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国家のスキャンダルを隠すための“恋人役”だった私ですが、本気で愛されたので彼はすべてを捨てました

作者: Tahu aci
掲載日:2026/02/19

 数か月前、私の村に一人の若き政治家がやって来た。

 その日、私は彼の隣に立っていた。村役場から借りた着物をまとい、「東京からの来賓に付き添うのに一番ふさわしい」と言われて。

 ――私の顔が「村を代表している」からだと。


 彼は一団を引き連れ、カメラ用に鍛えられた微笑みを浮かべていた。地方に寄り添う若手政治家というイメージを築いている最中なのだ。

 写真撮影が終わり、記者たちが村長を囲んでいる隙に、彼はふと私のほうへ視線を向けた。


「もし住民の不満があれば、直接僕に送ってください」

 低い声で、まるで私だけに聞こえるように。

 差し出された名刺。太字で印刷された名前、右上には政党のロゴ。その下に記されたのは事務所の番号。


 私は一瞬、ためらった。

「個人の番号でもいいですよ」

 冗談のように軽く付け加える。秘書が小さく笑いながらも、何かをスマートフォンに記録していた。

 それが手続きだったのか、即興だったのか、私にはわからない。ただ覚えているのは、その日の夕方、彼が黒い車に乗り込む直前、秘書が近づいてきたこと。

「先生が、より早く連絡を取りたいとのことです。番号を教えていただけますか?」

 私は少し震える手で、自分の番号を伝えた。


 数日後、最初のメッセージが届いた。

 政策の話ではない。

 村のプロジェクトでもない。

 ただ一言。

 ――あの日はありがとう。あなたの村のように温かい場所からだと、東京はとても遠く感じます。

 それから私たちは頻繁にメッセージを交わすようになり、やがて――誰にも言えない関係になった。

 そして私は、彼に会うために東京へ向かった。


 新幹線の窓の外。

 田んぼはビルに変わり、山は巨大な広告看板へと姿を変えていく。

 足先が落ち着かない。まるで、プレゼントを待つ子どものように。

 列車が止まる。

 スーツケースを引き、スマートフォンを開く。最後のメッセージを確認する。

 ――待ってる。

 駅を出ると、東京の空気は違っていた。速く、忙しく、迷う余白を与えない。

 黒いスーツの男が近づいてくる。

「リナ様、こちらへ」

 丁寧だが迷いのない声。ボディガードか、秘書か。この街では、守る者と監視する者の区別がつきにくい。


 案内されたのは濃色のプレミアムバン。自動で開くドア。

 深呼吸して、私は乗り込んだ。

 中には、彼がいた。

「やっと来てくれたね」

「約束、守ったでしょ?」

 できるだけ軽い声で返す。

「うん。来てくれてありがとう」

 テレビで見たことのある、あの完璧に計算された一礼。


 隣に座る。距離は近いのに、目に見えない会議テーブルが間にあるようだった。

「もう食事は?」

「新幹線でパンを少し」

 正直に答えた瞬間、それがこの巨大都市にはあまりに素朴すぎる気がした。

 彼は小さく笑う。

「そんなに遠慮しなくていい。いつも行く寿司屋に行こう」

 ――いつも行く店。

 それは大人の世界の暗号のように聞こえた。常連席、専用の入口、窓のない個室。

「じゃあ……お願いします」

 車は駅を離れる。

 窓に映る私は、彼の高価なスーツの隣でひどく小さかった。


 私は客人なのか。

 それとも、別の何かとして呼ばれたのか。

 やがて車は高い門をくぐり、静かな敷地へと入った。門は音もなく閉じる。映画の一場面のように静まり返っていた。

「ここは安全だ。あまり知られていない」

 安全――誰にとって?

