俺に頂戴
いつだって自分は噛まれたことがない。それは時に不安で時に苦しい。嫌われているんじゃないかと、それが自分を締めつける。
目をぱちくりとさせ、ノアは静かに本に視線を戻した。
「……ノアー?聞いてんのー?」
「また、冗談だろう。そんなことに付き合っている暇はない」
「……あー、やだやだ。そんなことなんて、ひっでーの」
「本当のことだろう。冗談はガキっぽいからやめておけ」
冗談、ねぇ。そういう風にとらえられているのは知っていたけど、いざ言われるとつらかった。ノアはどうともないのだろうけど、自分的には大ダメージだ。
ふいと、それ以上は何も言わずノアは読書を再開した。
――何も言ってはくれない。話しかけても無視される。それがノアなのだが、寂しくなるのもいつもと同じ――
「――ノアぁ」
「うるさいぞ。さっきから、何なんだ」
「……俺のこと、好き?」
不安だから訊いてみた。どうせ、いつもと同じようにクールに打ち返されるのがオチだろうけど。
しばらく黙ったままでいたが、やがてノアは本を閉じた。
「――さぁ。どうだろうな」
「曖昧ぃ……はっきり言ってくれた方が嬉しいんだけど」
「はぁ……?何を言ってるんだ、気色悪い」
「ザクッてくるからやめてあげて。禁忌はノアだって犯してるだろ。今更すぎねぇ?恐ろしくハイブリッドな体だけどさァ」
「一か月は飲まず食わずでも大丈夫だからな。それに、まだここには血が残っている。これ以上はいらない」
あぁ、無愛想。これだから俺はノアが――好きなんだ。
少しからかってやろうかと、文はノアの唇に指先を滑らせた。
「――――――俺を好きなら、吸血行為してよ。俺たちの特権だろ」
「っ……!?あのなァ……っ!」
「嫌なわけ?だったら、絶交しよう」
「どうしてそうなるんだ……?てめェ、やっぱり馬鹿だな」
「馬鹿でもいいよ。だから、俺を食べて――」
ここまでくると、ただムキになっているだけだ。それ以上の想いはないし、ノアを折れさせたいという願望が強い。
ノアの首に両腕をからめたまま、文はぐっとノアに近づいた。
「――ノア」
「っ、邪魔だ、向こうへ行け!」
「好きだろ?俺のこと。だから、血を飲んでよ」
さぁ、折れろ。からかっているだけだから、要するに暇つぶしだ。
とりあえず本をサイドテーブルに置き、ノアははぁと溜息を吐いた。
「――てめェの血、な。うざいから飲んでやるよ」
「うざいって言うな。って……飲むんだ?」
「嫌なのか?悪いが、俺はてめェ並にヘタだぞ」
「いーよ、別に。……あー……襟が邪魔……」
ノアは和服だからいいとして、自分は普通の洋服だ。さすがに襟が邪魔になる。
よりノアに密着して、文はこともなげに言った。
「脱ごうか?返り血とかは洗うのめんどい」
「っ!?脱ぐ……?」
「え、何?ダメ?」
「いや、別に……そうじゃないんだが……」
「そうか?……あー、じゃあ脱がせてよ。汗でべたついて脱げないー……」
「はぁぁぁあぁぁ!?自分でしろ!」
「……ノアぁ」
憐れっぽく名前を呼んでみる。案外効果があって面白い。
頬を赤く染めて、ノアは文から一度眼をそむけた。
「きょ、今日は暑いから……特別だぞ」
「ぉわ、やっさしい。ボタンが多くてさぁ……」
「ボタンなら、汗関係ないだろう……」
「いいじゃん、別に。優しいから甘えんの」
本当に優しい。だから、もっとからかってやろうとかいうイタズラ心が発動してもおかしくないというわけで。
ノアの首に腕をからめたまま、文は後ろに倒れこんだ。
ボフンとベッドの上にあったクッションが跳ね、スプリングがきしんだ。
「ちょっ……何しやがんだ!」
「照れてんの?近いくらいでちょうどいいよ」
「はぁ!?てめェ、頭は大丈夫か!?」
傍から見ればノアが押し倒したように見えるのだが。実際は逆だ。慌てふためく姿も面白くて大好きだ。
仕方なくシャツのボタンに手をかけ、ノアは舌打った。
「どうして俺がこんなことを……」
「別に全部外さなくてもいいんだけど。邪魔にならない程度」
「汗でべたつくから、後で着替えておけ。吸血鬼なのに汗など……」
「そりゃ、俺だから。――――ノア、だぁい好き」
にぱっと笑って、そんなことを言ってみる。暑さにやられているのか、言動も意識もかなりヤバい。
――ぷっつん。何かの切れる音がした。
「ん?ノア?」
「……てめェ、俺をどうしたいんだ?」
「へ?あぁ……っ、ごめん!バレた……?」
からかっていたのがバレた?ちょっと早すぎる。だが、ノアならあり得る。
最後までボタンをはずし終わり、ノアは指先で文の身体に見えない線を描いた。
「ぁ……ノア……?」
「てめェが望むなら……満足させてやるよ。その体、俺によこせ」
「え……?……ノアぁぁあぁ!?」
壊れたかっ!?まさか、からかいすぎて壊してしまったのか!?
ふっふっふと不敵な笑みを浮かべ、ノアは文の首筋を冷えた指先で何度もなぞった。
びくっと、文が跳ねた。
「の、ノア……?ごめん、えと……」
「――文」
「は、ハイ……!?」
「ヘタだが……許せよ」
そう呟くように言い、ノアは肌に牙を突きたてた。
ヘタ――なんて。そんなの、嘘だ。ノアのテクニックと妖しさで、参らされる。
血を吸うことは快楽に満ちている。
しかし――血を吸われることにも、快楽がある。それが大好きな人ならば。
感じてしまうのを隠せず、文は苦しそうに声を漏らした。
「っ……はぁ……っ……」
「……嫌なら、逃げろよ。俺はてめェが思うほど善人じゃない」
「――いいよ。ノアから逃げたりしない」
「けど……てめェは――」
「いいから。もっと飲んでよ。噛みついていてよ。俺から――離れないで」
遊びはいつしか本気に。ノアに酔わされているのだと、今の熱っぽい脳では理解できなかった。
自らも暑そうにボタンをいくつか外し、ノアは文の髪に手を入れて何度も梳いていた。
暇つぶしのお遊び――壊されても、きっとそれは快楽のまま変わらない――
「――ノア」
「ん……何」
「キス……してよ」
「っ……あぁ――わかった」
自分からキスをねだるのはしたことがない。そもそも、血は通っていればどこからでも飲める。ノアにも無理してしてもらう必要はなかったのだが。
文の身体をしっかりと押さえつけ、ノアは息を殺してそっと文に唇を重ねた。割れ物を扱うかのように、優しく――
長かったですかねぇ・・・?
いつもよか長いですか・・・?
これくらいのろけてくれたら書きやすいんですが(ぇ
ぼちぼち行きましょう!(誰に言ってんの
※初あとがきでしたっ←今更