2話 詫びは美味しい 挿絵あり
「お久しぶりです川端部長。どうぞつまらないものですが差し入れです。部長は微糖でしたよね?」
「おお雁木君か。いつもありがとう、現場のみんなも喜ぶよ。さて・・・、話は仕様変更の件だな?」
「ええ。実は・・・。」
コンビニで缶コーヒーとシュークリームを買い込み飛騨製作所へ。差し入れと言えば定番はコレで変に菓子折りを持っていくよりも喜ばれる。割と体力仕事してる人って甘いモノが好きなのよね。なにせ糖分はそのままエネルギーに、カフェインは眠気覚ましと集中力に効く。
「話は分かるがほぼ完成品だぞ?ちょっと弄くるのは訳が違う。それに納期厳守だろ?かなり厳しいのは分かるよな?」
「重々承知しています。しかしこの仕様変更はどうしても必要な変更でありまして、新型バイオナノマシンを使用する際に従来のナノマシンの様に溶液に入ると言う形だけではなく、全身散布をしないと通常の皮膚とナノマシン側との齟齬が発生し皮膚断裂や悪性腫瘍化・・・、皮膚がんの元になる可能性があります。それを回避する為の仕様変更です。」
全身スキャンは今時どこの病院でもやるし、医療用ポットにはその機能が全て付いている。しかしこの新型バイオナノマシンは体内投薬だけでは無く外傷治療も行う。その為従来とは比較にならない程のナノマシンに外部指示を出さなければならず、欠損部分の修復まで行うなら体表となる皮膚と中身である骨や、神経の形成と言ったプロセスが必要になる為プログラムは膨大に・・・。ナノマシンって優秀だけどそれでも限界ってあるのよね。
個別に皮膚や神経、骨や筋肉の生成は出来てもそれを1台のマシーンで全てこなすのは大変だった。しかし、今回の新型バイオナノマシンは医療ポット1台で済ませようとしている。ナノマシンの動物実験は完了しているのだが、データだけ見ると今の医療ポットじゃあ新型ナノマシンを扱うとなると性能不足なんだよね・・・。
「どれだけ上乗せする?」
「初期報酬から1.4倍はかたいかと。」
柳田から網膜投影で送られてきたが、クライアントはこの仕様変更に納期厳守とするものの3倍出だすと言う話で落ち着いたらしい。ウチの取り分と飛騨製作所への支払いを加味するともう少し出せるが、その辺りは交渉次第だろう。
「残業まっしぐらだぞ?かたいなら更に、だ。分かるだろう雁木君。いいものは作る、しかし人は飯を食わにゃならん。」
「それはお互いと言う所です。ケチなクライアントには我が社から文句を言うとして・・・、1.45・・・。」
溜めて顔を作り悩んで見せる。あえて細かく刻んでギリギリだと思わせる。共通の敵はクライアントで仲間意識を作る。対面で営業やら商談をするなら話術と心理学は修めるべきだ。こちらの呟きに川端部長は一瞬眉が動いた。
「御社との付き合いです・・・、1.5倍。これでどうでしょう?変更用のパーツは後日持っています。」
「それなら引き受けよう。後で契約書を送ってくれ。」
その後世間話をして飛騨製作所を後にし会社へ戻る。最大でも1.65倍を1.5倍に留めたなら部長も喜ぶだろう。あまり絞っても今後の付き合いに影響するしな。しかしクライアント、今回は東亜メディカル技研だが金待ってるんだからもっと出せよ・・・。利益率は悪くないがせめてもう一声欲しい。バスに揺られながらネットにダイブしゲームの公式サイトでサーバー復帰を確認しアバターをチマチマ弄る。
昔は暇ならスマホを弄っていたらしいが、今はみんな目を閉じで寝た様にネットを旅している。或いはそのネットの世界はなくて全員明晰夢を見ているのかもしれないな。
「戻りました。部長、契約は送った額で了承してもらいました。」
「いい数字だ。もう少し吹っ掛けられると思ってたけど上手くやったね。」
柳田からは最高でも1.65倍の報酬と言われていた。それを1.5倍に留めたなら悪くない。部長としても想定内の数字で予想通りご満悦の様だ。低く抑えるだけなら2流、持論だがその後の付き合いまで考えるなら相手にとっても旨味がいる。それは誠意なんて言う不確定なものではなくて数字で示さなければならない。川端部長も言っていた様に仕事をすればそれで飯を食う人間がいる。
初めての下請けには残業を回さず仕事内容を見て今後の付き合いを考える。信頼関係が出来れば報酬と仕事内容のギリギリを見極めて出来る範囲の無茶を言う。そして今回の様な嫌がる無茶は金銭という契約で還元し、やる価値を付与していい仕事をしてもらい関係を続ける。
そんな事を考えながら自身のデスクへ戻れば、俺を見付けた柳田が頭を下げながらタバコと缶コーヒーを差し出してくる。礼儀を忘れない奴はいい。忙しくて買えなかったから明日持ってくるなんて言う断りを入れるやつもいい。ただ断りを入れてそのまま忘れる奴や、ノリと勢いで誤魔化そうとする奴には適度に距離を置く。
