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綿あめ


                      *


 涼しげな、夏の風。これがいつもと同じ夏であり、空気がからりと乾いている。

 それが当然だから、何も変に感じることはなかったのに。

「――こんなに眩しかったっけ?」

「へ……?何が」

「いや、外。何か渇いてるし……陽が眩しい」

 眩しい――こんなこと、感じたことなかったのに。夕日が眩しいなんて、どうかしてる。

 手で日差しを遮り、文はクローゼットの中から着物の帯を取り出した。

「……ま、いいけど。んじゃ、これが帯」

「腰のとこだよな……合ってる?」

「ん、合ってる。結ぶから動くなよー……」

 ノアを置いて行くのは心が痛むが、ヴァニッシュだけでも一緒に行ってくれたら。本当は三人で行きたかったんだが。

 帯をしっかりと結び、文はヴァニッシュの頭を撫でた。

「んー、似合ってるかな……ノアのだから、ちょっとでかいか……?」

「ちょっと背丈の問題……」

「あいつ高いからなー。まぁ、似合ってるからいいんじゃねーか?」

 チャコールグレーの着流しに濃緑の帯。着せたのが文なだけに少し崩れているが、綺麗に着ることができていた。ノアと比べるとずっと幼い感じがしていたが。

 少し離れてその容貌を眺め、文はニッと笑った。

「――じゃ、行くか。ノアにもお土産買ってやんないとなー」

「……ん」

「……行かないのか?」

 藍色の地に白の細いストライプの着流し。その袖を捲し上げ、文はヴァニッシュの顔を覗き込んだ。

 首を横に振り、ヴァニッシュは微かに笑った。

「行く。ノア、本当に来ないのかなって……」

「根が暗めだし、いっつもああだから。大丈夫だって」

「……そっか」

 能天気に言う文をよそに、ヴァニッシュはノアの自室を見上げて口をつぐんだ。

 異様にぬるく気持ちの悪い風が、部屋の中まで吹き抜けていった。


                     *


 皆が一様に浮かれる、夏の二度目の祭り。まだ夏の終わりには遠いが、名を“ひぐらし祭り”と言った。

 静みかけの夕日の中を並んで歩きながら、文は空を見上げた。

「今日も花火が上がるんだよ。知ってるよな?花火」

「そりゃ、しばらく街で暮らしてたから……知ってるけど」

「綺麗だよなー……なのに、ノアは嫌いみたいでさー……」

「……そう」

 そう言ったきり、沈黙。ヴァニッシュの表情に陰りが見えていた。

 何も言葉のない、静寂しきった空間。いつもなら、考えられないような――

 ――やがて、二人は街の入口へと着いた。

 浮かれている人々や露店を見つつ、文は黙りこくったままのヴァニッシュに声をかけた。

「――ヴァニッシュ」

「っ、何……」

「……ちょっと、ここで待ってて」

 何を思ったか、文はいきなり走り始めた。ヴァニッシュをその場に放置して。

 ぽつんと突然とり残され、ヴァニッシュは口を半開きにして呆然としていた。


 ――――――。


 ペタペタペタペタペタペタ――

 遠くから駆けてくる草履をはいた足音。子供のようで、なんだか速く茶目っけのある音――

「っ―――ヴァニッシュっ!悪ぃ、遅くなった!」

「……文……っ」

 額に汗を流し、文が帰ってきた。――何故か頭にお面をのせて。

 膝を抱えて座り込んでいたヴァニッシュは、脚についた土を払って立ち上がった。

「お、お帰り……」

「ただいま。んじゃ――早速だけど、目ぇ閉じて」

「……は?」

 ヴァニッシュの顔には明らかにハテナマークが浮かんでいた。突然帰ってきたかと思うと「目を閉じろ」と言われたのだから。

 言われるがままに目を閉じ、ヴァニッシュは文に尋ねた。

「あのさ、何――」

「はい、口開けてー」

「っ……んぐっ……!?」

 ヴァニッシュの口を開けさせ、文は後ろに隠していた何かを口の中に入れた。「押し込んだ」と言った方が良いだろう。

 甘く、すぐに溶けてしまったそれ――懐かしい味に、ヴァニッシュは目を開けた。

「……綿あめだよね」

「そっ。――元気になったか?」

「……どうして?」

「暗かったから。んー、甘いもんって元気になるだろ?飴にしようかとも思ったんだけど、俺の好みで決めちまったから……嫌いだったのか?」

「――そんなことないよ」

 静かに、言葉が吐かれた。

 まだ納得していないかのようにくすぶる文と反対にヴァニッシュがさもおかしそうに笑った。

「――ありがとう。嬉しいよ」

「そ、そうか?ならよかった……」

「あんたは、優しいから――」

「……そんなことはない」

「少なくとも、俺には優しいよ。いつもいつも――」

 何を言いたいのかわからないまま、文はヴァニッシュから残りの綿あめをもらった。

 再び沈黙――そして、二人は人ごみの中を歩き始めた。

 ふと、ヴァニッシュが文の袖を強く引いた。

「――文」

「ん……何?」

「――――俺さ、あんたのこと好きなんだ」

 さらりと、何のためらいもなくヴァニッシュは言った。

 しばらく言われた意味もわからず軽く流していた文であったが、かなり歩いたところでようやく気がついたようだった。

「す……え、はぁ!?」

「遅いな……気付くのに時間かかりすぎ」

「けど、だって……好きって、なんで!?」

「好きだからだよ。――文は――ノアの方が好き?」

 浮かれる街、空は暗くなっており、もう日は落ちていた。

 答えず、文は言葉に詰まった。

「――どっちも好きなんだけど」

「何それ……俺じゃ、ダメかな……」

「そういう問題じゃない。俺は――」

 言えない。言いたいのに。

 煮え切らない文に少々イラつき、ヴァニッシュは文の首に腕をからめて抱き寄せた。

「――好きでいてよ。好きになってよ」

「っ……おかしいぞ、お前……」

「おかしくないよ。ただ、好きになっちゃったんだよ」

 嫌いじゃない――けれど、引っかかるのは何なんだろう――

 辺りをちろりと見やり、文はヴァニッシュの腕をどけさせた。

「……嫌、なの?」

「――――俺だって、好きだよ」

 苦しい――ひどく、動いてもいないのに心臓が痛い――

 その言葉に喜ぼうとしたヴァニッシュをとらえ、文はほとんど強引に唇を奪った。

 甘い――綿あめの味がした。

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