表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/51

ア イ シ テ ル

 さて――どうするか。

 敵に有利なこの状況。数では圧倒的にこちらが不利だ。勝てるなんて保証もない。

 ヴァニッシュを渡すわけにはいかない。この身に変えても守りきる。

 ノアはクァトロを抑えるのに必死だろう。あのもう一人をどうにか止めないといけない。

 しかし――こっちにも、でかい狼がいる。どうしようもなく、ピンチに変わりなし。


 ――逃げたいのにって――体が叫ぶ――


「――ヴァニッシュ、下がってろ。絶対に捕まるなよ」

「……無理」

「は?うん、それは無理」

「ヴァンは――怖いんだ――昔から、ずっとずっと――」

 あぁ、もう。可愛い――なんて、そんなこと思っている場合ではないのに。ついつい体がそう思っている。

 ヴァニッシュの手を掴み、文はヴァンに言った。

「――兄弟に、何で怯えられるようなことしてるんだよ」

「お前にわかる話ではない。だから、言うつもりはねぇよ」

「はぁ?馬鹿にすんな、今の今まで放っていたくせにっ……!」

「――――責められるのは、俺ではない。そいつの行いだ――」

 ギィンッ――再び、大剣が文の腕で止められた。

 “覚醒”したクァトロを相手にするノアは、逆刃でクァトロをはじき返した。

「っ、文っ!」

「――ダイジョーブ。守るから」

「そんなことは当然だ!っ―――――能力くらい、発動させてみろ!」

 化け物じみた力のクァトロ一人を相手にしながら、ノアは文に叫んだ。

 刃をはじき返し、文はヴァニッシュの腕をつかんだまま、ヴァンと距離を取った。

「――無理だよ。体が……動かない……」

「っ……あぁ、馬鹿野郎……っ!」

「……能力?」

 不思議そうに、ヴァンがちろりとカルヴォを見やった。

 周りの狼を退かせていたカルヴォは、本を閉じて静かに言葉を紡いだ。

「――さぁ、知りません。【吸血鬼】は、私の興味の対象外だ」

「そうかい。で――殺しちまっていいのか」

「勝手になさい。私の目標は、あくまで――その『化け物』だ」

 ゾクリとするような低い声。狂気を孕んだその瞳は、じっとヴァニッシュを見つめていた。

 ふよふよと漂う浮遊物をボールのように手の中で跳ねさせ、文はヴァンの隙を窺っていた。


 そして――刹那。


「っ―――――――はぁああぁああぁぁあ!!」

「へぇ――攻めてくるのか……受けて立つ!」

 刃に対し、武器は武器とは言えないようなコレのみ。それでも文は、まっすぐに駆けた。

 髪をなびかせて剣を構え、ヴァンは楽しそうに笑った。

 地面をジグザグに駆けつつ、文は浮遊物を手放した。

 文に従って忠実に地面に何かを描くそれは――ヴァンと文を囲む巨大な円を作り上げた。

 古い古い――魔方陣を。

 一瞬にしてそれを感知し、カルヴォは叫んだ。

「――っ!ヴァン、避けなさい!」

「は――」

「――――[ヴァンパイア・ブラッド]」

 剣が振り下ろされる前に、文は浮遊物に手を触れそう呟いた。

 闇の中で明々と輝きだした魔方陣は、カーテンのように別の『闇』をその場に出現させた。

 避ける間もなく、闇は三人を包みこんだ。

「っ――文っ――!」

「――クァトロ、殺っておしまいなさい!」

 文の方を懸念したもののくだされた手を見過ごさず、ノアはすぐに回避行動をとった。

 ほんの少しノアの腕をかすめ、クァトロはニィッと笑んだ。

「っ……言葉さえなくしたか、化け物……っ」

「私の傑作ですよ。哀れな哀れな、失敗作――」

「――失敗作を何故大切に扱う?化け物どうし、馴れあっているのか」

「――私は……自分の愛した人を――この手にかけたんですよ。愛し続けた、一人の優しい狼人を――」

 自虐的に笑み、カルヴォは本を開いた。

 ぐっと体勢を低く構え、ノアはクァトロを睨んだ。

「……私は、あなたと同じですよ。ノア・ジョーカー」

「同じ――?馬鹿を言うな、化け物」

「ふ……はははっ……!同じ化け物のくせに!何を偉ぶって―――――お前たち【吸血鬼】は!!」

 カルヴォの感情の高ぶりとともに、本から文字が螺旋を描いて溢れだした。

 背後では、闇が球体と化して三人を包んだままだった。その姿はおろか、音さえしなかった。

 回る回る文字――それは、風のようにクァトロを包み込んだ。

「私は……あなたが憎いです。だから、殺したい」

「……初めてあったようなやつに、何を言う」

「素性を知っていますからね―――一族を裏切って愛を貫いたあなたを。私には叶わなかった、それを成し遂げたあなたを――!!」

 嫉妬。妬ましい妬ましい―――――妬ましい――――!

