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凶弾に花弁

 文の調子に呑まれるように、ヴァニッシュは口端を歪めて笑んだ。

「何、そんなこと?だったら、俺が全員殺してやるよ」

「できるかな?君の“覚醒”は、この子と戦ったときにかなり消費されているはずだ。そんな万全の身体でもないのに、二人を殺す。自分の力量を知りなさい」

「……こんなにムカついたの久しぶり。前にも――」

「――『前にも』なんて、君にはないだろう。この子との思い出も何もかも、君は忘れて消えた」

「思い出……?ふざけないでよ、そんなの要らないしあり得ない」

 イラついているヴァニッシュを煽るように、文はそう言って笑っていた。

 ふっと、ヴァンの方へその視線が移った。

「――君は本当に弟が好きなんだろうな。私の嘘が見破れるかい?」

「……ここに出現した時点で全ての態度が嘘だ。お前はそんなに軽率ではない」

「それはどうも。見破れたね、ひとつは。しかし、まだまだ見破れていない。私の姿は存在するものの数だけあるということも、見破らなければならない嘘だ。現にこうして、別の姿を持っている――」

 そう言った刹那に、文はヴァニッシュの脇を抜けてヴァンに迫った。体勢も低く、まるで猫のように。

 息をつく間もなく、ヴァニッシュが文に銃口を向け直した。それと同時にヴァンの額に銃口が向いていたが。

「何するつもり。さっさとどいてよ」

「御冗談を。葬りたいわけではないが、目障りなのは確か。キミに殺されるくらいなら、私が殺めてしまおう」

「……何言ってんの」

 ギロリと眼光鋭く、ヴァニッシュは表情も消して数発文に向けて発砲した。

 返すように同じ数だけ発砲し、文は空いた手で空を混ぜた。

 放たれた銃弾は互いにぶつかって弾け、地面に乾いた音を立てて転がった。

「――キミの声が聞こえるといいねぇ。そうしたら、あの子も眼が覚める――覚めなくてもかまわないが」

「また訳のわかんないことっ……!」

「わかるよ、考えなさい。少なくとも、ヴァンにはすぐに理解できる感情だ。いや――本当は君の方が近いんだけどね」

 そう言って、文は空いた方の手を自身の胸にあてがった。

 ――ドシュッ。鈍い音とほぼ同時に、文の背には翼が生えていた。


                    *    *    *


 ふわりふわり、漂ったまま浮かびあがれない。空は冷たく色を放ち、太陽が自分を照らしていた。


 ――ノアぁー……おなかすいたー。

 ――知るか。何年物が欲しい?

 ――んー……ノアが欲しい。

 ――黙れ。そしてくっつくな。


 他愛もない一ページじゃないか。どうしてこんな夢を見ている?

 あァ――そっか、夢なのか。だから、こんなにもノアがいつも通り。大好きなノアが。


 ――俺はヴァニッシュ。そう呼んで。で……お兄さんの名前は?。

 ――お兄さん言うな。同じくらいのくせして……俺は文。

 ――あや、か。うん、わかった。


 ヴァニッシュ――そうだ、リリスを追いかけていて、ぶつかって――血がおいしくて、ノアとはまた比べられなくて――そのままヴァニッシュを押し付けられて、ノアに怒られて、初めのころはおどおどしっぱなしで――

 思い出していたらキリがない。料理を作ったり、そのせいで噛まれたり、伯母様が押しかけてきたり、ボロボロにやられたり、泣いてたり――楽しく、満ち足りた日々だった。

 「痛々しいから」と、ノアに頼んでヴァニッシュの首輪を夜でも視えないように消してもらった。本当は存在するのだが、見えないというのはそれだけ安心してしまうものなのだ。

