閑話 4 八百理事
「おはようございます三枝主任、早いですね。昨日のメッセージは読んでもらえました?」
出勤して自分の研究室兼診察室に入れば、休日当番医としてではなくマリちゃん専属として詰めて貰った敷田さんがいます。若干眠そうなのは遅くまで資料をまとめていたか、配信者としてあるツキの動画編集等をやったいたからでしょう。
「おはようございます敷田さん。座敷童子さんの洗浄の件はメッセージを読みましたし、マリちゃんの方も特段変わったところはなかったと確認していますよ。しかし、桃の栽培は思ったよりも時間がかかるようですね。ゲームならその辺りは早いと思っていましたが・・・。」
「主任はゲームあんまりしないんでしたっけ?」
ロッカーから白衣を取り出しつつ話を振りますが、誰でも何かしらのゲームを行い、その中で学習したりリハビリをしたり技能を身に付けたりもしますが、私はゲームと言うものをほとんどしません。
継続するために楽しさを取り入れ、多少の壁と不自由さを持って突破時の快感を増幅し継続させる。心理学的にもおかしな点はないのですが、私からすれば気が散って仕方のない要素です。
古風と言われるかもしれませんが、今でも私は何かを学ぶ時は机と本とノートを使います。確かに調べ物をする際にスマートレンズやインターフェースに頼めば、対話しながらの問題点の洗い出しや即時の情報収集も可能なのですが、自学は急かされるものでもない。
「ほとんどしませんね。特に医療提携型のゲームはプレーしていると医者目線で考えてしまい、ストーリーや操作性よりもどう作用しているかの方を考えてしまいますよ。それこそ純粋なカードゲームやパズルゲームも判断力と記憶力の向上訓練だと思ってしまいますから。」
「それはある意味重症ですね・・・。と、座敷童子を洗浄した溶液は廃棄せず全て取り置きしてます。コレから分析に取り掛かりますか?」
「いえ、医院長に呼ばれているので分析は後からにしましょう。今朝のマリちゃんは?」
「ご飯食べてヨガしてトラブルオンラインにログインするって言ってましたね。昨日は砂漠手前まで行って予定通りなら今日には報酬がもらえるそうですけど、もしかしたら他のイベントトリガーも引いてるかもって言ってましたよ?」
「そうですか・・・。いえ、華澄さんと接触して急に外に出せと言わない限りは現状のままでいいですよ。」
「分かりました〜。」
そう言葉を交わし病院の廊下を医院長室へ向けて歩く。途中であまり好きではない白波先生と挨拶程度の話をしますが、マリー・ガンディーと話したいと言うのはどう言う思惑でしょうか?
マリちゃんの偽名でありつつ、医院長の客人と言う立場にあるなら医院長に取り入るために・・・、幼気な外見から上手く丸め込めるとでも思ったのでしょうか?それとも単純に好意から?なんにしてもNOと返したので病室に突撃でもしない限りは大丈夫でしょう。
「三枝です。今よろしいですか?」
「あぁ、入ってくれ。・・・、八百さんそんなに荒ぶらないで!?私のキュウリ食べないで!」
「いやー!おつまみはいるの!その酒瓶も私の!もしくは樽でちょうだいよ五郎ちゃん!嫁の頼みだよ!」
「だからって、ここは病院!禁酒って話したでしょう?」
「ここは私室だからOK。理事としてそう判断しましたー。」
「・・・、お取り込み中なら出直しますが?」
「いや・・・、いいよ。三枝君、彼女の事は知っているね?」
「ええ。天野 八百理事ですよね?医院長の奥さんでもある。海外に行かれたと聞いていましたが、帰国されたのですね。」
医院長の妻、そうデータ上でなっている女性はやはり妖怪と言うカテゴリーに属する。本名は既に失われて久しく、仮に歴史的な名を言うなら八百比丘尼。成人と言う言葉は疾うの昔に通り過ぎているはずですが、その当時の栄養状態のせいか小柄です。
本来は尼と言う話でしたが今の彼女はレイを首から下げ、麦わら帽子に大きなサングラスをかけてアロハシャツと言う格好で、一升瓶から手酌でコップに日本酒を注いて飲んでいます。医院長が苦言を呈するのはいいとして、私からはなにも言えませんね。あくまで雇われている医者ですし。
「いや〜、呼ばれて海外行くのはいいけどやっぱり白米と日本酒が恋しくなるよねぇ〜。と、マリちゃんだっけ?その子の状態は?三枝ちゃんも飲む?それともマカデミアナッツ食べる?」
一気にお酒を飲み干した後コチラを向いた顔は赤らむ事もなく理性的な光を宿していますが・・・、チラリと医院長を見ると頷いて返すので話すとしましょう。
