功するかどうかはあの子の力量次第だけど」

「……だからって、あんな人形よこさないでくれる。完璧じゃなくてよかったけど、貴女なら完璧にだってできたでしょ?」

「完璧にして見分けがつかなくなったらどうするのよ。その為に、わざと名前をインプットしておいたのに。他は私とそっくりだけどね」

 そう魔性の微笑を浮かべながらマリアは言った。あどけなさを演出するつもりだろうが、そんな要素は全くなく。

 ため息をつき、リリスは言った。

「――処理するわよ。内蔵された魂を消しさる」

「どうぞ。いつもありがとね」

「私にしかできない仕事だもの。自分が大っ嫌いな原因だけどね」

 吐き捨てるように言い、リリスは箒に乗ったまま地面へと降りて行った。

 透き通るような水晶玉の中をじっと見つめ、マリアは占い師のように優しくその表面を撫でた。

 深淵の淵のように暗いその世界からは今、一筋の光が漏れ出していた――


                      *


「――同じ、永遠の命を持てばいい」

 

 その言葉を聞き、はっと、嘲笑するような声がヴァニッシュの喉から洩れた。

「――馬鹿にしてんの?僕、あんたとは違うんだけど」

「知ってる。そんなこと言われるまでもない」

「じゃあ、言わないでくれる。それとも他に案でもある?」

 わかってない。わからせてあげたいのだが、わからせるのが難しい。

 肩に羽織ったマントを翻し、文はヴァニッシュの頬に指を滑らせた。

「――【吸血鬼】になればいい」

「は?文……頭でも打った?大丈夫?」

「ダイジョーブ。で、ヴァニッシュはなりたい?なりたくない?」

「根本的に不可能。種族が違う」

 吸血行為をした相手も【吸血鬼】になるのは、ほとんどあり得ない。百%相手を仲間にしてしまうのは、どんなに能力が強くてもその血を元から持っていないと不可能なのだ。それくらいは常識として流通している情報だ。

 そう言うと思っていたと言わんばかりにタイミングよくニッと笑んで見せ、文はぐっと顔を近づけた。

「俺を信じなよ。絶対にうまくいく――けど、ちょっと痛いかも……」

「ちょっとじゃ済まないって顔しながら言わないでよ……」

「下手なんだから仕方ないだろー。つーか、痛いの嫌いだったっけ?」

「……ヒトをマゾみたいに言うのは心外だけど……文なら許せる」

「そっか。まぁ、なりたくなかったらならなくてもいいよ。その代わり、死んだら墓の前でずっと泣いてやるし、忘れない。それだったら死ぬのもいいんじゃないか?」

「殺したいわけ?魅力的だけど、それじゃ僕はあんたの泣き顔見れないじゃん。それにあの堅物とずっといるってことだろ?」

「それはね。で、結論は?」

 答えなんてどっちでもよかった。どの道、これからしばらくは一緒に居られるし、今決めてもらわなくてもよかったから。もっともっと、後でもよかった。

 月光を遮るカーテンを腕を伸ばして開け、ヴァニッシュはムッとしたように言った。

「……なれるなら、なりたいよ。でなきゃ、独り占めできる確率減るし」

「変な理由ー……それ、痛いのも我慢できる?」

「激痛だったらぶん殴る」

「それじゃ諦めな。おやすみー」

 そう言って部屋を出て行こうとした文の肩をとっさにヴァニッシュはつかんだ。

 ゆっくりと振り向き、文は小さく溜息を吐いた。

「――覚悟しなよ?」

「っ……いいよ、わかった。覚悟でも何でもするから――見捨てないでよ」

 その言葉を待っていた。絶対にこう言うとわかっていた。でなきゃ離れたりしない。

 少しの恐怖に震える声に、文はただ笑っていた。

 伸ばされた手にびくつくヴァニッシュの頭をそっとなで、文は尖った牙を見せて言った。

「――いただきます」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」

 何か、声が聞こえた気がした。

 両肩を掴んで抱き寄せたその体の首筋に、紅く線を引くように。牙は白い肌をなぞり、ほたほたと血が流れ出す――

 貪るように首筋に噛みつき、文は血を吸い尽くさんばかりに喉を鳴らした。

 激痛――なんてそんな、生半可なものじゃない。【吸血鬼】になれるのは、五十%くらいしかない。それを考慮しても、素早く血を抜き取る必要がある。ヘタな自分よりはノアにやってもらった方がいいのだが、あいつはあいつでヴァニッシュを故意に殺しかねない。

 体が芯まで冷えて、力も抜けていく。死なない程度に血を吸っているつもりでも、そのギリギリまで吸わなければいけない。 

 くったりとベッドに倒れ、ヴァニッシュは文の腕を掴んだ。あまり力も入っていなかったが。

「あ……や……っ!痛いって……!!」

「んッ――――我慢するんじゃなかったのか?」

「けどっ……」

「……ごめん、我慢して――」

 苦しめたくない。笑っていてもらいたいから血を吸って――そんなこと、望まれなければしたいわけないだろう――?