だってそうだろう?確かに会社としての利益は上がるが使われてるのは俺の時間だ。別に指定したものじゃなくてもいいし、代わりに何か資料をまとめてくれるとかでもいい。要はギブアンドテイクを忘れた人間はどこまでも頼るだけの負債になると言う事だ。
「助かりました先輩!どうぞお納めください・・・。」
「くるしゅうない、良きに計らえ。と、クライアントとは?」
「3倍はかたいですがそこからですね。ただ相手は焦ってるのでもう少し交渉すれば引き出せますし、先輩にも書いてもらった被検体契約書も地味に効いてますよ。」
「それ本当に使用しないよね?まぁ、健康診断でも『良』だから今は使えないし、逆に大怪我でもしたら使って欲しいけど。」
「流石に健常者を使っても治療完了しか出ませんよ。今の医療技術だと健康なら帰れですし。」
「分かってるけど敢えて闇討ちとか?」
「いつの時代ですか、それ。困ってる人はいますしこれに期待してる人もいますからね、何か事故でも起きて先輩がズタボロなら使ってもらえるかもしれませんけど、そのズタボロも四肢切断とかですよ?」
「わかってるよ。いや、分かってるから言い直すか。死にそうなら真っ先に使ってくれ。流石にまだ死にたくない。」
「結婚とかしたいんですか?」
「独身貴族を謳歌したい。結婚は追々だな、この前帰省したら親も結婚とか言ってたけど適当にはぐらかしたよ。」
「割と先輩人気あるんですけどね、仕事出来るしさり気なくフォローもしてくれるし。さて、今日は上がりですけど先輩は残業ですか?」
「いや?俺も上がり。帰って酒でも飲みながらゲームでもするさ。」
そんな話をしながらメールチェックだけして会社後にする。急ぎの仕事はないし部長からの連絡では柳田の方のバックアップに回って欲しいと指示が来たので、このまま数日は医療ポット関連で飛騨製作所との打ち合わせだろう。
スーパーで適当に夕飯と摘みを買い込み食べて少し酒を飲んだらゲームへダイブ。昔はMMOと言えばRPGで任意でのジャンプが出来ないものが多かったと聞くし、VRMMO開発時もジャンプは難しかったらしい。まぁ、フィールドを見てそこに崖があるのになぜ登れないのか?やモンスターの攻撃に対してジャンプさえ出来ればヒット判定が無効化出来ると言った開発側の問題だな。今なら崖を見て登れそうなら登れるし、街中でも屋根の上を走れる。
ゲーム内時間加速なんて言う技術もあるが、そう言ったゲームにはNPCとの結婚機能はない。下手に結婚されるとAI生成シナリオに齟齬が出てくる時もあるし、基本的にどのゲームもプレイヤーは稀人やら旅人扱いなので互いに恋愛対象にはならない様だ。
「詫びの金塊が3000にお金とポーション20か。有償ガチャ10回分ならそこそこおいしい。まぁ、貯蓄だな。さっさとデイリー終わらせて無料ガチャぶん回すか。」
今日のデイリーは雑魚討伐なのでさっさと受注して雑魚狩りへ。モンスターに個別名称やら図鑑を見ればフレイバーテキストも読めるが、お優しい運営はレベルではなく種族として雑魚等を決めている。笑える話だが推奨レベルの高い地域に行ってゴブリンLv120なんてのが出て来ても雑魚である。
逆に昨日倒した土竜Lv98は中級となるが、推奨レベルの低い地域でLv20くらいの土竜が出て来ても中級となる。ゲーム的はモンスターがどんどん追加されているので、雑魚として作るなら雑魚と決めておきたいのだろう。ドロップ品なんかを考えるのも簡素化出来るし。
拠点としている街、オーランドからフィールドに出て、その辺りにいるモンスターを探し魔法マシンガンで一掃。遠くに見える新規の人も同じ様にやっているが、装備とLvによりダメージは遥かに違う。まぁ、余程のVRMMO初心者でもなければこの辺りで死ぬ事はない。ヤバいのはフィールドボスだがそれでもこの辺りならLv20あれば負けないと思う。
あくまでゲームなので棒立ちなら倒されるし、装備品を装備してなかったりボーナスポイントを割り振ってなければ負けるのは仕方ない。デスペナはフィールドなら街リスポーンだけだし、ダンジョンなら叩き出されてアイテムロスト。宝箱の中身がロスするのは痛いのでダンジョンだけは慎重にだな。
「デイリー完了っと。定期配置転換もないし楽でいいな。」
「ツキさんですよね?」
「篝火さんでいいのかな?昨日はフルフェイスの兜で顔も見てないけど。」
「はい、篝火2264です。フレンド登録とかしてないし、フロムさんもいないので声かけるか迷いましたけど、人違いじゃなくてよかった。」
「篝火さんは人族か。フロムさんと待ち合わせか何か?」
俺のアバターよりも背は高いが顔付きは若そうに作ってある。老齢キャラを作って歴戦の勇士風にする人もいるが、初心者でそれをするとかなり滑稽だとあまり作る人はいない。まぁ、ゲームを渡り歩いたりコンバート機能を使ってアバター持ち込みなんて人もいるので一概には言えないかな?