「いえ、勤務中ですので。今わかっている限りですがマリちゃん、本名雁木 真利さんについては憶測や仮定と言う部分が多くあります。体の状態ですが健康そのものです。コレはゲーム内データを元にバイオナノマシンがマリちゃんの体を構築し最善の状態・・・、つまりは何時でも戦える状態を再現し続けているためだと思われます。」
「ふ〜ん・・・、老化は?」
「ゲーム内設定では老化と言う概念がありません。また本人が使用していたアバターに関しても亜人であり、寿命と言うものが設定されていないので外見的、内面的な老化は多分ないと思います。」
「それなら大元となったゲームの方に老化の設定を入れるのは?或いは、老化すると言うテキストを一文添える。それならまた彼女は人として死ぬだろう?」
「医院長それは・・・、いえ。仮定の話ですが既に九尾の狐を越えた者と言う称号の中に不死性を謳った一文があります。それに、ゲームそのものも医療提携VRMMOなので運営だげはなく国への連絡も必要になるかと。」
「結局国が絡むか。今日君に来てもらったのは新型バイオナノマシンのロールアウトを国からせっつかれてるからなんだよね。」
「ロールアウトをですか?」
「そう。評価に置いて全ての項目がS。この判定がある限り国もAIもナノマシンを早くロールアウトして普及させたいと考えているよ。」
「それは・・・。色々と作用プログラムを調整してはいますが、マリちゃんと言う実例がある以上まだロールアウトさせるわけには・・・。」
「あぁ、だから思う存分調整はしてくれて構わない。」
「・・・、えっ?」
「そのために私も帰って来たからね。コレでも何時だったっけ・・・、なんか蹴鞠とかしながらおじゃるおじゃる煩かった頃から生きてるか色々とツテはあるし。」
八百比丘尼・・・。800年生きたと伝承されていますが、既にその年月は通り過ぎ洞窟で経をあげることをやめて現世に出て来た妖怪側に立つ人。いえ、医院長も理事も国としては人と認めて・・・、状況がマリちゃんと酷似している?しかし、最大の違いはお二人は人として見れますが、マリちゃんは明らかに耳と尻尾が狐のもので・・・。
「まぁ、最近宮内庁の方々がよく来られているでしょう?木本さんや柊さん、それに座敷童子さんもね。座敷童子さんは別として、私も八百も妖怪でありつつ今は国のシステム上人として生きている。そして、この病院の医院長と理事だ。だから、人の世のしがらみに縛られる。」
「それは・・・、マリちゃんか退院を宣言した場合引き止められないと?」
「そうなるね〜。健康と判定されてシステムもそれは理解してる。本人が外に出ないと言うなら私達は被験体と言う名目でいてもらえるけど、外に出ると言い出したら止める手立てはないよ。だから、私達に出来る事は出来る限り外に出ても暴れない様にしなきゃいけないし、新たなる巫女として自覚もしてもらわないといけないかな?」
「巫女ですか?確かにゲーム中では狐娘で巫女姿ですが・・・。」
「うんうん。それはもう葛の葉やら玉藻状態だけど、アレよりも更にたちが悪い。」
「たちが悪い?」
「そう。ここでシンキングターイム!イタコがなんで自分に幽霊を降ろすと思う?」
「質問の意味が理解出来ないのですが・・・。」
イタコ、確か過去にいた降霊術を行う女性でしたか?スマートレンズで検索すれば口寄せを行い死者を呼び寄せその言葉を伝える。或いは自身の体に乗り移らせて言葉を紡ぐ者とあります。しかし、それがマリちゃんとなんの関係が?それにイタコは巫女ではない様な・・・。
「なんでもいいぜ!当てずっぽうでも場当たり的な発言でも。」
「・・・、それが扱いやすいから?」
「ニュアンス的に本人がって感じだけど、答えは反対でーす。私達はこうして体がある。でも、幽霊とかは体がない。そんな幽霊やら妖怪が1番扱いやすいのが微弱な電流、生体電気で繊細に動いてくれる人の体だからでーす。」
「それは・・・、桃やカボチャ?」
「そう!五郎ちゃんに話聞いて、座敷童子の反応も聞いて私が出した答えは・・・、境界に立ち厄災も幸運も呼ぼうと思えば人の世に呼べる最新式の狐巫女。そもそもね、三枝ちゃんが世界をどう捉えてるかは知らないけど、結構アバウトで場当たり的で余白マシマシなんだよね。」
「そうなんですか?」
「うん。仮に世界がルール通りに運用されるものなら最初からミスは発生しない。ミスっていうのは余白で適当にやった結果だからね。コレでも引きこもってお経あげて悟って出て来たからマジだぜ。」
「八百理事は悟りを開かれたのですか?」