 まっさらなシーツに口端からこぼれる鮮血を垂らし、真赤に真赤に染めていく。終わらなくて終わりが欲しくて、それでもまだまだ離れたくない。【吸血鬼】としての性が、憎らしくうらめしい。

 もっともっとと――勝手に体が求めるんだ。ヴァニッシュの体温と、その全てを――


                        *


 ――ようやく離れることができたのは、夜はもう明けかけていた時だった。

 手の中に残る体温は暖かく、噛みついて貪ったのは記憶に新しい。心はいまだ熱く、流れ落ちる汗には、ところどころ血をにじませていた。

 腕の中でぐったりと倒れている狼の子を見やり、文は口元を拭った。

「……ごちそう様。おいしかったよ」

「……ッ……馬っ鹿野郎――!!」

「あははー、罵ってもいいよ。君が望んだことなのにね――」

 否定させない。愛してるって言葉は、嘘なんかじゃ言えないのだから。

 ゲホゲホと咳き込んで血を吐き出し、ヴァニッシュは文の首に腕を絡めて起き上がった。

「……唇も……首も……体中痛い」

「ノアにはもっときつくやってるよ。これでもゆるい方」

「いつもの……アホ面は?僕なんかにこんなことして……!」

「許してよ。我慢できなかったんだから」

 ちゅ、と、音を立てて唇をふさいでみる。これでまだ反論するのなら、次は容赦なく喉を噛み切ってもいい。

 はだけた肌に紅い世界。垂れる血液は、舐めとっても足りない。愛おしさが体温で伝わる――

 唾液と血液でねとつくキスを交わし、文はヴァニッシュの頬を何度も手の甲で擦った。

「……無様で、他愛ない。大好き」

「繋がんないワード入れないで。噛みつきまくって、馬鹿でしょ」

「それでも綺麗な声だった。聞いていて、興奮するくらいには」

「うるさいよ、ド変態。鼻血垂らしてたくせに」

「すぐ止まったでしょーが。【吸血鬼】が出血なんて笑えない」

「笑いながら言うな。ニヤニヤニヤニヤ……」

 笑いたくもなるのだ。こんなにも愛おしく、かわいらしい――【吸血鬼】を前にしては。

 軽く髪を掻き上げてその額にキスをし、文はヴァニッシュの歯を指で撫でた。

「……これが、血を吸うためのものになったんだよ。噛みついて引き裂くものじゃない」

「つまり……【吸血鬼】?」

「そう。どれだけ傷つけても、すぐに再生する――ある程度までは」

「……そっか」

 ペロリと腕に付着した血を舐め、ヴァニッシュは目を伏せた。

 が、不意に甘い囁きが、耳をくすぐった。

「――悪いね。俺、結構血が足りないんだ――これじゃ、ノアの相手できない」

「っ、じゃあ、僕一人を愛してよ!!」

「戯言。俺は二人に一途なんだ、それを承知の上で、俺にされることを望んだんだろう?」

「……納得もしてるし、後悔はしてないよ。悔しいだけ」

 優柔不断とか、そんなことじゃない。もっともっと、深く面倒くさい――文にしか分からない葛藤やめちゃくちゃな理論。それに付いていくと決めたからには、イケるところまで。

 そっとヴァニッシュを離し、文は血まみれのシーツをまとめて抱えた。

「……ちょっと噛み過ぎたかもなー。くらくらするようだったら休んどけよ?」

「遅いよ、その忠告……ものすごい気分悪い……」

「人間と違って半分以上なくなっても死なないけど。それじゃ、おやすみ」

 くるりとターンを決め、文は音を立ててドアを閉めた。

 一人きりになった部屋の中、ヴァニッシュはそっと自分の八重歯に触れてみた。

 尖っていて、触るだけでも危うい――けれど、文と同じ――それだけで満足しているのはきっと、重症なのだろう。

 体中にできた噛み傷が徐々に治っていくのを眺め、ヴァニッシュは枕に顔を埋めた。

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