 眉をひそめ、ノアは鎌の柄を強く握った。

「妬み――?」

「――――“第二覚醒”」

 文字が脱皮をするかのように剥がれ落ち、やがてクァトロの姿を見せ始めた。

 全身を覆う銀色の毛並み。目は爛々と蒼く輝き、服の切れ端がところどころに残っていた。表情だけは、まだ人の姿を保っていたが。

 牙をむいて笑うその狼に、ノアはひどい嫌悪感を覚えていた。その姿形が気色悪いと言うだけでなく――

「――堕ちたな」

「何とでもほざきなさい。―――殺す」

 グゥン――と、空気が重力に震えた。

 駆けてくる、化け物と呼ぶにふさわしい銀狼。それは段々と加速し、雑草を散らしてノアに強く体当たりを繰り出した。

 それを避けることなく鎌で止め、ノアは苦しそうに言葉を吐いた。

「っ……うちの馬鹿な研究員と同じだ――苦しむ癖に――やめようとしない」

「がああぁぁあぁああぁぁあぁああぁぁぁあ!!!!」

 痛烈にして鮮烈。その慟哭に似た咆哮は、ノアの耳をつんざいた。

 耐えるのにも限界が生じる――前とは似ても似つかないほどの馬鹿力に、ノアは知らず知らず後ずさっていた。

 にやりと不敵に、それでも苦しそうに笑むクァトロは静かに空を仰いだ。


 ―――――不意に、ノアの背に大量の液体が散った。


 生ぬるい、気持ち悪くまとわりつくその液体――闇の中でも、血なのだと、すぐに分かった。

 クァトロの顔にも散ったそれを見て、ノアは無言でその顔を斬りつけた。

「があああぁぁああぁあああっ……!?」

「っ……文っ……!!」

 嫌だ――嫌だ嫌だ嫌だ!俺を一人にするな!もう二度と、俺を離すなっ―――――!!!!


 振り向いたその先に立っていたシルエット。


 溢れだす血液に、鼓動が速くなっていた。



 ドシャリと地面に落ちた――紅に染まった愛しい人――



「――手こずらせやがって。腕が折れちまった……」

「……は……っ……」

 ぴくぴくと痙攣しているようだった。つまり、まだ生きている。

 髪も肌も、何もかもを真っ赤に――どうなっているかは知らないが、肉塊と化したような姿は、見るに耐えられないようなものだった。

 左腕をだらりと下げ、ヴァンは血に濡れたヴァニッシュを軽々と担ぎあげた。

「……意識がとんでるのか。こいつも……馬鹿だな」

「――――文」

「――お前、どうする?俺たちに攻撃を続けるのか?」

 ヴァンは、そう言って文の腹部を強く蹴った。

 まだ血を吐き、文はぐったりと動かなくなっていた。

 顔を斬られ動けなくなっているクァトロを見やり、ノアは舌打った。

「……そいつを連れていけ。もともと、そっちの者だろう」

「話の分かるやつでよかった。これで、何も心配事はなくなった」

 ふんと鼻で嗤い、ヴァンはマントを翻した。

 クァトロを気遣いつつ、カルヴォもそのあとに続いた。

 ――宵闇も終わる世界をただ――狼は去っていった。紅には目もくれず。

「――――文」


 再度、静かに呼びかけた。


「――――――――文」


 返事がない。


「文―――――」


 どうして――?



「―――――――――――――――文」



 動かない心臓。

 そっと抱きあげても、何も言葉はなかった。

 

 月が、綺麗な夜だった。


「っ……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 声にならない声が、次々とこみあげていた。

 止めどなく頬を流れ落ちるのは、熱く冷たい涙の大粒。


 もう返事を返してはくれない、止まった時の愛しいヒト――


 赤黒く変色した血液を気にも留めず、ノアは文を抱き上げたまま城への道を歩きはじめていた。

 ひどく醜い自分。それを嗤うなら、勝手に嗤えばいい。


 だから―――――――――


「……………………愛しているよ」


 聞こえなくても――傍にいて――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