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感情の果て

「……何も聞きたいことはないし、何も言われたくない。あんたのせいで、何もかもがめちゃくちゃだ」

「そうか。だから殺しに?」

「――うるさい」

 まやかしにすがって生きていられるほどに強くない。この空間をぶち壊すために、兄さんを殺す。

 死ねばいい――死んで償え。

 銃を構え、ヴァニッシュはヴァンめがけて駆けだした。

「あんたがいるからっ……!!」

「っ……」

 銃弾を避け、ヴァンもほぼ同時に駆けだした。

 キィンッ、ガンッ、バシュッ――

 当たって弾け、砕けて散る。動きが俊敏で当たらないところは、流石に【狼】の一族といったところなのだが。並んで駆けても、相手の方が能力は上に感じる。

 はっと息を吐き、ヴァニッシュは地面を蹴って高く跳躍した。

 そのままヴァンの頭部をめがけて、ヴァニッシュは何度か引き金を引いた。

「――朽ち果てろ」

「“覚醒”しようとも、お前なんぞに負けるとでも?思いあがるな」

 髪が乱れ、鮮血が散る。嗤っているのか、口端が歪んでいた。

 狭められた距離に、ヴァニッシュは銃身をヴァンに叩きつけた。

 ギィッ――と鈍い音を反響させ、それは受け止められていた。

「……もう、父さんや母さんのいたあの頃じゃない。お前は自由にしていればいい――そう思っていたのに!」

「じゃあ、どうしてそのままにしなかったんだよ!俺はっ……僕はただ、逃げたかったのに!」

「っ……何も言わずに、死んでくれ」

 理不尽――兄さんはいつだっていつだって、一人で抱えて、理不尽に人を引きずりまわして、馬鹿みたいに孤独を演じて、結局は自分も周りも全部を壊して――

 剣呑に目を細め、ヴァニッシュはヴァンの胸部を蹴り、距離を取った。

「あんた――そういうとこ、全然治ってない。俺を捨てて、種族を守る方に走ったとこは評価できたのに――なんで今更、未練がましくさっさと殺さないんだよ!」

「……うるさいぞ、化け物」

「……あんたがはっきりしないなら、昔みたいにっ……」

 カチカチうるさい時計の音。歯車が廻り、視界がぼやける。

 不敵に笑うお前が許せない。許すはずがない。許すわけがない。

 ガシャンとリロードの音をさせ、ヴァンは表情をなくして言った。

「――同族殺し」

「そんなの……あんたに言われなくてもわかってる」

 どんなに攻撃しても、四肢をもいでも、殺しても。そんなのに意味なんてあるわけない。それがわかっているからこそ、余計に殺したくなる。恨みつらみが重なっていく。

 牙をむき、ヴァニッシュはヴァンに照準を定めた。

 片目を閉じて見えた、あまりにも崩壊的に美しい世界に――憎むべき世界が。

「永久に苦しめ――俺の分まで全て」

「っ――」

 怯える風もなく、ヴァンはただ銃口をじっと睨んでいるばかりであった。

 ギリッとはを軋ませ、ヴァニッシュは引き金を引いた。

 ガァンッ――咆えるコエが、真っ直ぐにヴァンを打ち砕いた――

 戦火のように咲く花々。真赤に赤く、枝垂れて、そして――華やかに甘く。

 地面に膝をつき、ヴァンは胸部を抑えて倒れ伏した。

「……これで……全部……」

 腕を下ろしてダラリと空を仰ぎ、ヴァニッシュは口端から零れ落ちる血を舐めた。

 腑に落ちない。苦しいなんてとうに忘れたはずなのに――


「ボンソワァル……マドモアゼル」


 どこぞやで聞いたことのある声。吐き気がするほどにイラつく。

 銃を持ったまま振り向き、ヴァニッシュはダルそうに呟いた。

「……折角殺せそうだったのに、邪魔しないでよ。お陰で急所外しちゃった」

「急所を外す?つまり、それはまだ壊れていないということだ。まだまだ楽しく遊べるだろう?」

「うっざい。それに、僕は男だし。頭でも打ったみたいだよ――お兄さん」

