訪問者は侵入者 Ⅳ
昔から――ずっと化け物なんだ。
馬鹿にされて、蔑まれて。それはすべて、この身体に中に流れる濁った血のせいだ。
どんなに愛しても、近づいてみても。
肉親ですら、自分を避けた。
それでも殺されなかったのは、兄さんがいたからだろう。
誰からもかばってくれて、必死で自分を守ってくれた。
―――やっと、思い出したんだ。
自分を捨てたのは、兄さんだ。あの街に置き去りにしたのは、その愛情の裏返しだ。
それしか方法がなかった――でなければ今頃俺は身内に殺されていただろう。
愛してはいた――けれど、納得なんて。
――もう、何時間過ぎたのか。
逃げることは不可能――伝える手段もない。もしかしたら、全然進んでいないかもしれない。
どうすればいい――
どうすれば―――
* * *
ガッタンバッタンと音を立て、本が崩れ埃が舞う。
日が落ち――それでもまだ、見つけられない。どれほど探しても、お目当ての物は手に入らない。
どうして――欲しいものなのに。
「――おい。本当に本なんだろうな」
「え――?何、今更」
「真実を知るのはてめエだけだ。さっさと全部吐け」
「吐けって……わかってるのは本ってことくらい。あと、持ってんのはノア」
「俺がいつも持っている本は大したことが書かれていない。大体てめェ、誰に会ったんだ」
「……ノア」
そうだ――俺は、夢の中でノアによく似たヒトを見た――とても綺麗な、美しいヒト――
怪訝そうに小首を傾げ、ノアは文の胸ぐらをつかんだ。
「……俺と会った、だと?」
「そ、そう……ちょ、苦しい……」
「俺に似たやつだろう、それは。他に特徴は」
「涙みたいなのがほっぺたあって、礼服着てて……あと、喋り方が変」
「――化け物じゃないか、本物の……」
突然表情を暗くし、ノアは文の首をさらに絞め上げた。
ぐぇっと、文の喉から声が漏れた。
「あの、離してくらさい……」
「……そいつ、てめェにその本を頼んだんだな?」
「そ、そう。それが何?」
「――そいつか――よし、さっさと探せ」
「へ……?」
「そいつの思うどおりに、ぶっ壊してやればいい。てめェが壊れても、この俺が止めてやる」
「……ノア、誰かわかったのか?」
「一応は。何となくだが」
確信めいてそう言うと、ノアはようやく文を離した。
ドスンと床に落ちると、文はゲホゲホと咳込んだ。
「な、何となくって……ホントかよ」
「俺がてめェに嘘なんて吐くか?信じろ」
「信じてるけど……訳わかんねぇ……」
「問題は、そこへ行くまでの時間稼ぎだな。そろそろ本気でヤバい」
一方的にすべてを把握しているようで、ノアは文に語って聞かせていた。
一人クエスチョンマークを顔に浮かべ、文はノアに尋ねようとした。
――がっしゃあぁあぁあん!!
「っ!?え、何!?」
「こーんにーちはぁ。って、もう昼だけどね」
「……はぁ。何の用だ」
ひらりとスカートをなびかせ、黒の魔女が窓をぶち割って侵入してきた。
呆れたように、ノアが窓ガラスを手で拾い集め始めた。
「毎度毎度面倒な……わかっているのか、てめェ」
「あら、レディの始末は愚鈍な男がつけるものよ?私って罪な女よねぇ」
「……あぁ、そうですか」
ニコニコと微笑む懐かしくも会いたくない【魔女】、マリア。それが仁王立ちで二人を見下ろしていた。
黒い影が、ぽかんと口を開けたままの文に近づいた。
「……B君とベタベタベタベタ……見てられないわ。こっちまで赤面しちゃう」
「ふぇ……?何それ、そんなにベタベタしてる感じはないけど……」
「十分してるわよ。あの子ともベタついて……どれだけ気が多いのよ。というか、いい加減色々と気付きなさい」
「もういい、それくらいにしてやれ。で、何の用だ」
ガラスの破片をゴミ箱に収め、ノアはマリアを睨んだ。
ふんと鼻を鳴らし、マリアはノアに向けて溜息を吐いた。
「何の用ですって?理解力に欠けてるわね、珍しく」
「……暇なのか、としか思い浮かばない。今は急いでいて、相手なんかできないぞ」
「子供扱いしないで頂戴。それに、知ってるわよ。あの狼君、連れ戻されたんですって?」
「……だから、どうした」
剣呑な空気を醸し出し、ノアはマリアを睨んだ。
にこりと笑み、マリアは静かに窓の外を指さした。
「――向こうの谷の奥、そこが住処よ。行くんでしょう?」
「……どうして教えるんだ。何が狙いだ?」
「別に。本音を言うなら、リリスに悲しまれるのは嫌なのよ。あの子は私の親友だから」
「――それ以外の理由は」
「ないわ。もしも理由があるのなら、あなた方への愛情かしら」
嘘臭くのたまい、マリアはふふっと声をあげて笑っていた。
と、不意に文ががしっとマリアの胴に抱きついた。
「ありがとうっ、伯母様!行って、助けてくるから!」
「……可愛いわねぇ、犬みたい。B君よりも愛想がいいわ」
「俺と比べるな。で、文。策はあるんだろうな」
「……そんなのあるとでも思ってんの?」
策なんてそんなもの。必要なのだろうか。
呆れたように、ノアは足元に散らばっている本を拾い上げた。
「……では、本を見つけ次第行くぞ。わかってるな」
「うん、了解。伯母様は?」
「行かないわよ。他にすることがあるの」
「――そうか」
目で会話を終え、ノアは本を片付け始めた。
明るく輝く陽を仰ぎ、マリアは剣呑に唇を噛んだ。
あと二日――