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晴れ晴れとおはよう Ⅱ

 さらりとした髪が自分の肩に垂れ、ノアの声が低く艶やかに耳をくすぐった。

「ははっ……つーかまーえた」

「っ、ノアっ……?熱に侵されすぎたんじゃないか……?」

「大丈夫、平常心だ。俺はいつもこうだろう」

 心配になるほどに熱に浮かされている。柄にもなく太陽の下に躍り出るからだ。

 傘でヴァニッシュに見えないことをいいことに、ノアは文に向けて静かに微笑んだ。

「――好きだよ。今のこの瞬間のてめェが」

「……ノア、もしかして偽物?」

「本物だ。失礼な……誰もいないから言ったまでだろう」

「僕がいるんですけど。忘れないでくれる?」

 ガッと、ノアの傘にヴァニッシュの爪が立った。

 無言でバキバキと手を鳴らし、ノアはヴァニッシュをいきなり蹴りあげた。

 ぽかーんと、口を開けっぱなしにしている文一人が取り残される。

 と、文の肩に手が乗った。

「あらまぁー、やってるわねぇ」

「っ、いつの間に……そう思うなら止めないと」

「あなたがどうぞ。私は嫌よ、惚気られるのって嫌いだし……それに、私の理想はもっと崇高で艶やかだから。こんな愚民どもにかまっている暇はないのよ」

「じゃあ帰りなよ……」

 高尚なのに高慢な魔女様。美しいのにどうにも厄介なのは、年のせいだろうか。

 くすくすと笑いながら、マリアは箒に腰掛けた。

「まぁ、いいわよ。平和が何よりって、退屈な言葉もあるくらいだから」

「……そう?退屈って、それほど悪いことじゃない」

「そうかしら。あァ――眩しい。リリス、帰るわよー」

「あーい。了解」

 ひょこりと顔を出し、リリスはマリアの乗っている箒の後ろにひらりと飛び乗った。

 風を巻き上げ箒に乗り、マリアはバチンと文に向けてウィンクした。

「――またね。孤独じゃなくなってしまったけれど」

「嫌そうなのは、強がってるって思ってもいいわけ?」

「何言ってんの。私は、孤独なあなたを監視するのが任務だったのよ?それが……もう、寂しくなくなってしまった。私の役目もおしまいよ」

「……俺、寂しい時なんてなかったぜ?」

 いつだって――一人になったことなんてなかったじゃないか。それよりも、向こうにいるときにノアがいなくなった時の方がずっとずっと寂しい思いをしていた。

 この城へ来てからは、ずっとずっと寂しくなんてなかった。そんなことを考えるまでもなく、ノアをただただ愛していた。

 じっと文を見つめ、マリアは小さく舌を打った。

「――小憎たらしい。あなたはもっと、不幸だと思っていたけど――」

「マリア。そろそろ、行くよ。まだ後片付けが残ってる」

「ああ、そうね。それじゃ、文。また今度、お茶でも出してね」

「了解。伯母様、ありがとー」

「……どういたしまして」

 照れたようにふふっと声をあげて笑い、マリアは箒に腰掛けたままリリスとともに虚空へと飛び立った。その姿は、【魔女】の名に相応しく――

 それを笑って見送り、文は二人の喧嘩を止めに入った。

「なぁなぁ、もうそろそろやめろって。二人ともいい年なんだから……」

「こんなやつと同じにしないでよ。おっさんめ」

「おっさん言うな。このボケが」

 傘を破る勢いで、でも地味に口喧嘩を続ける。それが二人の似ているところだと思うのだが、それを言うと怒られる。ついさっきのことじゃないか。

 二人を面白そうに眺めつつも困ったように苦笑をして、文は言った。

「――俺は、二人とも好きなんだけどなー……」

「っ……ふざけるな。てめェの一番は俺だろう!」

「何言ってんの?文の一番って、僕以外にあり得ンの?」

「あのなぁ……言ったこと忘れたのか?俺、『二人に一途』って言っただろ?」

 そんなに遠くない記憶だ。二人もわかっているはずなのに。

 ――傾き始めた暑い昼の太陽は、燦々と未だに降り注いでいた。生命は煌めき、淡く色を落とすかのように。

 その太陽を背に受け、ノアは傘を肩にかけた。

「……いいや。てめェは――俺のモノだ」

「は!?ノア、本当に頭がイカれてないか!?」

「大丈夫だ。てめェの愛する、いつもの俺だ」

 キラキラとした何かが、ノアの周りで舞っている。こちらをじっと見つめるその熱っぽい視線は、まるで童話の王子様のようにも見える。

 一瞬声を詰まらせた文に、ヴァニッシュの手が伸びた。

「っ、ひゃあぁあ!?」

「文……僕のこと、好きって言ったよな……?」

「っ……うん、言った……」

 大好きな狼の子。それもまた変わらない。この髪も、何もかも――大好きだ。

