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スカイ・ブルー

 目も醒めるような、真っ青で美しいスカイブルー。吹き抜ける風が身を焦がし、真っ逆さまに奈落の底へ――

 薄れていく意識の中で、蒼い空には自分に手を伸ばす【吸血鬼】がいた。

 愚かで馬鹿としか言えない。どうして追ってきたんだ、戦闘は終わったはずなのに。

 ――僕の死で終わりを迎えるはずなのに。

「ヴァニッシュ―――――――!!」

「……っ」

 翼をはためかせて急降下。伸ばした手が、自分の頬を掠める。

 空中でしっかりとヴァニッシュを抱きしめ、文は二コリと微笑んだ。

「捕まえた。もう離さない――」

「……道連れして、あんたも死ねばいい」

「かも知れない。けど、君を守るためならそれでも悪くない」

 そんな甘ったるい言葉を吐く余裕なんてないくせに。このまま落ち続ければ、谷へと落ちる。そうなったら、泳げない【吸血鬼】に勝ち目はない。

 明けた空から燦々と――長く短い夜を終わらせるために、朝日が顔をのぞかせていた。

 だんだんと元の姿に戻っていくヴァニッシュは、朝日を見ることを嫌って、文の肩をつかんだ。

 震えるか細い声が、ヴァニッシュの喉から洩れた。

「……助けて……まだ死にたくないよ……!」

「俺だって死にたくないよ。だから、とっても困ってるんだけど――」

 朝日を浴びて抜け落ちていく漆黒の羽根。おおよそ朝日のせいではなく羽根を使いすぎたことが原因だと思うのだが。

 息を淡く吐き、文は自分が案外高い場所にいたのだということを改めて確認した。

 「最後かな」と弱気になりながらも、文はヴァニッシュの耳元でそっと囁いた。

「……もしも帰れたら、俺に一つプレゼントを頂戴」

「それ……今言うこと」

「今言わないと。俺の知ってる『ヴァニッシュ』が帰ってきたときに、ご褒美をもらうために」

「……いーよ。もしも帰れたら、何でもあげる」

「うん、ありがと。助かる見込みはないけどね――」

 真っ逆さまに蒼い空の中を落ちていく。止められず、翼は折れて散ってしまった。これではもう使えないどころか、ただ邪魔なだけだ。その邪魔な部分もすぐになくなってしまうだろうけれど。

 強くヴァニッシュを両腕で抱きしめ、文は迫り来る水の音を目を閉じて聞いた。

 昔から苦手な『流水』。あれは【吸血鬼】の苦手とするものの一つであることに変わりはない。鏡なんて比にならないくらいに、強い毒素を持っている。そんなところへ入ったら、この身体は溶けて消えてしまう。

 いつか見た――あのお嬢さんは確か、『人魚姫』って言ってたかな――

 


 瀕死の小鳥は二羽、羽ばたけずに今水中へとその身を投げ出した――


  

 ドプン――高い所から落ちた割に、音は少なかった。衝撃は大きくて当然だが。

 息も続かない水の中。手を離せばヴァニッシュは生きられる――いや、もう意識も薄れているから離した方が危険だ。

 深い水の感覚。全身に急激に痛みが走り、熱りが覚めていくような感覚だった。このまま溶けて死ぬのかと、わかっていたのに痛みは遅かった。

「ヴァニッシュっ――!!」

「あ……や……?」

 もう死んだっていい。俺が死んでも、ヴァニッシュは生きてくれればそれでいい。それだけでいいんだ。

 だから神様、どうかまだ俺を見捨てないで。

 俺は地獄に落ちる体だからもう手を伸ばしてくれなくてもいい。でも、このヒトだけは。

 どうにかなってしまいそうなひどい痛みに耐えながら、文はヴァニッシュの頭を抱いて言った。



「ダイジョーブ――守るよ――」



                 *    *    *


 ――結局、世界は何も変わらなかった。

 いつも通り平穏を過ごす家族に、愛を語らうカップル。そんないつも通りに、少なからず憧れていたのは事実だった。平穏とは無縁、永遠に一人ぼっちのはずだったのに。

 世界は廻る。廻っていた。自分が望まなくても、一瞬を永遠に続けることなんてしてくれそうにもなかったけど。

 あなたがいてくれた時点で一人じゃなかったことにどうしてもっと早くに気がつかなかったんだろう。

 昔から大好きだったのに。居なくなった途端に発狂していたのに。

 盲目すぎた――それを教えてくれたのがあの道化師だったのが腑に落ちないけれど。


 ――私では、役不足だったか?


「ううん――十分。あなたはそれでいい。その為の名前――その為の存在――」


 ――君が喜んでくれたならよかった。私はもう、死にたいと願っていたからね。


「だからって俺の体まで取らないでよ……アレは聞いてなかった」


 親しい友人と話すかのごとく、楽しくそして寂しげに。

 文は、真っ直ぐに手を伸ばして息を吐いた。


「――さようなら。ムーンエッジ」


 ――あぁ。今度はキミの番だ。キミが私の孤独を引き継ぐ――まだまだ永遠に。


 消えかかっていてもなお、はっきりと声は聞こえていた。自分の来る最後の時は、きっとまたこれを思い出すのだろう。

 繰り返し繰り返し、終わらない連鎖。終わらせてしまおうと、願えども叶わずに――

 にこりと笑み、文は深く息を吐き出した。

 引き戻されるような、あのときと同じ感覚。アレはもっと苦しくて腑に落ちなかったけれど――

 最後にもう一度、文は言葉を紡いだ。


「ありがとう――名捨てのお月さま――」

 

翅→羽根

ムーンエッジ→名捨てのお月さま

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