 案内されたのは、看板も目立たない個室のみの寿司店。


 トロの握り、艶やかなウニ。

 一皿ずつ、静かに差し出される。

「考えたいときはここに来る。誰も邪魔しない」

 私は彼を見つめる。

「ここでは、少し違う顔をしているね」

「どう違う?」

「自由。でも、もっと慎重」

 彼は薄く笑った。

 食事の後、裏口から別の車へ。

 辿り着いたのは、静かな通りに佇む小さなカフェだった。

「今日から、ここは君のものだ」

「……え?」

「上は住居にしてある。目立たない場所だ。僕も目立たず来られる」

 すべては、私が来る前から決まっていた。

 その夜。

 二階の個室で、彼はようやく政治家の顔を脱いだ。


 ジャケットを脱ぎ、ネクタイを机に置き、私の隣に座る。そして、何も言わずに私の膝に頭を預けた。

「妻は、こうしてくれない。彼女は完璧主義で……」

 私の手を取り、自分の髪へ導く。

「正直、疲れたんだ。こうやって撫でてもらいたい」

 私は静かに髪を撫でる。

 テレビの中の彼は強く、理知的で、揺るがない。


 村では優しい来訪者。

 だがここでは、甘える子どものようだった。

「ここでだけ、そんな顔をするの?」

 彼は見上げる。

「本当の僕を知っているのは、君だけだから」

 私は微笑む。

 ――違う。

 私は、彼がどんな人間かを知っている。

 そして、私の前で“どんな自分でいたいのか”も。

 彼はここで自由を感じているのかもしれない。


 けれど。

 彼のすべてを見ているのは――

 きっと、私のほうだ。

「ケンジ……」

 そう呟きながら、私は彼の髪をやさしく撫でた。

 指先が髪を梳くたびに、彼は静かに目を閉じる。

 まだ本格的な夏にも入っていないというのに、部屋の空気はやけに温かかった。分厚いカーテンが都会の光を遮り、まるで外の世界そのものがここへ招かれていないかのようだった。