 首の後ろにフードを垂らし、ヴァニッシュは文に言った。

「……僕を助けてくれたのは、紛れもなく牙城文。だから、大好きなんだ」

「――もう、かぶらなくてもいいのか?」

「まだ、人前では嫌だけど。文なら……何されても大丈夫」

「……そっか」

 純粋で、もう充分に傷ついた。もうこれ以上傷つけてたまるか。「守る」と宣言したのに守れていない自分が嫌でたまらないが。

 ぐいっと、ヴァニッシュから引き離すかのようにノアは文をその腕に抱いた。

「――渡すか」

「……ノア、終わんないからやめろって。ずっとこんなの繰り返す気か?」

 愛されてるなぁと、今更ながら自覚する。二人にこんなにも、近く熱く、そして――

 ふっと、ノアはその言葉を聞いて文の腕を離した。

「……鈍いな」

「は?なんか言った?」

「いや、別に。で――てめェ、俺たちに話でもあるんじゃないのか?褒美がどうのこうの……」

「あァ――!ごめん、完っ全に忘れてた!」

 言われてようやく思い出した。大切なことが抜けているじゃないか。

 小首を傾げ、ヴァニッシュは文に尋ねた。

「それさぁ……僕にも言ってなかった?」

「二人共に言った。――何言っても許されるか?」

「ある程度は。で――どんな頼みだ」

 ジリジリと蒸し暑く、陽は傾き落ちていく。夜に近づき、そうして月が見え始めてくる。

 ニッと、文は二人に向けて笑んだ。

「――明日話すから、それまで待ってろよ?ちゃあんと待ってたら教えてやる」

「は?……今じゃダメなのか?」

「用意とかあるから……うん、やっぱ明日がいい」

「そう。りょーかい」

 大したことじゃないんだが。少しでも、サプライズと感謝の気持ちを多く伝えるために。

 ざわつく風を聞きながら、文は目を閉じて息を吐いた。


                      *


 たくさんの感謝と愛情と、そしてこれからも一緒だからその分も込めて。精一杯、今自分にできることを考えて、深く深く焼きつくようなことを。永遠に愛していられるように。

 考えてみれば間違っていた。このままではいけないのに、もっと早く気が付くべきだった。

 ――蒼白の、耽美で麗しい月。ミッドナイトブルーの空は星をちりばめており、まるで天の川さながらであった。

 窓辺に降り立った一匹の【吸血鬼】は、開けっぱなしの窓からその中へと侵入した。

 微かに聞こえる寝息の音。足音をさせずにその枕元へと行き、そっと薄いタオルケットをめくる。

「――おはよう」

 もちろん、返事なんて期待していない。これから起こすのだから。

 トントンと肩を叩くと、ゆっくりとその瞳が光を入れ始めた。

「……え……何してんの……」

「おはよう、ヴァニッシュ。月のある晩は、【吸血鬼】に襲われるのが定石だぜ?」

「……それはお嬢さん限定」

 眠い目をこすりながら、ヴァニッシュはそう言った。

 目を丸くして笑い、【吸血鬼】はくるりとその場で回って見せた。

「――憐れ哀れな、血に飢えた獣にございます。どうか、その血を分けてくださいまし」

「何それ、変なの。誰かに影響受けた?」

「とあるペテン師に。あのヒトの名前をもらったから、真似してみたくなったんだよ」

 【吸血鬼】をやめた【吸血鬼】。あのヒトは美しく儚く、死を望んで死を受け入れた。それだけでも十分凄いと思うけど、そのヒトの名前をもらってしまった――

 膝をついてヴァニッシュと同じ目線になり、【吸血鬼】は手を差し伸べた。

「……これは俺の独断なんだけど、ノアに怒られるかな……嫌ならそれでもいいから」

「……重い話?」

「ちょっと。ヴァニッシュと俺たちの寿命って違うから……その話」

「あァ――うん、わかった」

 そもそも考えればわかる話だが。物事が多すぎてそこまで頭が回らなかった。

 耳をぺたんと垂らしたまま、ヴァニッシュは口籠りつつ言った。

「……一緒にはいられないんだろ。わかってるよ」

「……かっしこーい」

「茶化さないでよ。で――追い出すために?」

「違う。俺は、あんたを離す気はない」

「だったら、どうして来たのさ。そのつもりがないなら、ここに来ることもないだろ」

「あるよ。正当な、俺の理由」

 お前がそうして不安そうに見つめるから。あらぬことを口走りそうで怖いんだけど――言わなくちゃならない。

 にこりと、できるだけ優しく笑み、言葉が吐かれた。


「――同じ、永遠の命を持てばいい」

 

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