 カラカラと笑いながら、ひどく胡散臭く。ヴァニッシュは、面倒そうにその姿を見ていた。

 自身の血に濡れて紅く、そうして微笑をたたえる。黒の燕尾服に厚いコートを羽織り、文が扉の前に立っていた。

「……やっぱり生きてた。危険な芽は摘むのに限るけど」

「私は君の知る、『牙城文』ではない――その体を借りて住みついた、古城の主である」

「あァ――知ってるよ。気持ちの悪い存在」

「っ……ムーンエッジか……」

 ふらつきながらも立ち上がり、ヴァンは文を見やった。

 静かに微笑を浮かべ、文は指を折って数えた。

「ヴァン、久しいとは思わないか。あの夢想世界では、存在できない存在としてしかこちらを見ることができなかった。とはいえ――あの子が私を殺したお陰で、こうしてここへ出てくることができたのだがね。素晴らしいキリストだろう?」

「……何用だ。これは、こちらの種族どうしの問題だ。【吸血鬼】となるのを諦めたお前には関係ないだろう」

「あるといえばどうなるか、考えたことはあるかな?君の低脳な頭では、限界もあるだろうが」

 挑発というよりは、むしろ嗤っているだけのようでもあった。それでいてクイズでも出しているかのようにおどけて――

 姿は文なのだ――しかし、中身は全く違う存在――

 手を差し伸べ、文はにぃっと笑んだ。

「積年の恨み、なんてそんなものはないが。あの子を苛めたお前たちを私は許さない。まぁ、そこまで執着しているわけではないけどね」

「……ノア・ジョーカーと同じような姿をして……初めは戻ってきたのかと思った」

「それはどうも。ノアは偶然だと思えばいい。この身体の子はその哀れな【吸血鬼】を愛してはいたがね――あの子は使えなさすぎる」

「お前が使えないほど、お頭がマシだということだろう」

「――君はいずれ死ぬ。そろそろおしゃべりをやめた方がラクに逝かせてあげられるだろう」

「どっちも黙れば?うっざいのばっか増えて――」

 低く呟き、ヴァニッシュは銃口を文の方へと向けた。

 にこにこと笑んだまま、文はその銃口に手をかざした。

「撃てばどうかな?狼君。その代わり、この身体が吹き飛ぶ。私の魂はもうすぐ消えるが――君の痛みは残り続ける」

「――何のためにここへ来た。

「ははッ……愚問だ。世界の変革!それを心から望む、憐れな哀れな私目でございます」

「ふざけないで。うっざいって聞こえない?」

「聞こえない聞こえない。愛を唄う声以外は、何もこの耳には入らない」

「――死ね」

 ガゥンッ、ガゥンッ!!

 獣性を響かせて何度か引き金を引き、ヴァニッシュは文に向かって蹴りを入れた。

 笑みを崩さず、文はその脚を強く掴んだ。

「蹴りは隙を生む。覚えておきなさい」

「その割には、服の端っことか切れてるけど?」

「アクセサリーだよ、おチビちゃん。少しはおしゃれの勉強もしようか?」

「黙れおっさん。何年生きてんの」

「ちょいと八百年ほどね」

 ヴァニッシュの脚を離し、文はにこりと笑んだ。

 そしてそのままチャッと銃を構え、文はヴァンに向けて発砲した。

 いやに軽い発砲音が、室内に響き渡った。

 ヴァニッシュが振り返るころには、ヴァンは再び地面に膝をついていた。

「……お前……」

「あぁ、大丈夫、心配しないで。私は別に、ヴァンを葬りたいわけじゃない。もっと崇高な意志があるんだよ、マドモァゼル」

「話聞いてんの?あったま悪すぎ」

「馬鹿というなれば全てがそう見える。君は、オシャレとともに勉強もしようか」 

 ガシャンとリロードを完了させ、文はヴァニッシュの胸ぐらをつかんだ。

「――私が君を殺すか、君がヴァンを殺すか――もしくは、私がキミを殺すか。さァ、遊ぼうか」

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