「そう、引きこもってお経あげで悟ったよ、暇ってね。いや〜、飲まず食わずでずっといたけど、ふと悟ったのさ。これって意味ある?って。私も変わらないけど世界も変わらない。なら、お互い変わらない者同士好きにやっていいんじゃね?ってさ。だからカッパの五郎ちゃんと結婚もしてみたし、食べ歩きに・・・、おっと。医学界の会合でハワイに行きもした。」
そう言いつつ八百理事は手酌でついだ日本酒を飲み干し、天野医院長の前にあるキュウリを掠め取ろうとしていますが、それより先に医院長か隠してしまいましたね・・・。
「八百さん、私はもう食べ歩きって知ってるから。」
「ばれてーら!と、私はそのマリちゃんって人に直接会ってないし、話してないからどう言う人かは分からない。でも、今で来てる事を考えると、別の世界を自分を介してコッチに呼び出せてる。」
「しかし、桃やカボチャはあくまでナノマシンの集合体で・・・。」
「変わらないよ三枝君。例えば藁人形は動かない。これには神経もなければ電気を通して動かすものがない。でもナノマシンは電気で動く。更に言えば物体として存在もしている。だから私や座敷童子はマリちゃんを怖いと認識した。なにせこの身が滅んだ後にカッパとして存在した時に、強制的にそれに閉じ込められてしまうから。それと同時に、桃だよ。」
「桃ですか?確かに座敷童子も桃とカボチャは違うと言っていましたが。」
「召喚したならそれは式神、ただ渡すだけなら貰った本人が自由に使えるなにか。座敷童子がナノマシンを洗浄されて体調を崩しているなら、それは予想以上に浮かれてエネルギーを使ってしまったからだろうね。」
「確かに敷田の方からは『何かが抜け落ちた』と座敷童子が発言していたと聞いていますが、それは本人が補えないモノなのでしょうか?例えばこう・・・、何かを食べるとか。」
伝承から考えれば妖怪の厄災は人を食らうこと。それこそ鬼は人を食い餓鬼は腹をすかせて食べ物を食べ尽くすとある。なら、マリちゃんが呼び出した妖怪もまた?
「食べれば少しは回復するかも知んないけど、答えは真逆でーす。」
「コレも真逆ですか八百理事。」
「うん。だって食べたらエネルギーに変換しないといけないじゃん。人が何かを食べてエネルギーにするにはそれ相応の機関、平たく言えば五臓六腑に染み渡る〜っと、言う風に臓腑がある。でも、それがないなら電気分解しないといけない。考えてみ?エネルギー取り出すのに倍以上のエネルギー消費すんだよ?そりゃぁごっそり抜け落ちるさ。」
話の辻褄としては合っていますねしかし、ならばマリちゃんは人ではなく妖怪側に立つのでは?八百理事は境界に立つと言っていますが、その境界とはどこの境界なのでしょう?或いは、このままゲームを続けさせるのではなく、やめさせたほうが?
妖怪である座敷童子は続けさせろと言っていましたが、それでも今の話を総合して行くと止めさせて出来る事を隠し、平穏無事に暮らしてもらう方が明らかに安全だと言える様な・・・。
「ゲームを止めさせてこの話を本人に伝えなければいいのではないですか?」
「それはダメだよ。マリちゃんのルールはそのゲームのルールに準じている所が多い。それを途中で辞めさせれば今度はバイオナノマシンの方が学習先を探して本人が出来ることではなく、ルールとして出来る事を学びだす。仮に終わり・・・、いや、解放があるとすればそれはゲームの終わりだね。」
「クリアさせればいいと?」
「ゲームとしての配給停止だよ〜。それがあった瞬間、マリちゃんはゲームのルールを完全に自分のルールにしちゃうけどね。」
「自分のルール・・・。」
「そう!目に見えない妖怪でもそれの属する世界はある。それは人々がこうだって思って作り上げてそちらへ行かされた末の世界だとしてもね。でもマリちゃんの場合は既にある世界のルールを聞いて自分を介して呼び出してる。だから巫女なのさ。まぁ、狐だから好き勝手もするんだろうけどねぇ〜。」
「具体的には私はどうすれば?」
最大の争点はそこです。話を聞き切りではかなり危険で、ゲームのルールに準ずる部分が多いと言うことは、そのままカンストプレーヤーとしての行動が出来てしまう。これが医療提携型でなければ、本人の行動違和感により修正される部分もあるのでしょうが、トラブルオンラインは医療提携型で脳波操作もふんだんに使います。
「スタンスはそのままに宮内庁側、木本さんや柊さんと連携を取ってほしい。あちらはマリちゃんを外に出したいとしているが、その部分はマリちゃん本人の判断に委ねようと思っている。」
「私は一応そのマリちゃんって人をひと目見ておこうかな。」




