第一章(2)
残された秋成は側にいる籔田にこの世界は何なのか?元に戻れるのか?等々、問い詰めたがレポートをまとめるのに忙しいと言って相手にしてはくれない。彼が広げたノートPCをカタカタと打ち始めた。その見開きを秋成が覗き込むと「2025年12月××日」という書き出しがある。西洋医学を学んでいたお陰でアラビア数字と西洋歴には多少見聞きはしていたが、どうにも年数が大きすぎる。どれ程の未来だというのか。試算するにしても頭を太陽暦に切り替え、宝暦明和から西暦に改める必要がある。秋成はもう少し算術を学べばよかったと頭をグシャグシャと掻いた。
(254年9ヶ月と23日11時57分37秒7645・・・)
すると突然、秋成の心に囁くような声が響いた。背筋を撫でるような呟きのためゾッとしながらも恐る恐る振り替えると、目の前には銀色の置物が横たわっていることに気付く。それは榊のように幾重にも枝分かれしたかのように刃が乱雑に生えていた。秋成はその鈍く光る銀色に覚えがあった。嶋屋の火災に遭遇してこの世界へと潜り抜ける際に前方から自分を包み込むものがあった。それは水銀のように不定形にブヨブヨしており、自分と同じほどの大きさかと思えば、ガハッと広がって一気に秋成の身体を包んだ。繭となった銀色の物体にのまれてからの記憶はなく、気付いたらこの世界にやって来ていた。ただ、包み込んだ繭の重みは未だに全身に感じていて未だに首から肩にかけてコリがとれない。オブジェを見た瞬間、ビリビリと抜け落ちていた記憶の断片が思い出されるような心地がした。
(コイツのせいか・・・?)
肩に痺れが残るなかで秋成は徐にそれに手を伸ばそうとするとオブジェの方から何か声が聞こえてきた。
(ここまでたどり着きましたね)
(君は誰だ?)
(ワタシはキョーマ。キミと同じだけの時間を超えてここまで来ました)
(君もあの博士に呼ばれて未来に飛ばされた被害者か?)
(いいえ、ワタシは未来からこの過去の世界にやって来たもの。キミを救うために、同じだけの時間を使って・・・)
(どういうことだ?)
(ここにいる薮田博士のタイムスリップ技術は本物です。しかし、彼はひとつミスを犯しました。その事に彼は気付いていなかったのです)
(ミス?)
(そう、時間軸均衡の法則というものがあるのです。もしそれがずれるとなると・・・)
時間軸均衡の法則:過去の世界からの物質を移送する場合、膨大な時空波動のエネルギーが生じてその間の歴史帯に影響を及ぼす。その時空の歪みを阻止するためにはその過去と同時間の未来から同じ質量の物質を衝突させて打ち消す必要がある。
(そんなこと、あの爺さんに言ったらどうだい?俺をこの時代に呼び寄せたのはその人なんだから)
(それは出来ない。近い将来、その薮田という男は自ら時間軸均衡の法則があることを突き止める。その発見があるまではこの時代に先のことを予見してはならない)
(もし話すと歴史が狂うということか?)
(察しがいいな)
(こういう話では定番だろう?)
突然、ゴーンという音が鳴り響いた。近くに寺があるわけではないのにここまで響くものなのか。籔田は「雷か?予報にはなかったけどな」と珍しく呟く。
秋成は漸くオブジェを掴み研究室を立ち去って外に出た。会館の外は土砂降りの雨が殴るように降っていて帰宅途中のサラリーマンたちが右往左往していた。秋成は星も見えない夜の闇が異様に濃く感じた。キョーマは秋成のなかで呟く(時空が歪んでいる。幻獣が現れる気配だ!)
(何だよ、結局この時代も綻んでいるじゃないか・・・)
時間軸均衡の法則を維持するために召喚されたキョーマだが、その影響は治まったわけではない。所々でその影響は微細に発生している。未来人たちはそれを幻獣と例えていた。
とは言えども、秋成にはまだ話が半分も着いていけていない。そもそも未来から来たというキョーマという存在が理解しがたい。秋成の時間の干渉を抑えるために彼もまた同じ質量に調整していたのだろう。水銀のような不定形から繭の姿へ。そして今、榊のオブジェのような姿をして秋成のアクセサリーとなっている。
(キミの方がよっぽど幻獣のようだけどね)
話によるとキョーマは未来人に幾つかの異星人の要素も組み合わさっている存在らしい。ますます、話が付いていけなくなった。
雷はもう一度鳴り響いた。その強い閃光は一瞬だけ周囲を照らす。その中で不振な影があった。
(幻獣の気配か!)
肩を震わせながらソロリと振り替えるとそこには立ち去った健二が立っていた。もう戻らないかと思っていた秋成は眼を丸くした。「アテが外れてね」と不機嫌そうに言うと仕方なく秋成を自分の家に案内すると言い出した。
少し計算してわかったことがある。キョーマを使って自分が元いた過去に戻るならこの世界が未来に進んでいる以上、キョーマはその分だけ先の未来に戻る必要がある。それでいいのだろうか?と秋成は邪推していたが今は目の前の男のご厚意に甘えることとした。
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