「そうしたかったんですけど用事で来れないみたいです。だからレベル上かシナリオ進めようかなって思ってました。ツキさんはシナリオどれくらい進めてます?」
「シナ・・・、リオ・・・?」
「なんでそこで日本理解出来ないみたいなムーブを取るんですか・・・。」
「いや〜、MMOでイベントシナリオ以外のシナリオ進める人って珍しくて。もしかしてクローズドゲーム派だった?」
「確かにVRMMOは初めてですね。でも、普通ゲームならメインシナリオ進めたりしません?」
「う〜ん・・・、MMOってそもそもエンドロールのないゲームだからメインシナリオ進めても・・・。このゲームが何を目指してるって訳でもないし。やるとしたら発生シナリオとか?そっちならスキルとか貰えるし。」
「でもゲーム開始のオープニングムービーでは大いなる邪悪が〜とかありましたけど?それを討伐するんじゃないですか?」
「多分すぐにネタバレすると思うから見せるけど、コレが討伐報酬だよ?」
インベントリから杭を取り出す。邪神を封印せし者の杭と言う武器で完全覚醒状態にしてある。元機能が貫通ダメージ標準の覚醒で追加ダメージ増加だが、如何せん元攻撃力が低めに設定されているせいでそこまで強くない。強いて言うなら派手でカッコいいエフェクトが最大の魅力とか?
「なんだ、ツキさんメインシナリオ攻略してるじゃないですか。」
「攻略してないよ、だってこれ露店で買ったものだし。」
「へ?」
「ドロップアイテムはすべからく販売出来る。だから何万人もやってるMMOなら攻略して売る人が出てくるし、それを興味本位で買う人も集める人もいる。ゲーム的には過疎ってないし攻略する人もいるからどんどん供給されて・・・。」
「露店で買えちゃうと・・・。た、楽しみが・・・。」
「別にこれ見ても攻略したければすればいいよ。ただ同時並行で発生シナリオ探す方が面白いかな?」
「その発生シナリオってなんです?」
「メインに絡まないシナリオでスキルとか貰えるやつ。オンリーワンスキルとかゲームバランスブレイカーもいいところだからないけど、発生シナリオ探さないと貰えないスキルは多いよ。例えばこの狐火とか。」
スキルを使えば自身の周りに狐を模した火の玉が9つ。モンスターがいれば勝手に飛んで行って爆発ダメージを与えてくれる。下位魔法なんかのスキルは店で買えるが、発生シナリオスキルは秘伝書と言う形でプレイヤーに渡され内容を見て売るか使うかが決められる。
なにせ発生シナリオは攻略するまでなんの秘伝書が貰えるかは分からないし、シナリオの内容で秘伝書の中身が決まるわけでもない。難しければそれだけランクの高いモノが出やすいと言うのはあるが、それでも邪悪な魔術師を討伐したのに防御バフ系のアーツ秘伝書が貰えたりする。
そして下手をすると会得済みの秘伝書が報酬として渡される事も・・・。そうなれば後は売るか取り引きにしか使い道がない。フレンドとのトレードも可能だが発生シナリオを楽しみたい人もいるので基本的には死蔵かな?
