表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/51

景観を見に


             *       *       *


「……んー……あー……」

 いつの間にか――いや、わかっていたのだが――眠っていた。

 何故か朝陽。一晩眠って、朝になってしまったらしい。

 隣にも、どこにも。もう人はいなかった。

「……ヴァニッシュぅー」

「んぁ?……何ー?」

 ひょっこりと、タイミングよくドアの陰からヴァニッシュが顔を出した。

 にぱっと笑んで、文はヴァニッシュの肩に両腕をかけ、飛び乗った。

「ぅわ、重いっ……降りてよ」

「え、嫌。ヴァニッシュだーい好きぃ……」

「っ……だから何!?重いから降りて!」

「……何怒ってんの。笑ってないと、ヴァニッシュらしくないー」

「うるさいな……っ」

 いやに不機嫌。こんなの、ヴァニッシュじゃない。何があったかは知らないが、とにかくなだめた方がいい気がする。

 無言で文をおろし、ヴァニッシュはふいとそっぽを向いてしまった。

 ぐにっと、文がヴァニッシュの両頬をつまんで引いた。

「いっ……いだだだだだだだ!?」

「なぁ、機嫌直せって。かわいいのに台無しだぞ」

「っ、うるさいって言ってんだろ!?あんた本当にうざいよ。だからノアにも嫌われるんだろ!?」

「……んー……嫌われてはいないから。少なくとも、まだ遊んでくれるし」

「……あんた、本当に馬鹿だよ」

 蔑むような、そんな目だった。口調も冷たく、表情も硬かった。当初出会った時よりも、ずっと。

 流石に堪え、文もそのまま黙ってしまった。

「……その態度、本気でやってたら嫌になるよ」

「――もういい」

「は?何言って――」

「ヴァニッシュ――大っ嫌い」

 子供っぽい――そんな言い分だ。でも、そんなことを本気でのたまっていた。

 一瞬ぽかんとし、やがて、ヴァニッシュは文の腕を強く掴んだ。

「――バッカじゃないの。あんた、何にもわかってない癖に」

「何がだよ!説明も何にもなしにっ……!」

「説明しなきゃいけないなんて、それでも【吸血鬼】かよ!ほんっとにお前は……っ!」

「――――いい加減にしないかっ!」

 ゴンッ、ゴンッ。

 二人の脳天に同時に拳が落ちた。それもかなりのダメージを与えて。

 一瞬くらくらとし、文は壁にもたれかかった。

「な、何するんだよ、ノア……」

「人が怪我で眠っているんだ。少しは気を使え」

「ごめん……」

 お怒りなのは見て取れた。包帯も少しほどけており、どうやら巻いている途中だったらしい。

 ぷくっと頬を膨らませ、文はノアにじゃれついた。

「ノーアー。血ぃ飲ませてー」

「甘えるな、バカ。――それと」

 ギロリと、ノアはヴァニッシュを睨んだ。

 顔を伏せ、ヴァニッシュはノアを見ようとはしなかった。

「……何を焦っている」

「さぁね……あんたは賢いよ」

「こいつが馬鹿なんだ。てめェ、自分ひとりでしょいこんだりはするなよ。俺にはお見通し――とまでは行かないが、大体はわかるつもりだ」

「わかって……わかってるなら……何も言わないでよ」

 それだけ言うと、ヴァニッシュはただ黙ってその場から消えた。まるで、逃げるかのように。

 ノアの首に腕をからませて、文はさっきと打って変わって真面目な風に言った。

「――何か、あるんだろうな。話さないけど」

「わかってるのなら、何か言ってやれ。馬鹿じゃなく」

「馬鹿だよ、俺は。――血を飲めば、ヴァニッシュの考えがわかるけど……あんまりしたくない」

「てめェだけの特殊能力だろう。何が嫌なんだ」

「……ノアの心も当ててやろうか」

 答えはいらない。やると言ったらやる。

 唇を寄せ、言葉が聞こえる前に文はノアの首筋に噛みついた。嬉しそうに笑みながら。

 痛みに耐えつつ、ノアは文をどうにか引き離した。

「離れろっ!バカか!?」

「……もっとくっつかせてよ。消毒薬の匂い好きー」

