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思い出


                   *    *    *


 時間が足りない――あぁ、足りない足りない。これ以上引き延ばすことができなくて、ジレンマに苛まれていく――

 苦しい、苦しい。だから何かを求めるのだが、きっと叶うことはない。

 もう、何時間たったのか――何度も何度も頭の中を低回するその謎が、今はただただ苦しいだけ。

 ぐるぐるぐるぐる――もう、何も考えたくない。

「――吐き気がする」

 壁を蹴ってみても、鈍い音が戻ってくるだけ。他には何もない。

 

 あと一日――


                  *    *    *


 ガッゴンドッゴン。バサバサドサドサ。

 上から右から左から。次々と本の飛び交う中に、二人はため息を吐いた。

 見つからない――目当ての本は、この城の中にある本の中から探し出すにも百万冊分の一の確立なのだ。いちいちぱらぱらめくっている時間はないし、しかしそうしないと求める物へのヒントが少なすぎる。

 次々と本を漁って本棚をひっくり返す文を眺めて、マリアは口を開いた。

「……昨日あれだけ探してもダメだったのに、見つかるかしら」

「うるっさいな!伯母様は黙って見てればいいでしょう!」

「はいはい、わかってるわよ。B君まで真剣になっちゃって……あぁ、嫌だこと」

 暇そうにのたまい、マリアは二人を交互に見やった。

 どれほど探しても見つからない――本当にここにあるのかと、心配になるほど。

 ふわぁとあくびを一つし、マリアは足元に落ちていた本を一冊拾い上げた。

「――本当は違うんじゃないかしら」

「は……?」

「ここにはないんじゃないかってこと。わかる?」

「……何でそんなことっ……!」

 せっかく探してたのに、やる気を削ぐようなことを今。そんなこと、何を考えて言っているのかわからない。

 にこりともせず、マリアはジュースを飲みながら立ちあがった。

「だって、そうじゃないかしら?これだけ探してもないんだもの、ありはしないわ」

「――その根拠は」

 先に口を開いたのはノアだった。

 食いついたか、と確信めいて、マリアは言った。

「あなたが持ってきた本じゃないかしら?これだけ探しても見つからない、つまり、A君の夢の中の人物はあなた達を昔から知っている――この解釈はおかしいかしら」

「……何が言いたいのかは分かるが。その解釈の真意は?」

「賢いと助かるわ。つまりね――」

 箒を手に取り、マリアは再びとんがり帽子をかぶった。

 カーテンをはためかせ、風が強く吹き抜けた。

「――近くにあるわよ。すぐ近くに、きっと」

「……言われるまでもない」

「あら、そうかしら?――ん、もう時間だから行くわね。『地味に』あなた達の後援をしてあげるわ」

「あぁ、了解した。いいな、文――」

 ――そこに、文はもういなかった。

 吹き出して声をあげて笑い始め、マリアはノアに言った。

「行ってらっしゃいな、あなたも。あの子が心配でしょう?」

「……帰ってくるまでに失せとけ」

 そう言い残し、ノアは急いで文を追った。

 窓からひらりと外に出、マリアは箒に座った。きっちりと服の乱れも直して。

 そうして――遠方より吹いてきた風と共に、その身をそれと同化させた。


                        *


 階段の上、まさかの自室――

「文!てめェっ……!」

「ぐぇっ!?」

 背後から首を絞められ、文は濁った声をあげた。

 短時間でえらく荒らされた部屋を見て、ノアは呆れたように息を吐いた。

「……仕方ない。手伝うが、いきなり消えやがって……」

「ご、ごめん……けど、思い当たるのってもうアレしかない気がして……」

「……あの本は、本とは言えんぞ」

「そう思うってことは、ノアも思い当たるんじゃないのか?」

 古い古い昔のことだ。あんなものは言われるまで忘れていた。

 少々悲しそうな眼をして、文は天井を仰いだ。

 木目を睨み、ノアは音が聞こえる程度に舌打った。

 ガンッという音とともに、天井に穴が空いた。

「……穴開けるまでする必要あるのか?」

「ある。――これか」

 ずるずると、低く何かを引きずる音。ビニールの袋のようだが、そんなものはない。

 音を立てて床に落ちたのは、十冊近い本の束であった。

 色あせたその一つ一つを愛おしそうに眺めて、文は言った。

「――全部、燃やそっか。さっさとやっちゃおう」

「……いいのか?」

「ダメだと思ってんのか。こんなもん、気付かなかったのがおかしい――」

 あせた記憶だ。記憶をわざわざ掘り返すなんて、夢の中の人はひどいことをしてくれる。

 一冊一冊の中に書いてあるのは、大したことじゃない。何冊もあるが、全てまとめても数年分にしかならない。

 ――『日記』なのだ。幼いころに二人で書き連ねた、記憶の断片――

 しかし、文はふとあることに気がついた。

「……うん?」

「おい、どうかしたか。焼くんだろう」

「……いや、何でもないよ」

 埃が全くと言ってもいいほどに積っていない。頁も、ところどころは破れているがそこまでひどくない。

 ――ノアが持っている本。

 つまり、あの猫が行っていた通りにこれがノアの持っていた本ならば。

 ずっと――俺に隠れて読んでいたのか。思い出にふけるために?

「あー……ノアらしいよな」

 独り言をつぶやき、文は先に行ってしまったノアを追った。本を両腕で嬉しそうに抱えて。

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