「村では幸せだったか?」

 目を閉じたまま、彼が問う。

 簡単な質問に聞こえる。

 けれど、言葉を常に計算する男の口から出るものに、単純なものなどない。

「昔は、ね」

 私は答える。

「今は?」

 すぐには返さなかった。

 撫でていた手が、ほんの一瞬だけ止まる。

 そのわずかな沈黙に気づいたのか、彼は目を開き、私を見上げた。

「今は……東京にいるから」

 ようやくそう言うと、彼は薄く微笑んだ。

 満足した笑みではない。言葉にしなかった部分まで理解したという、そんな顔。

 そのとき、ソファ脇の小さなテーブルに置かれた彼のスマートフォンが震えた。

 一度。


 そして静寂。

 彼は画面を一瞥し、内容を確認することもなく電源を落とした。

「……奥さま?」

 私はあくまで平坦な声で尋ねる。

 彼はすぐには答えなかった。

 ゆっくりと私の膝から身を起こし、背筋を伸ばす。椅子にかけていたジャケットを手に取る仕草は、どこか儀式のようだった。

「君が気にする必要はない」

 やわらかい声。


 ――やわらかすぎる声。

 私は彼が“顔”を戻していく様子を見ていた。

 舞台裏で仮面を付け替える役者のように。

「このカフェは君名義だ。すべて合法的に処理してある。僕と結びつく証拠はない」

「……本当に?」

 私は首をかしげる。

 彼は一歩近づき、私の前に立った。

「リナ」

 低く、ほとんど囁きのような声。

「僕は、リスクを管理できないことはしない」

 ――管理。

 “安全”よりも、ずっと正直な言葉。

 私は立ち上がる。

 近すぎて礼儀正しくはなく、遠すぎて恋人とも呼べない距離。

「じゃあ、私は?」

 静かに問う。


「リスク……それとも、計画の一部?」

 その夜、初めて彼はすぐに答えを出さなかった。

 私の顔に何かを探すように視線を巡らせる。

 他の女たちには見つけられなかった何かを。


「君は……」

 やがて彼は言った。

「唯一、完全にはコントロールできない存在だ」

 甘い台詞にも聞こえる。

 けれど、彼のような男が“制御できないもの”を好むとは思えない。

 外を車が走り抜ける音がかすかに響く。

 街は何も知らないまま動き続けている。

 彼の指先が私の頬に触れ、親指がそっと撫でた。


「夜明け前には戻らないと。明日は記者会見だ」

 もちろん。

 彼の世界は常に動いている。

 数分も経たないうちに、昨夜私の膝に頭を預けていた男は、公の人物へと戻っていた。

 扉の前で立ち止まる。

「夜はあまり出歩かないでくれ。この辺りは静かだが……東京だから」

 それは気遣いにも、警告にも聞こえた。

 扉が閉まる。


 部屋が急に広く、そして静かになる。

 私はカーテンを少しだけ開けた。

 細い隙間から見える裏路地。

 黒い車が、まだそこに停まっている。

 エンジンをかけたまま。

 待機。

 私は小さく笑った。

 彼はすべてを管理しているつもりだろう。

 けれど忘れている。

 彼が選んだのは、甘いメッセージにときめく村娘だけではない。

 私は――隠されるために東京へ来たわけじゃない。


 ◇◇◇


 日が変わる。

 カフェは正式に私の名義となった。

 真新しい木の床、まだ誰も座っていない椅子、触れたことのないカップ。

 整いすぎている。

 準備されすぎている。

 テレビをつけると、彼の記者会見が映し出された。

「ケンジさん、今後の国家の方向性については?」

 画面の中の彼は完璧だった。

 乱れない声、計算された間。

 強さと温かさを絶妙に混ぜた言葉。

 昨夜、私の膝で甘えていた男の影はどこにもない。


 私はテレビを消した。

 この関係は複雑だ。

 公の場では未来の顔。

 私の前では、権力ではなく“愛されること”を求める男。

 けれど私は、ただの隠れ家の管理人にはならない。

 この店を本当に生かす。

 朝のコーヒーの香り、ドアベルの音、常連客の笑い声。


 存在理由を持たせる。

 “隠すため”ではなく、“在るため”に。

 数日後、Openの札が揺れ始めた。

 学生、会社員、子ども連れの母親。

 カフェは呼吸を始める。

 けれど夜になると、裏路地にはまた黒い車。

 あれは彼の車ではない。

 ――セーフハウス。

 誰のための?


 ◇◇◇


 夜七時。

 私はわざと早く店を閉めた。

 彼が来るなら、他の誰かに時間を割いている姿は見せたくなかった。

 シャワーを浴びていると、下階の扉が開く音。

「リナ、いるか?」

 鼓動が跳ねる。

「ケンジ……一緒に入る?」

 冗談半分、本音半分。

 湯気に包まれながら、私は彼の背を洗う。

「今日はどうだった?」

「……疲れた。本当に」

 政治家の声ではない。

 ただの、疲れ切った男の声。

「家には帰らないの?」

「誰もいない。だから面倒で」

 私は少しだけ間を置いた。

「奥さまは?」

 彼の腕が背後から回る。


「今は、その話はしないでくれ」

 懇願のような声音。

 それ以上は聞かなかった。

 湯上がりに作ったオムライス。

 村で食べたあの味。

「懐かしいな」

 彼は呟く。

「帰ってきたみたいだ」

 その言葉が、胸を温め――少しだけ痛ませた。


 夜が深まる。

「ここで寝る? それとも帰る?」

 問いは、軽くない。

 彼は私を見つめる。

「帰れば、また“疲れてはいけない人間”に戻る」

 頬に触れる指。

「ここでは……僕でいられる」

 完全な答えではない。

 それでも私は毛布を広げた。

「じゃあ、泊まって」

 彼は隣に横たわる。

 荒々しさはない。ただ、互いの体温を確かめるように。


 腕が私の腰に回る。

 呼吸がゆっくりと整っていく。

 目を閉じる直前、思う。

 彼が今夜ここにいるのは――

 私を求めたから?

