シエスタ
* * *
眩しい――
存在が、眩しすぎる――――
俺を溶かしてしまうほどに、どこまでも暑く眩しく――
「……ん……」
何とまぁ……眩しい筈だ。陽が、思いっきり自分に射している。
自室のベッドで寝かされていたノアは、ゆっくりと体を起こした。
ふわりと――ベッドの脚の方で、何かがうごめいた。
「っ……なんだ、てめェらか……」
それ以外にいるはずはないのだが。なんだか、安心してしまった。ここまで堕ちた自分は、もうおかしいのかもしれない。
ヴァニッシュに文。二人が、子供のように寄り添って眠っていた。
くすりと微笑んで、ノアは二人を起こした。
「おい。いつまで寝てるつもりだ?」
*
声――愛しい愛しい、あのヒトの声――
はっと覚醒し、文はがばりと起き上がった。
「の、ノアっ……!」
「もう、昼になるぞ。大丈夫か?」
「体っ……えと、傷だらけで、手当てして、ヴァニッシュが包帯巻いて……!」
慌てて伝えていたのだが、どうにも慌てすぎて伝わっていなかった。それどころか、余計に困惑していた。
はぁと溜息を吐き、ノアは文に言った。
「わかった、わかったから。てめェが伝えようとしてるのはわかってるから」
「っ……生きてる……よな……?」
「死人に見えるのか、バカ」
死人になんて見えない。死んでたら、もうこうして話せない。
死なせて、たまるか。
包帯だらけのノアに抱きつき、文は声を殺すように言葉を吐いた。
「大好きっ……大好き、大好き……っ!」
「はいはい……わかった。痛むから離れろ」
「――嫌」
「我が侭言うな。俺が死んでもかまわんのか」
「そうじゃない……昨日、何があったんだよ。何で、ノアが傷だらけなんだよ……」
「――――それは――」
言っていいものか……もし、悪い方に転んだらどうする――?
じっと文の眼を見つめ、ノアは舌打った。
「……おい、狼。てめェも聞いてろ。つーか、起きやがれ」
「んぐっ……!?な、何っ……?」
「話だよ。ちゃんと聞いてろ」
にまりと意地悪く、ノアは笑んでいた。
寝起きでよくわかっていないヴァニッシュをよそに、ノアは窓の外を見ながら話し始めた。
――――。
「は……っ……化けモンどもめっ……!」
「お互いさまでしょう。さて――そろそろかたを付けます。じっとしていたら、楽に逝かせてあげますよ。邪魔なので、さっさと消えてもらいたいのです」
出血量が半端じゃない。このままだと、確実に死ぬ――!
さっと、男がクァトロに腕を払って命じた。
負傷のせいで動けないノアに、クァトロが猛スピードで迫った。銀の毛を揺らし、目をライトのように輝かせて。
と――強い光が刹那に閃いた。
「――ずいぶん手こずってるじゃない、B君?」
「仕方がないから、手伝いに来てあげたわよ。感謝なさい」
孤高の魔女――その一人と、見知らぬ少女がノアの前に現れた。
呆然としているノアの前で、クァトロはあっけなく二人の杖によってはじかれた。
「……リリスちゃん、もう魔法使ったの?」
「そっちこそ、卑怯よ。まだスタートって言ってないのに」
「合図なんて待たないわ。人生って、過ぎていくのが速いの。待ってたらおばあさんになっちゃう」
「もうなってるじゃない」
「何か言ったかしら?おばあさんになんてまだなってないわよ」
口喧嘩しつつも、かなり恐ろしい要素の残る二人であった。わかることとしては、ノアを助けに来たということだけであった。
キャンッと声をあげて地面に転がったクァトロは、すぐに体勢を立て直して唸った。
「あらあら、あれじゃあ犬ね。狼の誇りなんてものは、どこへ行ったのかしら」
「狼キラーイ。だって、獣臭いんだもの」