 自分よりずっとずっと、周りのヒトは精神的にも肉体的にも強かった。「守るよ」なんて、俺が守られてばっかりじゃないか。

 ――そして、誰かが囁いた。本を燃やして、殺して――って。

 誰なのかは思い出せない。思い出そうとすると頭の中がかすむ。だからもう、思い出すことを半ばあきらめた。

 ずっとずっと――“闇”が恐ろしかった。一人でいさせられるのなんて、たまらないほどに怖かった。

 誰かが傍にいてくれただけで、あんなにもマシだったのに。どうして怖かったのかは、自分でもわからない。


 ――今は、真っ暗で独りぼっちだ。


 愛した人と居たい。目を開けると全てが夢だったなんて、そんなちゃちなオチでもいい。そんなことでもいいから、二人を返してほしい。

 ――けど、待ってるだけじゃ解決は望めない。だから――


                  *    *    * 


 鈍い色の翼が一対。アルビノカラーの文の背に、真赤にそれは咲いていた。

 何度かはためかせて血液を落とし、文は小さく溜息を吐いた。

 悪魔のように雄々しく翼ははためき、ハラハラと抜け落ちた羽が空を舞っていた。

「出し方がわからないな……だから出血するのか……」

「そんなもの出したところで、何か意味でもあんの?」

「――この子の武器は[ヴァンパイア・ブラッド]というんだ。つまり、自身の身体に取りこんでいるものだから、自身の身体を操れるということになる」

「は……?」

 跳ねるようにヴァニッシュと距離をとり、文は大きく翼をはためかせた。

 刹那、散っていた羽根が、勢いを持ってヴァニッシュに襲いかかった。それままるで、ひとつひとつがナイフのように鋭利に――

 銃を構えていくつかは撃ち落とし、ヴァニッシュは柱の陰に逃げ込んだ。

「面白い!この子は本当に退屈しない」

「っ……ってぇ……」

 逃げ遅れたか、その後に撃ったのか。ヴァニッシュの脚や背には何本か羽根が刺さっていた。

 ニコニコと笑んだまま、文は言った。

「当たればスパスパッと景気よく切れる。鉄塊だって真っ二つになるだろう」

「そんなもの使わないでよ……」

 ほとほと呆れた。あんなもの、反則じゃないか。体中が痺れたように痛む上、羽根が痛すぎる。

 笑いながらヴァニッシュに歩み寄って来ながら、文は銃を真っ直ぐに構えた。

「――キミを屠る」

「っ、しまっ……!」

 逃げられない。この距離では逃げたとしても距離をすぐに詰められる。

 羽根を自力で足に刺さった分をいくつか引き抜き、ヴァニッシュは片膝をついて銃を構えた。

 ガゥンッ、ガゥンッ。発砲音はすれども、文には当たることはなかった。

「残念。当たるわけないんだよ、君の攻撃なんて」

「っ……は……ふざけないでよっ……!」

 やられるわけにはいかない。兄さんを殺すまでは絶対に――

 

 ――ゆらりと、影が文の背後に迫った。


「っ、おっと――」

「何も感じずに殺す――そいつは俺が殺さなければならないんだ」

 大剣を振りあげたシルエットが、逆光でヴァニッシュの眼に映りこんだ。

 振り返ると同時に、ズブリと腐った肉の崩れるような音が鮮血とともに散った。

 ほたほたと左腕から血を流し、文は茫然とその場に立っていた。

 すぐに刃を引き抜き、ヴァンはギロリと文を睨みつけた。

「……はぁん。それくらいなら、特に警戒しなくてもよかったねぇ」

「お前に殺されるくらいなら……自分で手を下す」

「いいアイデアだ。しかし――相手が私ということを忘れないように、ね?」

 そう呟くと、文はヴァンを見上げて手をかざした。

 ただでさえ弱っている。体も自由は効いていないはずだ。そんな体であの化け物に挑むのは自殺行為にも程がある。そんなことわかっているくせに。

 まだふらふらとしているのが目に見えていながら、ヴァンは再び剣を振りあげた。

「気に食わん化け物はもっと早くに殺しておくべきだった――っ!」

「楽しげだねぇ、ヴァン。しかし、私はね――」

 不敵に笑んだ文は、振り下ろされた剣を軽々と避けるとヴァンの背後に回っていた。その動きは肉眼では捉えられないほどに素早く。

 キィンっ。柱に刃が跳ねかえったその刹那であった――


「逝ってらっしゃいませ、狼の頭領様?」


 ギュンッ――――――――――


 鉛色の銃弾は真っ直ぐに放たれ、スピードも衰えることなく狼の心臓へと。その間わずか数瞬のことであった。

 痛みに表情を歪めるものの、ヴァンは剣を文に向けて精一杯振りあげた。

「道連れにしては品がない。この子に勝とうなんて百億年早いよ」

「が……はっ……」

 グンと圧力を増して落ちてきた刃を文は、素手で受け止めた。当然ながら手の平は切れ、血が流れ出しているのだが。

 そのまま刃を握って、文は容易くそれを折り曲げて粉砕した。

 その光景を呑みこめずにいるヴァニッシュの前で、文はヴァンにさらに数発撃ちこんだ。

 狼の頭領のがっしりとした体をもやすやすと貫き、目を見開いたまま彼は地面に崩折れた。

「あぁ、嘆かわしい――私は昔、キミを愛していたよ。そこそこめんどくさくないほどにはね」

「……兄さん……?」

「君の手が煩わせないように私直々に殺して差し上げた。この子の能力は本当に未知数――」

 自身の手を眺めながら、文はそう呟くように吐いた。

 砕け散った刃の破片をつまみ上げ、ヴァニッシュは表情を殺して文を見上げた。

「……殺す」

「あっはっはっはっはっはっはっは!どうぞ、ご自由に。私はいつでも待っているよ」

「嘘吐き」

 人形のように言葉を紡ぎ、ヴァニッシュは柱の陰から姿を現した。

 ぴくりと小さく文は反応した。

「……私直々に、君も殺す。ヴァン亡き今、あの道化を演じる理由はなくなった」

「嘘吐き……あんたの言うことは嘘だ」

「なら、証明してみろ。私の嘘がどこまで嘘なのかを」

 ――ほたりと、花弁が一枚落ちた。

 同時に放たれた弾丸は空を裂き、互いの頬を掠めて落ちた。

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