 それとも、隠れ場所が必要だったから?

 初めて、その疑問は怖くなかった。

 これはただの恋じゃない。

 最後に“去れなくなる”のは――

 いったい、どちらなのだろう。

 翌朝、私は彼を車まで見送った。

「リナ、また来る」

 窓を下ろしたまま、ケンジはそう言った。

「いつでも来ていいよ」

 私は微笑む。


「……でも、必ず気をつけて」

 彼は一瞬だけ私を見つめ、ゆっくりと頷いた。

「君もだ」

 窓が上がる。

 車は静かに走り去り、角を曲がって見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。

 胸の奥がざわつく。

 それは単なる寂しさではない。

 形を持たない予感――まだ名づけられていない何か。


 カフェに戻る。

 気づかないうちに、裏路地には黒い車が停まっていた。

 スモークガラス。エンジンはかかったまま。

 数時間後、テレビが緊急ニュースを流す。

 《復興資金が幽霊建設会社へ――複数の大物議員が関与か》

 画面に並ぶ数字。何十億円という単位。

 名前が読み上げられていく。

 ケンジの名はない。

 だが彼はコメントを求められる若手議員の代表として、マイクの前に立っていた。

「全面的な調査と透明性を支持します」

 静かな声。揺らぎのない表情。

 その直後、私のスマートフォンに通知が届く。


 ぼやけた写真。

 若手政治家と女性が、私有地で密会――顔は隠されている。

 けれど、女の服装。

 白いゆったりしたブラウス。灰色のスカート。

 ――今、私が着ているものと同じ。

 血の気が引く。

 メッセージが届く。

 ケンジ:

