11話 肉! 挿絵あり
空腹をどうやって癒すのか?腹の虫は泣きやまず何かを腹に入れろとクレームを付けてくる。それこそお腹と背中がくっつくと言う表現が比喩ではなく現実にそうなるのでは、と。腕は動いた、部屋の中に食うものはない。食べ終えた朝食の食器を舐めても新たにご飯が現れる訳では無い。
めまいがするほどの空腹感は収まらず、何を食うかではなく何を腹に入れるか考える。そう・・・、腹に何か入れなければ死ぬ。誰かにメッセージを送るなんて言う考えは投げ捨てて、動いた両腕で身体を支え地面に足を付ける。
多少収まったにせよズキリと痛む両腿と足は熱を帯び、しかし朦朧とすると意識の中でもある飢餓感が俺を動かす。垂れ下がった尻尾は重りでしかないが、後ろに倒れない様にするにはよく、ズリズリと摺り足の様に上がらない足を動かして洗面へ。
まだ力尽きるな!腹にモノを入れろ!ノブを回し流れ出る水音を聞きながらコップを使うのも面倒で、両手に水を貯め手酌でゴクリ。それからはひたすら飲む。立ったままでは飲みづらいので跪き、自身の手に唇を這わせ止めどなく流れる水を胃に収める。
・・・、駄目だ・・・。腹にズシリと来たが飢餓感は無くならない。カロリーか・・・、やけに肉が欲しいと思ったのはカロリーそのものが不足しているからか・・・。しかし、病院食は味気ないながらもそこそこ量はあった。満腹感とは程遠くてもだ。
どれくらい水を飲んでいたか分からないけど、満たされない空腹感を感じていた時にそれを食えば肉を出すと声が聞こえた。朦朧とするが包装されている・・・。このままでは食えないと、封を切り中身を口へ。ガツガツと何本か食べると多少空腹感が収まった?
「ササミ持ってきましたよ〜。ほら、マリちゃんこっちこっち。」
「に〜く〜・・・。」
「先に服脱ぎましょうね〜。ビチャビチャのままベッドに乗ったら大変ですからね〜。」
「肉!」
服とかどうでもいい、脱げと言うなら脱ぐさ!患者衣も下着もなんもかんの脱ぎ捨てて手掴みでササミに喰らいつく。薄い塩味とカリッと焼かれた表面、そして何よりササミのふっくらとした歯触り・・・。肉ってこんなに美味しかったんだな・・・。
「三枝主任、なんでまたマリちゃんはビースト状態に?」
「推論ですがマリちゃんは健康体で筋力自体もそこまで低下していませんでした。採血の結果としても異常は見られませんでしたしね。ただ、意識覚醒後から今にも至るまでの間に著しくたんぱく質の数値が減少しています。」
「それは・・・、がん等の?」
「いえ、バイオナノマシンです。身体を健康に維持すると言う事は、裏を返せばそれだけの燃料を必要とすると言う事になります。本人の覚醒と共に休眠状態だった身体が覚醒し、その分エネルギー消費が跳ね上がった。特にバイオナノマシンの大元はたんぱく質です。」
「つまり体内でナノマシンを生成する為にたんぱく質が足らず、食事からでは補えなかったから極度のたんぱく質不足から飢餓状態に陥ったと?」
「ええ、あくまで推論ですがそうなります。マリちゃん本人からの証言でも都度空腹を訴えるものがありましたし、覚醒後の食事は重湯やお粥と言った胃に優しい病院食を重視したいましたから。」
「なるほど・・・、それで無心にササミ食べてるんですね。追加がいると思います?」
「バイオナノマシンの生成完了に後どの程度たんぱく質が必要が分かりません。私の自腹で構いませんのでササミだけではなく、豚肉や牛肉も揃えた下さい。」
「わっかりました〜。マリちゃん裸族はダメだからタオル掛けとくからね〜。」
ガツガツ食べていたら更に肉が増えた!出されたと言う事は食っていいよな?チラリと・・・、いつからいたのか分からないけど、三枝先生と敷田さんを見ると無言で頷いたので食べる。と、言うか敷田さんもなにやら串焼きを食べている。
「しっかしよく食べますね。追加で持ってきた分も殆ど食べちゃいましたよ?これは本当に?」
「骨の重は体重の約15%~18%です。マリちゃんの体重は不明ですが、昨晩体勢を変える時に感じた重さはかなり軽かった。もしかすれば身体を維持する為に身体を・・・、筋肉を削っていたのかもしれません。」
「それの限界反動であんなに食べていると。美味しそうに食べてるのはいいとして、身体への負担は大丈夫なんですかね?」
「負担と言うか食べてなかった方が負担だったのでしょう。電力としては心臓がある。デバイスとしてはその電力を使い健康を維持する為に働きたい。しかし、肝心の材料が何一つ足りなか、或いは絞られた状態でしか入って来ない。マリちゃんは重湯を飲んだ後流暢に喋る事が出来ました。それは身体を維持する優先順位として脳が上だからでしょう。事実として心停止しても脳は一時的に生き続けますし。」
「つまり空腹を訴える為に脳の言語視野が活性化したのに肝心の材料が届かなかったと。なるほど、空腹の訴えは本能的な危機の現れだったんですね。」
「そうなりますね。良かれと思ってやった事が結果として悪い方向に傾いた例です。始めから普通の食事か、たんぱく質多めの食事を提供するべきでした。少女の見た目と病後と言う事で本人の訴えを断った私の判断ミスです。」
「落ち着いて来た・・・。はっ!なんで裸!?」
「文字通り我を忘れていた様ですね。マリちゃん立てますか?」
朝の痛みはもう引いているし腕は動かせた。なら、立てるのか?いや、なんか朦朧としてたけど歩いたよね?クラウチングスタートの様な姿勢から両手両足と力を入れていき、身体を持ち上げる!
