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現代篇 雨月物語  作者: 聖千選


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5/5

第一章(5)

 

 蛇の目の女はキバとなった歯を口から剥き出してギリギリと唸り声をあげた。こちらに向かって敵意を見せているのがわかる。さてどうしたものか。秋成は頭の中で思念する。


(キョーマとやら、この場合はどうします?貴方なら知っているんでしょ?邪念を打払う方法を・・・)と、懐にしまったオブジェを取り出してとんとんと指を叩く。


(わかるのか?)


(ええ、時空の歪みを正すこと。そのために貴方は更なる未来からここに来たのでしょう?)


(ならば、説明は不要か・・・)


 キョーマはそう語ると、オブジェの姿をガタガタと振るわせながらその形態を変化させる。榊のような刃は更に鋭くなり、先端の刃は1メートルほどの巨大な太刀となって秋成の前を飛び出した。秋成の身体はそれに従い、思わず前のめりに倒れ込んだ。倒れる際に榊の刃のひとつが顔に当たりそうになるが、それは咄嗟に躱した。


(この重い剣で斬れというのか・・・?)


(それが幻獣を斬る条件なのだから仕方がないよ。幻獣たちは時空の歪みが産み出したもの。それを封じるには時空のエネルギーを絶つしかない。だが、封じ込めに失敗すれば我々は再び過去と未来に飛ばされてしまう。そうなった時のために質量は同じにしておく必要があるんだ)


(時間軸均衡の法則ね。つまり、この剣を軽くするにはおれ自身も減量(ダイエット)しないと行けないということか)と秋成は笑えない苦笑をする。


 太刀の重さ云々以前に秋成のこれまでの人生で剣術というものにはほとんど縁がない。戦国の世から幾星霜過ぎた頃か時代が忘れていたためにその術を要する事態は考えもしなかった。

 その秋成の戸惑いをチャンスと捉えて、女の皮膚から何かが飛び出した。それは宿主である小町の容積からは明らかに超えた巨体の大蛇であった。その深緑の皮膚の中に黄色いスジが入ったいかにも毒を纏っていると警告する紋様が全身に延びている。小町から延びた大蛇は飛び出した勢いそのままに一直線に秋成の身体に巻き付き締め上げた。


 蛇の幻獣の締め付けはさらに強くなり首もとについた冷たい肌がだんだんと感じられなくなってきた。幻獣は実体を持たない怪異な存在であるが、締め上げる力には生命力を感じるほどだ。

 死ぬのか?と自問した秋成の頭の中にこれまでの人生の思い出が巡ってきた。走馬灯と呼ばれるものだろうと判断が付いた。37年の人生で幕を閉じるのは人生五十年と呼ばれる中では短いのだろうが仕方のないことと諦めを覚えていたが、妙に妻のたまの姿がチラ付いてくる。離れてみて色々と思うところもあるのだろうか。そうなると少しずつ気持ちが変わってくる。


(死ねない!)


 秋成は両腕を握り直し力を込めると榊の太刀が持ち上がる気配があった。これならいけると更に力を込めて太刀を振り上げるとそのまま自分を締め付ける大蛇の身体を強引に振りほどいた。そして持ち上げた太刀はその重さに従うように振り下ろされて、体勢を立て直そうとする眼前の敵を斬った。とっさの事での馬鹿力が発揮されたのだろうか。「グェェェーーーッ!!」という悪魔の断末魔は離れていた健二の耳にも届いた。その瞬間、男は現実の感覚を取り戻し上半身裸の身体には肌寒さが駆け抜けてとっさに両腕で身体を覆った。

 全てのちからを失った小町の肉体の中から一筋の邪気がスルスルと抜け出ていくのを確認した。

 秋成はそれを呆然と見つめていたのでキョーマが思念で語りかけた。


()火事場の馬鹿力か、そんなにうまく行くのか?)


(想像してみたんだよ。最近、妻がお隣さんから頂いたお菓子がうまいとよく食べててね。そんな妻を考えならが、俺はこの妻をだき抱えることが出来るのかをね)


(しょうもないことだな・・・)


(いやいや、愛の力とでも言ってくれよ)


 戯言を語る秋成の側に健二が近づいてきた。憤りと恥じらいで何を語りかけていいか纏まらずに頭をかく。

 取り憑かれた蛇の光が去ったあと女はその正体を現した。嗄れてシミが目立つ顔立ち。健二はその姿を初めて見た。嘘だと心のなかで否定したが、考えるだけ虚しくなった。


「すべては幻ということか・・・」


 呟く健二もまた、蛇姓の毒牙によって気持ちが高揚されたところから一気に地獄の世界に落とされた被害者の一人なのだろう。

 秋成の見立てでは小町は蛇の幻獣に取り憑かれている間の記憶はない。健二と付き合っていた期間はノーカウントである。その事を説明したが、どうにも健二の理解が追い付かない。

 初めてできた彼女が後になって取り消されたとなれば、彼に残るのは未練だけである。それでも彼はまだ幸せな方だ。

 しかしそれは幻獣のせいなのだろうか?現実にも男女の恋愛などは曖昧なもの。彼女が付き合っていないと言えば上書きしてそれが真実となる。遡って訴えられないだけマシだろう。


 秋成と健二は小町から夜空に飛び去った光の行方をただ見つめるしかなかった。



 ー第一章 終わりー

お読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに。

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