 《今すぐ家を出て隠れてくれ。金と人を送る。状況が危険だ》

 私は打つ。

 《……あなた?》

 すぐに返る。

 《違う。でも彼らには“別の物語”が必要なんだ》


 テレビでは、巨額の不正よりも“不倫疑惑”が大きく扱われ始めていた。

 ハッシュタグは数字よりも速く拡散する。

 電話が鳴る。

「よく聞いてくれ」

 彼の声はもう甘くない。

「資金の件で俺の関与は出なかった。だから誰かが判断した。大きな名前を守るには、俺を壊すほうが早い」

「……あなたが選ばれたの?」

「個人的スキャンダルなら、国は傷つかない」


 国。

 私は小さく、苦く笑った。

「私は?」

 数秒の沈黙。

「守る」

「消えろって言うことで?」

 彼は息をのむ。

「顔が割れれば、君は餌になる。メディアは真実じゃなく、物語を欲しがる」

 画面ではこう報じられている。

 《新世代政治家の道徳的崩壊――》

 不正のニュースは二番手へと落ちていく。

 私は理解した。

 国はスキャンダルを必要としている。

 そして禁断の恋は、何十億円よりも売れる。


「……事前に知ってた?」

 沈黙。

「すべてではない」

 あまりに慎重な答え。

 裏路地の黒い車は、まだ動かない。

「人は送って」

 私は静かに言った。

「でも私は逃げない」

「リナ――」

「カフェは開ける」

 彼は黙った。

「……今夜行く」

 通話が切れる。

 ここはもうセーフハウスじゃない。

 嵐の目だ。


 ◇◇◇


 夜。

「リナさん」

 ドアを叩く声。

「誰?」

「涼です。ケンジ様の使いです。安全な場所へ」

 黒いスーツ。整いすぎた笑み。

「本人が来ると言った。待つ」

「緊急会議中です。報道陣がこの周辺を嗅ぎ回っています。時間がありません」

 焦りすぎている。

「彼から直接連絡を待つ」

「……では少しだけ中へ」

 拒むべきだった。

 けれど不安が、ほんの少しだけ扉を開かせた。


 彼は素早く入る。

 スマートフォンを見せる。

 《涼について行け。抵抗するな。信じろ》

 短すぎる文章。

 ケンジはこんな打ち方をしない。

「本当に彼から?」

 涼は答えず、水を差し出す。

「お疲れでしょう」

 ――迷い。

 一口だけ。

 世界が揺れる。

「……何を」

「申し訳ありません」

 声が変わる。

 暗闇。


 ◇◇◇


 目を覚ます。

 白い天井。

 冷たい空気。

「目が覚めたのね、泥棒猫」

 氷のような声。

 振り向くと、一人の女。

 見覚えがある。

 ――由月。

 体は拘束され、服は剥がされていた。

「誰……」

「私はケンジの正妻よ」

 シャッター音。

「なぜ写真を?」

「“夫を奪った女”の顔を、世間に見せるため」

 胸が崩れる。

 子どもがいることを、私は知らなかった。

 由月が近づき、顎を掴む。

「私は彼を愛してる。彼の名を守ってきた。侮辱も飲み込んだ。あなたは数か月で壊した」


 涙がこぼれる。

 彼女は拭いながら囁く。

「愛してるなら証明して。消えて。完全に」

 ナイフを差し出す。

「武士の覚悟を見せて」

 怖い。

 確かに私は罪を犯した。

 でも、誰かの名誉のために死ぬ?

 そのとき――

 扉が破られる。

「由月!」


 ケンジ。

 顔は蒼白。呼吸は荒い。

「触るな!」

 彼は私を覆い、拘束を解く。

 震える手。

「リナ……」

 由月が叫ぶ。

「どういうこと!? なぜその女を守るの!」

「俺はリナを愛している」

 静かだが、確かな声。

 由月の崩れた叫び。

「愛してるのは私よ! 政略結婚を受け入れたのも、子どもを産んだのも、全部あなたのため!」

 ケンジは目を閉じる。

「最初から愛ではなかった。家同士の契約だ」


 由月は膝から崩れ落ちる。

「時間が経てば愛せると言った!」

「……努力はした」

 乾いた笑い。

「努力?」

 長い沈黙の末、彼は言った。

「本当には、愛せなかった」

 空気が凍る。

「子どもに関しては……俺の罪だ。だが、もう一つの過ちは犯さない」

 彼は私の手を握る。

「愛しているのは、リナだ」

 由月が震える。

「今ここを出たら、あなたのキャリアは終わる」


 彼は即答しない。

 そして。

「君を失うほうが、怖い」


 ◇◇◇


 数週間後。

 大規模な記者会見。

 私は彼の隣に立っていた。

「リナとの関係は事実です。強制も、陰謀もない。私の責任です」

 フラッシュ。

「公職を辞し、正式に離婚を申請します」

「すべてを失う覚悟ですか?」

 彼は私を一瞬見て、答えた。

「舞台を失っても、正直な人生を得られるなら」

 その発言で、隠されかけた巨額不正は再燃した。


 世論は“なぜ彼が標的だったのか”を疑い始める。

 ケンジは政治を去った。


 ◇◇◇


 数か月後。

 カフェは本物のカフェになった。

 秘密の警備も、裏口の車もない。

 木の香り。コーヒーの湯気。朝の笑い声。

 私は窓際に座っている。

 お腹は七か月。

 キッチンでエプロン姿のケンジ。

「リナ、少し待って」

 差し出されたオムライス。

 ケチャップで書かれた文字。

 《ママと赤ちゃんへ》

「字、下手」

「昔は法律に署名してた。今はケチャップだ。進化だろ?」

 彼は向かいに座る。

 カメラの前では見せなかった顔。

 計算のない眼差し。

「後悔してる?」

 首を振る。


「地位は失った。でも家を得た」

 彼の手が、そっと私のお腹に触れる。

 外では看板が風に揺れる。

 記者も、閃光もない。

 ただ、選び取った人生。

 偽装ではなく。

 愛でも逃避でもなく。

 ――選択としての、幸せ。

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