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至上の慕情

今回、少し短めです

                                              .

         *     *     *


 好きな血と嫌いな血――

 他人から見れば大差はないだろう。けれど、それを食す影の者としては大いに関係がある。差だって、半端じゃないほどに。

 『処女の血液は美味』、『老人の血液は飲むと心が腐ってしまう』、『子供の血液は好き嫌いが多い』――なんて、そんな噂は数え上げればキリがない。といっても、嘘偽りも交じる中で真実はあまりにも薄い。

 たとえば――

「『同族種の血液は禁忌』――」

「っ……今更、それがどうしたんだ……っ」

「いや、別に?気にしないでいいから」

「てめェはいつもそうやって隠しごとを……」

「はいはい。ノアにだけは、ちゃんと言うから」

 惜しげもなく頬にキスなどをしてみる。それでも、舌打ちをしつつ受け入れてくれる。それだけで、ずっと幸せでいられる。

 そんな俺をノアは馬鹿だと言う。けど、馬鹿でもいいからノアを独占のままにしておきたい――

 ということで、甘えてやろうか。

「ノアぁー……おなかすいたー」

「知るか。何年物が欲しい?」

「んー……ノアが欲しい」

「黙れ。そしてくっつくな」

 これでからかうこともできるのだが、今日はやけに怒っている。昨日のことをまだ怒っているのかと、そんなことを聞きあうような野暮な仲じゃない。

 暑そうに顔を煽ぎ、ノアは立ち上がった。

「少し、外に出てくる。ここにいろ」

「え、日が出てんのに?」

「噂とやらの真偽を確かめてくる。これ以上拡大しているようならば正式に我々の住処を荒らしたとして存在を消滅させてやる。うざいだろう」

「うざいって……」

 そこまで噂なんかに固執していたのか。珍しい。

 ふんと文を鼻で嗤い、ノアはその頬をつねった。

「てめェのためじゃないからな。あくまで、自分のためだ」

「……え、誘ってんの?」

「馬鹿を言うな。ついて来たいなら黙って来い」

「どうせかご持ちじゃん」

「なら、来るな」

 王道のツンっぷり。けど、そんなノアが好きなのが自分だろうと、そんなのわかってる。

 軽く返事をし、文はノアとともに部屋を出た。


                *


 バスッと、漆黒の日傘が開かれた。

 やはり、ノアだけは日に弱い。そんなところは他の吸血鬼も同じなのだが、ノアはそれなりには太陽にも強い。だが、長時間当たるとそれだけ月光を必要とする。月の出ない日などは本当にノアが死ぬんじゃないかと心配さえした。

 日傘を差し、ノアは長いローブの帽子をかぶった。

「イラつく……何なんだ、この光は……」

「俺は好きだよ。ほら、行こっ」

「コラ、待てっ!」

 だーっと勢いよく駆け出しても、ノアは優しいから付いて来てくれる。それでも、ちゃんと追いつくように加減はするが。

 そこまでも続くかのような青の草原を走り抜け、うっそうとした森も突破。何もかもが今日にいたっては順調だ。

 ――そうして、駆け下った世界には一気にカラフルさが増した。

 まだ夏祭りの余韻の残る街に足を踏み入れ、文は振り返ってはしゃいだ。

「なぁなぁ、次は“ひぐらし祭り”だって!いいよなぁ……」

「ぜぇっ……はぁっ……っぐ……!」

 息を切らし、それでも優雅に日傘は持ったままノアはようやく文に追いついた。運動量は熱量とくわえて多い筈なのに汗は一つもかかずに。

 うりうりとその頭をなで、ノアは笑った。

「大丈夫?汗かかないなんて、いい体だよなぁ……」

「うるさいぞ、セクハラ魔……っ」

「される方も悪いよ。ほら、髪が乱れてる」

 伸ばした手は、あっさりと払われた。

「さて……茶番はいい加減にして、情報を集めるぞ。てめェも見直してほしかったらやれ」

「えぇー?やったら、何くれる?」

「は?何のことだ」

「報酬。キスだけじゃ、許してやんねーよ?」

 答えなんて聞くまでもない。言った者勝ち、宣言は絶対だ。

 くるりくるりとその場で回ってみせ、文は再び駆けだして行った。


                  *


 ――さて、どうするか。

 あのドアホは勝手に駆けて行ってしまった。悪いが、キスだのなんだのは断らせてもらう。

 どうせ――奪われてしまうだろうが。

 手のひらに残る体温はすぐに消えてしまう。髪を触られそうになっただけで動揺するなんて、自分らしくもない。血を飲ませはするが、自分は文の血が飲めない。あの体に触れただけで熱くなり、すっかりあちらのペースに呑まれてしまうから。

 だから――あいつに褒美なんてやれない。

 深くフードをかぶり直し、ノアはザクザクと歩き始めた。

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