「知るか。で?喉でも渇いたのか?」

「――――ノア」

 小首をかしげて、文はノアを見ていた。

 じっと固まったまま、ノアはふいと文から目を背けた。

「……俺のこと、好きなの?」

「……嫌いだとして。何故、今一緒にいる?」

「あ……え、好きなの!?」

「嫌いでも、好きでもない。というか、そんなバカなこと言ってないであいつを追え」

「っ、わかってるって!」

 追うに決まってる。一人じゃ、何をしだすかわからない。

 駆けだし、一瞬ノアを見やって――文はすぐにその場から離れた。


                      *


 ――ヴァニッシュ――大っ嫌い。


 あんな子供みたいなセリフに。そんなのに、反応するのはおかしい。


 なのに――心が壊れるかと思った――


 あんなの、いつものことじゃないか。文にあんなこと言われるのも、冗談なのかとわかってるのに。

 昨日の――あの目が怖い。


 俺は、何なのだろう。


 頭の中で霞み、ぼやけ、残っている残像。夢なのか現なのかさえ分からない。


 “記憶”だと――そう、なんだろう。わかっているはずなのに。


「っ――――ヴァニッシュ!」

 城から出ようとしていたヴァニッシュの手首を、追ってきた文が強く掴んだ。

 驚いて、ヴァニッシュはぽかんと文を見つめていた。

 荒く呼吸をしつつ、文は汗を手の甲で拭った。

「ヴァニッシュっ……!ごめんっ!」

「……何で謝んの」

「へ……?え、と……その、えーとだな……」

 理由?確か、そんなもんはない気がする。

 そっと手を離し、文はヴァニッシュのフードの中に手を伸ばした。

「っ!」

「……理由、ないんだよ。なんか、俺が悪いから……許してよ」

 ふにふにふにふに。謝罪はしている。が、態度が悪かった。

 ヴァニッシュの耳をふにふにと触りながら、文はニッと笑った。

「ごめんなぁ……嫌いとか言って……」

「……訳わかんねぇ」

「いっつも、俺はこんなのだよ。……嫌じゃないの?耳触られるの」

 嫌だったはずなのだが。何も反応しない。

 八重歯を見せ、ヴァニッシュは言った。

「――――あんただから、許されるんだよ。本っ当に馬鹿だよな、あんた」

「……ぅわ、恥ずいからやめて。そんなこと言うな」

「今更何言ってんの。呆れるほど大馬鹿。死ねばいい」

 罵詈雑言を並べてイラつくヴァニッシュに、文はやんわりと笑んでいた。

 ゔっと、ほんの少しヴァニッシュが引いた。

「ひどいな……んじゃ、どうしたら許してくれる?」

「もういいから。付きまとうな」

「それはダメ。ヴァニッシュ、一人でどうにかするタイプだろ?リリスが心配するし、俺が怒られる」

「はぁ……?そんなの知らない」

「――ほんっと、素直じゃないよねー……」

 はぁと息を吐き、文はヴァニッシュの頬に手を滑らせた。

 殺気に近い何か――それを感じ、ヴァニッシュは瞬時にその手を払った。

「っ、何するつもり……っ!」

「――こうするつもり」

 ひょいと、軽々しく。

 まるでぬいぐるみでも抱くかのように、文はヴァニッシュを両腕で抱きあげた。

 一気に赤面し、ヴァニッシュはじたばたとその場で暴れた。

「なっ、何すっ……!?」

「いいからいいから。じっとしてなよ」

「じっとって……っ、降ろせ!」

 その姿はさながら赤頭巾のようであった。紅いフードは白い肌によく映え、瞳は潤んで星屑をちらしたようであった。

 数メートルヴァニッシュの抵抗に抵抗して歩き、文は街を見下ろせる場所まで歩きついた。

「んー……晴れてんなぁ……」

「晴れてるって……」

「――綺麗なんだよ」

 そう言って、文はじっと遠くの世界を見つめていた。飽きもせず、じっと――


 ――そこから見える世界はどこまでも美しく――どこまでも醜悪であった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