訪問者は侵入者 Ⅱ
「……ご飯ですか?」
「そっ。最近ダイエットしてたんだけど、飽きたの。だから、ご飯頂戴」
「……はぁ。開口一番がそんなことですか。まだ、ノア起きてないんですけど」
「いいわよ。何でもいいから用意なさい。私、空腹だけは耐えたくないの」
我が侭な伯母様だ。そんなこと昔から知っていたが。
そっと、ヴァニッシュが文の袖を引いた。
「あのさ……俺、どうすればいいわけ?」
「ちょっとじっとしといて。じゃないと伯母様に――」
「なぁにぃ?その子と、何こそこそ話してんの?」
バレるわけにはいかない。伯母様の恐ろしさは自分がよく知っている。
軽く首を振り、文はヴァニッシュを後ろに隠した。
「何でもないっすよ。それよりも、どうして来たんです?」
「訪問するって手紙出したわよ?何か、あなたが禁忌犯してから私以外は会えなくなっちゃったわけじゃない。まぁ、偉い人の中ではって話だけど。みーんな、あなたが怖いみたいよ」
「……脱線しすぎです」
「あら、そうね。――来た理由わね」
ちろりと文の手を見やり、マリアはほぅと息を吐いた。
手の中にあった封筒は、ふわりと舞ってマリアの手中へと収まった。
「まだ読んでなかったの?トロい」
「今さっき届いたんスよ。読めません」
「……ま、いっか。でね、実は最近あちこちに化け物がはびこってるのよ」
「化けモン?」
「えぇ。心当たりはないかしら」
そういえば、ノアもそんなことを言っていた気がする。あの時は『野良犬』だと言っていたが。
ヴァニッシュかと疑ったこともあったのだが。ヴァニッシュがうちにいてもまだ被害があった。つまり、まだ別人がいる。
「人を襲ってたんだけどねー。最近は、なーんかおかしくって」
「……おかしいって?」
「――【吸血鬼】が襲われ始めたのよ。それも、致命傷を与えられてね。ほとんどが死んでしまう」
「はぁ!?ありねぇだろ!?」
「ありえるのよ。“不死殺し”でしょうけど」
「……伯母様は死なないわけ」
「ははっ。私が死ぬようなら、あっちの偉い人は全員滅亡よ。吸血鬼は滅ぶわね」
確かにそうかもしれない。伯母様は尋常なく強い。俺と同じで太陽も大丈夫なのにシミがどうのこうのと言っているが。
鞄から手鏡と口紅を取り出して化粧直しをし、マリアは手紙を机に置いた。
「――ま、ここでじっとしてても仕方ないわね。食事はB君が起きてから。さァ、A君。遊ぼう!」
「は……?遊ぶ?」
「そうよ。あなたの体がなまってないかどうか、見てあげる」
「……遠慮します」
「そっちの子は見てなさいよ?でないと、殺しちゃうから」
不穏発言。先に告白してしまうと、伯母様は尋常なく強い。何度も言うが、本当に強い。シャレにならないくらい強い。まさに『化けモン』なのだが。
魔女の帽子を脱いで、マリアは文の腕を引いて外に出た。
照りつける太陽に、マリアは眉をひそめた。
「――ちょっと隠れてなさい。私の美容を害するものはいらないわ」
「っ!?ちょっ、太陽っ……!」
さっとマリアが手を払うと、太陽に厚い雲がかぶさった。魔法というか、ここまで来ると神に近い。
数メートル文から離れ、マリアは笑んだ。
「さ、来なさい。A君も少しは強くなってるといいんだけど」
「……あー、もうっ!わかりました、やりゃあいいんでしょう!!」
「よろしい!かかってきなさい!」
勝てる気はしない。つーか、伯母様が怖すぎる。
目を閉じて意識を手に集中し、文は両手を前に突き出した。
ボヮンとした淡い光が手の中へと集まり、それは横に長く棒のような形を作った。
「――本来、【吸血鬼】は魔法使えないんスよ?魔女の特権でしょう」
「私の仕込みに、何か文句でも?」
「いーえ、感謝してます……」
「――隙ありまくりじゃない」
マリアの手中にも短剣が。片や、自分はまだリーチの長い剣だ。
ダメでもともと。さぁ、勝てるか――?
マリアから一閃。肉眼ではとらえられない速さだが――あのドチビのおかげでスピードには慣れた。
体勢を低く構え、残像に惑わされず――斬りつける。
「っ……!あら、なかなか強くなってるじゃない?」
「伯母様に勝てるわけないでしょうっ……!」
足払いをしてみるも、二発目は不発。あの一閃は避けきれたが、自分の攻撃もかすった程度だった。
続けざまに一撃が放たれた。
「っ!!」
バキッ。剣は囮で、素手での一撃が文の腹部に打ち込まれた。
なんとか痛みをこらえ、文はザッと距離をとった。
口の中に血がたまる。胃の中からこみあげてきて気持ちが悪い。
「そんな細腕で、よくも……」
「女性は強いものなのよ――おバカさん」
にっこりと微笑み、マリアは剣を投げ捨てた。
そうして両手を頭上に上げ――
「――――美しく散りなさい、A君?」
「っ……!!」
【吸血鬼】の苦手とするモノ――『流水』――
それを召喚しようとし、マリアは笑んでいた。
ヤバい――――――――――――!!!!
「文っ……!!」
「来るなっ、バカ!!」
放たれる流水。こちらへと駆けてくる狼の青年。
――ドシャリと、文は地面に倒れた。
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