古城の記憶とムーンエッジ

give me you Ⅱ

「っ……何……？」

　ほんのりとノアの頬が赤い。いつものあのクール……というか顔色の悪さがない。むしろ、顔色は良くいつもより美しい。

　クールなノアも、こんな子供のようなノアも――初めて見た全ての表情が好きすぎる。こんな自分を見ていてくれるノアも――

「――前の、『遊び』だ。馬鹿らしい――あの続きをやろう」

「へ……っ？けど、あんなのただの暇つぶしとか……」

「――嫌、か――？」

　ほんの少し表情が曇る。ドクリと心臓が跳ね、ひどく罪悪感が残った。

　慌てて首を振り、文はノアに強く抱きついた。

「嫌じゃない！だからっ……」

「……だろうな。俺以外はてめェの傍にいられない」

「何それ……偉そう」

「偉いからな。てめェの『初めて』も全ていただいている」

「っ、言うなよ。は……恥ずい……」

「二人きりだろう。もっと、声を聞かせてくれるか――？」

　変なスイッチを入れてしまったらしい。それでも、何かいつものことのような気もする。

　くいっと顎を上げられ、文はたまった息をほとんど吐いた。

「く、苦し……」

「――てめェの全てが欲しい。永遠に俺から離れられないように」

「離れないって……言っただろ……？」

「足りない。体で示せ」

　ノアなのに、ノアじゃない――いつものノアは、もっと恐ろしい――

　ちゅ、と。首筋にノアの唇が触れた。

「……汗臭いぞ」

「し、仕方ないだろ！？ノアは汗かかないけど……！」

「そうだな。そんな――人間らしいてめェにどうして傍にいていいと思ったのか――」

「……ノアこそ、嫌なんじゃないのか。俺みたいなのと一緒にいて……伯母様だって、戻った方がいいからこそ迎えに来たんだろ？だったら、ちゃんとあっちに帰って――」

「――――何度も言わせるな」

　熱く、熱っぽく――真剣に文を眼光が刺した。

　ぶんぶんと文は再び首を振った。

「いや、わかってるけど！！」

「わかってないな。俺の忠誠は、そんな簡単に揺るがない。てめェは、放っておいたら死にかねんからな」

「……母性本能ってやつ？」

「まぁ、近いな。てめェの傍にいすぎて、アホらしくなる時もあるが――」

「言うな、アホじゃない。傍に――居てくれるんだろ――？」

「――――永遠に、忠誠を」

　そう言って、今更格好つけたように手の甲にキスを。昔――遥か昔にされたっきり、かなり久しぶりだ。

　何故か畏まり、文はぺこりと頭を下げた。

「ど、どうも……」

「……くだらんな。そんなてめェはてめェじゃねぇ」

「んなの、ノアだって……」

「俺は、『遊び』には本気だ。でなきゃ、本気になる時がない」

「他のことにも本気になれよ……まぁ、家事全般は分担だからいいけど……」

「洗い物一つできない癖に何を言ってるんだ」

「流水はダメなんだってわかってるだろ！？」

　勿論、ノアだって大量の流水を浴びれば体が溶けて消えてしまう。俺よりも耐性はあるが。

　酒を浴びたような陶然とした表情を見せ、ノアは静かに微笑んだ。

「――つまらないこと言ってないで、キスしてくれるか？拗ねられたくはないだろう？」

「拗ねるノア……怖いな」

「拗ねるさ。腹いせに、あの狼でも苛めてやる。もしくは――こうしてやる」

　パチンッ。軽い音がして、ノアの指先がはじかれた。

　ポカーンとしていた文の両手首に、冷たく重い何かが掛った。

「……うん？」

「手錠させてもらった。あぁ、気持ちいいだろう？」

「え……はぁ……？何これっ……！？」

　両手にずっしり。「何だこれ」と聞いても、どうせ簡単に答えられるしかない。

　後ろ手に手錠で拘束されて身動きのとれない文の腹部をするりとノアの手が滑った。

「っ……何すんだよっ……！」

「『遊び』だ。まだ感じないのか？」

「か、感じる……？何を……」

「――脱がす」

　そう低く呟き、ノアは文の腰に手を滑らせた。

　紅く血のシミが広がるベッドに、はだけた白い肌が映えた。

　ガチャガチャと、手錠が鳴った。

「……っ……！？」

「――てめェを我が物にしたい――欲ばかりを言えば、きっと終わらない。俺が、もっとまともな奴だとでも思ったか？」

「まとも……？いつ、そんなことを思ったって……？」

「……口の減らない主人だ。そんなことばかり言っていると、穢すぞ」

「――ノアになら、何されたっていい。穢されたって……壊されたって……」

「壊す、な。『愛』故だ。理解しろ」

　――――好きだなんて、思ってない癖に。愛なんて偽りだと、わかっているくせに。

　愛なんて、そんなもの存在しない。目に見えないものは信じない。

　ただ信じるのは、眼の前の自分に対する行為だけだ――

　ニヒルに笑い、ノアは文の口を無理に開けさせた。

「深く――俺を熔かせ」

　黙って頷く。それで、ノアが満足してくれるのなら――何だってやるだろう。

　舌をからめ、おかしくなるようなキスを何十秒間も。きっとノアなら何だって受け入れてしまう自分だから、このままでいたいと切に願っていた。

　文の服の中に手を滑り込ませ、ノアは文をベッドに押しつけた。

「っ……前と、おんなじ……っ？」

「だったら、全部脱ぐか……？俺の前でだけかわいこぶってればいいが」

「ノアの前だけ……じゃ、脱いでくれる……？」

「……からかいには乗らない。されるのを待つのは嫌いなんだ」

「――そっか」

　甘く、淡く――夢のような笑顔。そんなに優しくはないのに、ひどく心が潤される。

　ただの『遊び』の領域は、決して出ない。永遠として出るつもりはない。

　だから――