「仕方ないでしょう、犬なんだから」
「……どうして、ここにいるんですか」
「――怪我人は黙ってなさい。でないと、そのまま息の根止めるわよ」
ノアの表情も見ずにそう言って、マリアはニッと笑んだ。
ぶぉん……と、リリスの両手の手中に火の玉が浮かんだ。
「さぁてぇ……焼き払っちゃうから」
「あ、待ちなさい。私だって」
リリスに負けじと、例の[笑う月]召喚。何を思ったか、悲しんでいる方の面を向けて。
ちっと、男が舌打った。
「……最凶の魔女に、最狂の魔女ですか。勝ち目、ありませんね」
「――蒼髪の狼さん。逃げるなら、今のうちよ。そこの化け物みたいな銀狼も連れて行ってね」
「……では、そうさせてもらいましょう。あなた方にはかなわない」
「ふふっ……賢明ね。そんな暗い格好してるから、奇妙さが増すのよ」
フードを翻し、男はクァトロを呼び戻して闇の中へと風に紛れて消えた。クァトロに乗っていったのだと、微かに目に映った。
倒れたままのノアを見下ろし、二人は口々に言った。
「――A君は元気なの?」
「ヴァニッシュ苛めてないでしょうね――」
ほぼ同時。かぶっていた。
むっとしつつも、二人はノアに尋ね続けた。
「苛めてたら承知しないから。あなたを八つ裂きにして、さっきの狼にくれてやる」
「A君の体調って、結構崩れやすいの。管理してあげてね?」
「ヴァニッシュは野菜も好きだから適度に食べさせてあげてね」
「A君って外に出歩くでしょう?いい加減に陽を浴びるのはやめてほしいんだけど……」
――もう駄目だ。
意識が――ぶっつりと切れた。
*
「――まぁ、こういうわけなんだが」
説明は長く、少々時間がたっていた。それこそ、数時間はゆうに。
ふとノアが振り返った。
「……やはりな」
「んー……っ、うん、聞いてたからっ!」
完全に文は眠っていた。ヴァニッシュに至っては起きてもいなかった。
慌てて眼をこすってノアを見て、文は笑った。
「……伯母様とリリスが来たんだろ?うん、聞いてた」
「……情けないな、俺は」
「んなことないって!だって……二対一とか……」
「……言い訳はしないが。てめェに心配されると、体がかゆくなる」
「え?……何で!?」
「知るか。……あぁ、そうだ」
笑いながら話し、ノアはふと文の髪を撫でた。
ぽかんとしつつ、文は段々と笑顔になった。
「……何?珍しい」
「――俺を癒してくれないか?【吸血鬼】――」
「っ……何言って――」
「じっとしていろ。俺が撫でているんだから」
何はなくとも、とにかくなでなで。ノアは至極嬉しそうだった。
傾いた陽の射す、うららかな午後。睡魔が襲いかかってきていて、もう耐えられない。
ふらりと倒れたノアは、文の手を強く握った。
「――眠い……」
「へ!?……大丈夫か?」
「……てめェも、寝ないか?そこの【狼】だって眠っている」
「っ……何それ。どういう意味で言ってんの」
「俺は眠いんだ。――あまり焦らすな。気が狂う」
怖い。確か、前々から低血圧がどうのこうのと……。
しびれをあっという間に切らし、ノアは手を引いて文をベッドの上に押し倒した。
「っ、ノア!?」
「……おやすみ、文……」
ちゅ、と。軽く、文の頬にノアの唇がふれた。
かなり慌てたものの、文はすぐに静かになった。
そして、もう寝てしまった隣人の髪をそっと撫でた。
「――――大好き」
近い――くっついて寝るの何て、小さいころ以来意識しなかった。と言ってもノアはずっと俺よりも大きいままだ。身長だって、もう少し届かない。
静かに笑んで、文はノアの胸に顔を埋めた。
空気が抜けるように、やがて文も眠りに堕ちた。