「カッコいいですねそのスキル。魔法ですか?」
「うん、魔法スキル。乱発出来るけど最高でも5〜7回かな?MPの回復速度考えれば破格の性能とも言えるけど、すばしっこい敵には回避されやすい。装備がそろえば更に乱発出来るけど固定砲台プレーは飽きてくる。それよりもどんなプレースタイルでやるつもり?フロムさんが来ないなら相談くらいは乗るけど。」
「コレと言ってまだないですね〜。一通り武器とか触ってから考えようかと。難しい武器とかあります?」
「両手持ち固定武器は難しいかな?大剣とか大型グレネードとか。どの武器でも防御出来るけど、両手持ち武器は火力がある分ガード判定が出るまでが若干遅い。逆に双剣とか二丁拳銃とかは素早いけどガード面積は少ない。初心者でバランス考えるなら片手剣と盾とかハンドガンと盾とかかな。」
分類はあるものの武器の種類や形状は豊富で武器毎にモーションがある。例えばさっきの杭は分類で言えばハンマーだし、専用モーションと言えば杭を突き立ててからのパンチ連打。拳で杭を撃ち込むと言う話らしいが、習熟すると剣でも槍でも銃でも殴ってモンスターに撃ち込める。
ついでに言えば盾にも攻撃力設定があるのでジャストガードするとその数値分ダメージがモンスターに入り、キャラクターはノーダメージ。両手盾持ちRTAは中々見応えがあったな。迫るモンスターがどんどん吹っ飛んでいったし。
「なら貰った盾と剣で序盤は慣れようかな。そう言えば大麻は杖ですか?殴りかかってましたけど。」
「大麻は剣/杖だよ。魔法が撃てて剣として斬れる。杖の両手持ちでMP底上げって事も出来るけど、それをするくらいならナイフを持つかな?攻撃速度も速いし。そもそもこのゲーム重量はあるけど装備制限も位置制限もないんだよね。その代わり盾はジャストガード以外盾の範囲しか守ってくれないし、ジャストガードした人以外にはダメージも入る。」
例えば俺が盾を構え高身長アバターが後ろに立つとする。この時ジャストガードすれば俺にはダメージが入らないが、後ろに立ったアバターにははみ出した身体分のダメージが入る。コレを回避したければ俺の後ろで姿勢を低くしてはみ出さない様にするしかない。判定としてはアバターの影から出なければ大丈夫と検証されていたかな?
「盾を極めたら結構活躍出来そうですね!」
「極めるのが面倒だからオートジャストガード機能付きの尻尾使ってるんだけどね。レベリングしてればそのうちなんとなくタイミングが掴めるよ。因みに尻尾は攻撃力が低い。」
過去にあった死にゲーではないが、デスペナが緩い分運営の殺意は高い。流石に街を出てフィールドに入った瞬間徘徊ボスとご対面なんた話はないが、30体くらいの雑魚がウロウロしている事はある。それにNPCの命も軽いのでシナリオ次第で街中にモンスター召喚なんて事も・・・。
街人<自警団=傭兵<騎士団=傭兵<上級騎士と言う住み分けでプレイヤーは自警団辺りの数値から始まる。辺りと言うとは体型のせいで俺のアバターを見ると初期値的には街人より低かった。なにせ子供なのだ。プレイヤーと言う事でクエストは受けられるが、現実的に考えるとこんな奴に任せるわけがない。
ただ、フレイバーテキスト的には人族以外は寿命設定が曖昧で、亜人やら神族や魔族は転生して永遠を生きるやら長寿、不死と言う話がある。俺のアバターである狐娘は妖怪で九尾の狐を超えた者の称号を持っので死ないらしい。まぁ、装備のナインテールに本人の尻尾を加えて10尻尾。確かに妖怪としても九尾超えちゃってるけど九尾以上の化け物っていいのかな?まぁ、ゲームだからいいか。
「盾の性能的にはジャスガ反射で低ダメだと使用を躊躇いますね。」
「そそ。だから初心者としては安全装置に使って強ぇ!って思ってても物足りなくなって卒業したら売るし、上位者になったら再評価して使っても、物足りなくてやっぱり卒業するか売る。それを高みの見物するのが愉悦!」
ナインテールの評価は極端で配布された当初はオートジャストガードか高評価で使われた。しかし反射ダメージの低さから初心者から中級者装備として扱われたが、上位者は覚醒を考えてこっそりと確保に走った。俺?アバターに似合うから買っただけ。
そして覚醒が発表された日は更に混沌とした。9回オートジャストガードは課金装備でも未だにない。しかし、攻撃力は上昇していないので既存の盾よりは明らかに劣る。そして、9回ジャストガードすると盾としての機能はなくなり重りとなる。高速再生があるので無用の長物となる訳では無いが、回復前に攻撃されれば盾には使えないのでボス戦ではイマイチ使い勝手が悪い。まぁ、走り回れば余裕は生まれるし、それを計算して使う人は使う。