夜に邂逅 Ⅱ
ちょいと今回短めです
*
「んー……眠ぃ……」
いつまでここにいたのだろうか。月もてらてらと輝いていて、何とも気分の良い夜であった――
すっかりなくなってしまったリンゴ飴の棒を口にくわえ、文はあくびをした。
「なー、ヴァニッシュー……もう帰らねぇ?ノアも待ってるだろうし……」
「……」
「――ヴァニッシュ?」
無言――さっきからずっと、ヴァニッシュは黙ったままであった。
すっかり興も醒め、文はヴァニッシュの顔を覗き込んだ。
「……おなかでも痛いのかー?」
「……あの、さ……」
「ん?話してみ?」
何を思うのか、唐突に。ひどく、ヴァニッシュは苦しそうであった。
拳を固く握り、ヴァニッシュは口を開いた。
「――――――――――帰らないと」
突然、ヴァニッシュは文にそう言った。はっきりと、確信めいて。
面喰ったように、文はぽかんとその顔を見ていた。
「帰るって……そりゃ、帰るけど……」
「帰ろうよ。早くっ……早く帰らないと!」
「――何で」
ただ事ではない――それは、文にも伝わった。
強く文の腕をつかみ、ヴァニッシュは月を仰いだ。
「何が……あっても……絶対に……っ」
「……帰るぞ」
ノアに悪いことが――?そんなの、感じなかった。だったら、ヴァニッシュは何を感じてこんなに帰ろうなんて――苦しそうに言うんだよ――
舌打って、文はすぐにその場から駆けだした。
月はただ――静かに光の影を落としている場ばかりであった。
*
――綺麗な月だ。
昔、一人でこの月をぼーっと眺めていた……誰もいない、血濡れの世界で。
誰も――自分以外は誰もいなかった。
俺が殺してしまったから――――誰もいなかった。
ただ一人っきり……永遠を生きるために一人でいたかった。
――ねぇ……何してるの?
綺麗な、紅い月の眼。それに見つめられて、イラついていた。
どうして俺を見る。
てめェのような満たされた奴には、わからない癖に。
笑うな――俺を見るな――!
「っ……ノアぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!」
声が――する――?
*
なんて気分のいい、夜だったんだろう。月は綺麗で人は浮かれていて――何もかもがよかったのに。
伏している黒い影――もう、嫌な予感しかしない。
血の広がる草原で倒れ伏すノアを見つけ、文はすぐに駆けよった。
「ノアっ!お前、何やってんだよ……っ!」
「……あぁ、てめェか……」
「ははっ……悪い、油断した」
腹部に右腕から右肩に怪我を負っていた。ダラダラと血を流しているのは、目に見えてわかった。
ノアを肩に担ぎ上げ、文は城に向かって歩き始めた。
点々と続く血痕の後に、文は目を背けた。
「……ごめん」
「何故っ……謝るんだ……?」
「……守るって、言ったじゃん。忘れないでよ」
守れなかった。もう、こんなことは嫌だったのに――
後から付いてきたヴァニッシュが、黙って文の服の端を引いた。
「……気付くの遅くて、ごめん」
「は……?お前のせいじゃない」
「けど……もっと早く気付けたらっ……!」
「――その必要はないだろう」
血を吐きながら、ノアがヴァニッシュを見やった。
びくっと、ヴァニッシュが跳ねる。
「――あいつらは、てめェを探しに来たらしいぞ。知らなかったのか」
「え……俺……?」
「【狼】の一族だろう。そんなこともわからなかったのか」
「なんで……今更……」
「知るか。じ……自分でっ……考えろ……っ!」
そう言いきって、ノアは多量に血を吐きだした。内臓への負担も大きかったのであろう。
しっかりとノアを抱え、文はヴァニッシュに言った。
「――とにかく、話は後だ。ノアが治るまで、絶対に一人で動くな。わかったな」
「……うん」
「よし。んじゃ、帰るぞ」
怖い怖い、目をしていた。あまりにも見ていられなくて、目を背けた。
にこりともせず――いつもよりも、月は冷えた輝きをしていた。