フワリと浮いた身体は思いの外しっかりと地面を踏みしめて、後ろに引っ張られる様な感覚は多分尻尾があるから・・・。けど、俺は俺の足で事故後初めて立った。そしてその一歩を踏み出した。
「おっとっと・・・。」
「上手くバランスが取れないのでしょう。尻尾も濡れてますし。」
「あ〜、毛並みとか大丈夫なんですかね?こう、カビが生えるとか獣臭がするとか。」
「マリちゃんの毛並み・・・、そう言えば柔らかくてモフモフしてますよね、その尻尾。動物の毛と言うよりは小さな子の髪の毛の様な・・・。」
「その辺りも含めて色々と検査をしたいのですが・・・、ここで出来るものはここでしてしまいましょうか。」
「それはいいんですけど、何か着るものってあります?流石にタオル1枚では落ち着かない。」
「そうですか。では敷田さん例の物を。」
「アレですね。」
敷田さんは出ていったけど例の物ってなに?特注の患者衣とか?とりあえず身体は動くので洗面所へ行き尻尾をタオルで拭くけど、割と水は弾いたのか中までは濡れていない。これなら表面拭いてドライヤーで乾かせばいいかな?
多分体温で乾くと思うけど流石に獣臭を漂わせると言うのも嫌だし、洗ってない犬の臭いがすると言われても嫌だ。流石に30ともなると加齢臭の恐怖と言うものが出てくるし、スメハラ対策は一応しとかないとな。
これってシャンプーとかで洗えばいいんだろうか?髪も伸びたし、風呂時間は長くなりそうだな・・・。と、言うか初めて自分で立って鏡を見たけど頭の1個半分くらい視点は下がってるのに違和感がない。多分一人称視点でゲームしてたからだな。ツキ歳で世界を見たら多分こんな感じだし。
「例の物を持ってきましたよ。」
敷田さんの声がするので部屋に戻ると、ベッドの上には大量の女性ものの服が・・・。うん・・・、予測はしてたけど全部ロングスカート・・・、じゃない?明らかに尻尾が見えそうな感じのスカートもある。尻尾にさえ気を付ければ履けないことはないけど、もしかして俺が知らないだけで医者の間では動物とミックスされた様な人がいる?
「えっと・・・、このミニっぽいスカートって履いていいんですか?」
「いきなりミニに挑むとは・・・、マリちゃん怖い娘!オシャレマスターに向けて着々と成長してますね。」
「オシャレマスターも何も、耳もこの尻尾もかなり目立ちますけど見せても大丈夫なんですか敷田さん。」
「コスプレとか特殊メイクを勉強してると言い張ってもらうのがベターですね。最新の特殊メイクはセルロースファイバーや人工皮膚を使って触らないと見分けがつきにくいレベルですし。マリちゃんがずっと缶詰でいいなら、私達としてはそれでも構いませんよ?」
「社会復帰はしたいですね・・・、流石にモル狐として生涯を終えるのはちょっと・・・。」
「社会復帰プログラムやマリちゃんの会社に対しての説明は行く行くですがやります。まぁ、それはマリちゃん次第ですけどね。ただ常人と同じ様に外を出歩くのは中々に難しい道です。」
「やはり難しいですか・・・。」
「ええ。知名度が必要ですから・・・。」
「知名度?」
「ええ。日常的にコスプレして過ごしていると言い張るには、それ相応の知名度が必要でしょう。仮にマリちゃんの元の会社に急に狐娘が仕事と言って来たらどうします?」
「流石に馬鹿にされてると思いますね。」
「そうでしょうね。しかし、その狐娘が狐娘として仕事をしているとしたらどうします?例えば配信者として企業コラボを打診されて来た、例えば有名ゲーマーとしてゲームの評価をしに来た。要はその姿が仕事に直結していると思わせればいいんです。そうなると、その狐娘は日常的にキャラクターを演じる隙のないプロとして評価されるでしょう。」
「要は歩く広告塔として自立を目指すプランですか?でも、そんなに私な顔は・・・。」
「マリちゃんは美少女ですよ?」
「間違いなく美少女ですね。とりあえず服を着ましょうか。」
確かにツキは可愛く作ったけど、そこまでの美少女なのか?まぁ、アバターが褒められて嫌な気はしないし、これから付き合う顔なら美人な顔の方がいいのかな?まぁ、外回りしてた感じからしたら身構えられるよりはそっちの方がいいか。
「下着付けれます?」
「外せますけど自分でつけるのは・・・。アレですかね?前で止めて後ろに回すとか?」
「それは痛いのでお勧めしません。」
とりあえずブラを付けてもらい服を着る。鏡で見た感じ違和感はないよな?




