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あなたのために

「で――てめェは、何を見たんだ?」

「んー……何か、綺麗なとこ……よく覚えてないけど」

 血も止まり、ようやく話せるような状態になってきた。さっきまでの自分はどうかしていたらしい。

 にこりともせず、ノアは腕を組んだ。

「……どれほど、綺麗だった?てめェが戻ってこなくなるくらいにか?」

「それはない。こうして、ノアに会いに戻ってきた――」

「ほざけ。俺なんかのために、戻ってくるか」

「文句言わない。俺――ノアのこと、嫌いなんだぜ?」

 刹那として無言に。ノアは、案外こういうところがわかりやすい。

 にぱっと笑んで、文はノアの唇をぺろりと舐めた。

「……ダイジョーブ。俺は、ノアを愛してるよ」

「っ……もういい、馬鹿らしいっ……言われずとも、俺は――」

「……そういうとこも、好きだよ。傍にいてくれて、ありがと」

「馬鹿にしてるのか、てめェ……」

 純粋に好きなのに。どうして怒るんだ。

 すっとその場から立ち上がり、ノアは不意に文に尋ねた。

「で?あの狼、どうするつもりだ」

「ヴァニッシュ――そんなの、決まってんじゃん」

 守れなかった。それも、二度も――

 誰かが囁く、頭の中に。それがひどくざわついて、ぐるぐると回っている。

 頭が痛い。いつもよりも、何か違う。意味とわけのわからない痛さなのだ。

 そうかと軽く相槌を打ち、ノアは窓の外を眺めた。

「――綺麗な朝だな」

「何それ……らしくないこと言わないでよ」

「らしくないも何も、事実だ。そんなこと言い始めたら、てめェだってらしくない」

「は?俺?」

 何かしでかしただろうか。さっきのことは過ちだ。そんなことわかっているくせに。

 部屋の本棚を片っ端から調べ始め、ノアは聞こえるくらいの音量で舌打った。

「――俺の本だと……?ふざけやがって、何を考えてやがる」

「は……?ノア、どうしたんだよ」

「――てめェの能力――血を吸った相手の情報を読む能力は、別にてめェだけのものじゃねぇ。俺だって、少しはわかるんだ」

「へぇ……って、はぁ!?」

 何のこともなくそう言い、ノアは何冊か本を抜き取った。

 慌ててノアの傍へと行き、文は尋ねた。

「何で……打算か!?」

「そう、打算だ。その為に血を飲ませてやった」

「何だよそれ……」

「少ししかわからない。だから、あまり深いことまではわからないが……」

 静かに、ノアは文を見やった。

 ドクリと、文の心臓が跳ねる。

「――少しでも、てめェの力になりたいんだ」

「っ……だぁあああぁっ!卑怯!!んなこと言うな!」

 こんなにも甘く――あぁ、俺の馬鹿野郎。

 一緒に本を探し始め、文は真っ赤に染まった顔をぐしぐしと手の甲で擦った。


                  *    *    *


 コツ……コツ……。

 冷たく暗い鉄の世界。その外を、足音を響かせながら誰かがやってくる。

 ガシャンと音を立て、目の前の長いいくつもの鉄塊の間に誰かが顔をのぞかせた。

「よォ。心の準備はできてるか?」

「……何……馬鹿じゃないの」

「ふん。馬鹿とは聞きがたいな」

 ニッと笑んだ、その男。自分を見つめては、その醜さに嗤っている。

 檻の中で繋がれたヴァニッシュをヴァンが嗤っていた。楽しそうに、嘲笑って。

 傷だらけの身体を引きずり、ヴァニッシュは言葉を吐いた。

「……あんたなんて、死ねばいい。さんざん俺を放っておいたくせに……」

「力に気がつかなかった。最近になってようやく、お前が必要になったんだ」

「下衆だ。兄貴は昔っから……!」

「兄弟喧嘩は嫌いだ。なぁ――?」

 檻の間から手を伸ばし、ヴァンはヴァニッシュの頬を撫でた。

 噛みつくように首を強く降ってそれを拒否し、ヴァニッシュは叫んだ。

「俺を化け物にするつもりなんだろ!?あのクァトロって奴みたいにっ……!」

「――何を言っている?」

「その通りだろ!?俺を改造するつもりで――」

「違うな。何を言っているんだ、お前は」

 茶化されているのかと思えば、そうではなかった。

 至極真剣に、ヴァンはヴァニッシュに言った。

「お前――本当に記憶が抜けてるんだな」

「はぁ!?何言ってんだよ!」

 光も差し込まない暗い牢屋。眼の前には血を分けた兄がいるが、それはもう大嫌いな存在と化している。

 腕を組んで火の点いていない煙草をくわえ、ヴァンは再び嗤った。


「お前は――元から『化け物』だろうが」


 化け物――化け物――化け物――――!?

 わなわなと震えるヴァニッシュに、ヴァンは追い打ちをかけるかのように言った。

「俺よりも化け物じみてやがる。三日月の日にしか能力を発揮できないのは難点だが――」

「……ふざけんなよ……あんたなんかと一緒にすんな!」

「【魔女】の力を借りて能力を抑え込んだり、月の日は雲でそれを隠したり――流石に月そのものを消し去ることはできないらしいが、それが今までお前が狂わなかった理由だ」

「っ……化け物なんかじゃ……ない!!」

 嫌だ――嫌だ――もう思い出したくない――――

 古い記憶の中でみんなが嗤う。自分を嗤って、嗤って――それがやまない。

 怖い――――好きな人も遠ざかる――――


 俺を見ないで――


 文―――――――――――!!


「……明後日になれば、お前は“覚醒”する。それまで、記憶を思い出しておけ」

「は――」

「――もう壊れたか?脆弱者め」

 憎しみをこめて言い放ち、ヴァンはマントを翻してその場から去った。

 ぐったりとうなだれて、ヴァニッシュは膝を抱えた。

 大切な、大好きなヒト――

 それに「来ないで」と願いながら。

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