give me you
*
守れなかった――?
大切な、自分が受け負ったヒトを。
自分を身体を張って守ってくれたヒトを――
――死ねないのに、どうして生きているの?
誰が言ったのか――ひどく心に刺さっている。まるで甘ったるくベタつく砂糖水のように、離れてはくれないのだ。
死ねないなら――生きる資格すらない――
*
カチャ――バタン――
淡く反響するドアの開閉音。それが、眠った自分に低く響いた。
ゆっくりと目を開け、文は半身を起した。
自分の部屋に自分以外の誰かがいるのを確認して、文は尋ねた。
「……誰」
「あぁ、起きたのか。俺だ」
ノアだった――自分とヴァニッシュを助けてくれた、命の恩人。
はっとようやく覚醒し、文はノアに言った。
「ヴァニッシュは!?あいつどこ行った!?」
「どこにも行ってない。――てめェも傷だらけなんだ、じっとしてろ」
「はぁ!?俺は怪我なんてしてない!」
「してる。流水は、てめェといえどもダメージはすごいんだよ。それくらいわかってるだろう」
「けど、当たってないっ……」
「いいや、傷になっていた。爛れていたから、少しは治したが――まだ、安静にしていろ」
ズキリと胸部が痛んだ。本当に怪我をしたらしい。
腕にもぐるりと包帯が巻かれており、文は小さく舌打った。
「――マリアは」
「あの人なら、もう帰った。また来るとか言って、てめェによろしくと」
「……そっか」
脅威は去った。これで、安心できる。
そっと、ノアが文の頬を撫でた。手の甲で、拭うように。
「っ?何……?」
「……無事でよかったな。あの人になら、殺されても仕方ない」
「そんなの、お前が来てくれなかったら……死んでたとおもうよ。ヴァニッシュも俺も」
「だろうな。俺でも、対等には渡り合えない」
怖い人なのだ――そんなことは、前からわかっていたのだが。
じっとノアを見上げていた文だが、やがて静かにうつむいた。
「……あのさ」
「?どうした」
「……守ってやるって言ったのに守れなくて……逆に傷つけて……俺って最低だなって……」
「……そう、だな。てめェは最低かもしれないな」
ザクッ。案外痛い。自分でもわかっていたのに、予想以上にダメージが来た。
と――ノアが静かに優しい声色で言った。
「――弱い方が俺としては助かる。てめェは俺を守ろうとするが、それだと俺の立つ瀬がない」
「……何それ」
「……いや、別に。柄にもなくこんなことを言ったが、特に意味はない」
「意味……ありまくりじゃないの?」
「ふふっ……はははっ……!そうだな、あると思う」
珍しく笑っている。かなり珍しい。
珍しすぎて逆に怖くなってきた。
「あ、え……何、怒ってんの……?」
「いいや、怒ってなどいないよ。ただ……笑いたくなった」
「……うゎ、怒らせた……!」
「――文」
不意に名前を呼ばれた。これはもう、確実に怒ってらっしゃるとしか思えない。
恐れつつも、文はノアの方を向いた。
「……え、と……?」
「――孤独がどうと、言われただろう」
冷たい声であった――さっきとは一転しているのは、すぐに分かった。
目をそむけようとした文をノアは捕えていた。
「マリアは恐ろしい人だ。だが、それに呑まれかけたてめェはただの馬鹿だ」
「っ……呑まれてない!」
「いいや、呑まれた。あいつがいなけりゃ、今頃殺されていた。俺を連れ戻しに」
「……けど……」
ノアは能力も強いし頭もいいから。他の種族と戦うに当たっては重要な人であった。だから、禁忌を犯している俺なんかに付いてきたのを連れ戻そうとしている者も多いのだ。
文の手首をつかんで、ノアは声音を低くして言った。
「――――俺は、永遠にてめェの傍にいる。それが嫌なら、今すぐにでも向こうへ帰ってやる」
「っ、帰るな!」
「あぁ――てめェが望むなら――ここにいる」
そう言ってようやく、ノアは微笑んだ。
掴まれた手首がじっとりと汗をかいて熱くなってくる。心臓がうるさく音を立てている。
渇いた喉がひりひりと痛くなっている。水が飲みたい――
ノアの髪を静かに掻き上げ、文は苦しそうに言葉を吐いた。
「――飲ませて。痛くしたりしないから……」
「痛みは生きている証拠だ。だから、かまわない」
「……ノアはどうすんの」
「……飲めと?最近、本当に甘えすぎだ」
「ダメ……なのか……?」
我が侭なのはわかっている。前も、我が侭だった。
じっと文に見つめられ、ノアは大きく溜息を吐いた。
「――飲んでやるよ」
「おお、珍しい」
「最近はてめェの血液ばかり飲んでいる気がするがな」
「いいよ、その方が。って……ホントに喉かわいた……」
「はいはい……なら、飲ませてやるよ」
にぃっと、ニヒルで妖艶な笑み――大好きな、【吸血鬼】の笑みだ――
クチュ――
「っ……ノア……?」
「いいから。黙ってろ」
気の遠くなるような声――一瞬でも離れてしまった自分に腹が立つ。
互いに血を飲みあう、ひどいキスだ――ノアの口端から流れる血は、俺がヘタな所為だ。もっと綺麗に飲めれば、普通のキスに見えるのに。
昔誰かが、チョコレートのようだと言った。けれど、それはかなり違う。
もっと苦く、ほんの少しだけ甘い――今の味はそんなところだ。感情や色々によって味は変わり、いつ飲んでも何物にも比喩しがたい。
「……っ……」
「……っ、ははっ……真赤じゃないか」
「ノアだって、おんなじようなもんだろ……っ?」
何度も何度も、飲みたいだけ貪る。真っ赤に染まろうとも、キスをやめたいと思えない。
――このまま狂ってしまえ――
囁く悪魔。流れる血が理性を壊していく。これが、【吸血鬼】の悲しい性なのだ――
ほたりとベッドに血が垂れた刹那――ちろりと、舌が文の唇を舐めた。