10話 全身が!
「明日が怖い・・・。」
「明日来るなら若い、2日目でもまだ若い。」
「3日目で1週間くらい筋肉痛が続くと歳を感じるな・・・。」
「おじいちゃん、はいポーション。」
「悪いなぁ婆さんや。」
「2人ともそんな歳で・・・。」
「「いや、ぜんぜん。」」
まだ30。EMSマシーンも使ってないから筋肉痛はこない。三枝先生に言えばマシーンを貸してくれるだろうか?それはそれでベッドの上でビクンビクンする狐娘が爆誕するな・・・。そう言えば鼻はどうなのだろう?動物は総じて嗅覚が発達していると何かで読んだが・・・。
「それじゃあ剣の試練やるか。」
「ところで魔法遊撃手が欲しいってなんの試練やるんですか?予想はつきますけど試練が多くて。」
「んあ?篝火言ってやれ。」
「今回やるのは抜剣です。雀切が当たったので、それを活かせるモーションを習得しようかと。」
「なるほど、抜剣か。なら捕獲された意味も分かる。」
刀は剣に分類され片手で扱える。その代わり鞘がありその鞘でもぶん殴る事が出来る。逆に大剣は両手持ちなので鞘はなくその分攻撃力が高い。抜剣モーションを練習すると抜刀も速くなるし、柄打ちや鞘打ちにも補正が入るのでやって損はない。
ただ試練の内容が多数の敵を抜剣して倒すと言うもので、慣れないうちは納刀している間に斬りかかりたり蹴っ飛ばされたりと結構難しい。それに普通に剣や刀を使っていても遅かれ早かれ習得出来るのでイマイチ人気がない。まぁ、マスターまで行くと神速抜剣なんかも出来るのだが・・・。
「私が空中を押さえる感じで良いですかね?」
「いいぞ。ワシが周りをノックバックさせて出来るだけタイマンを作る。その間に篝火が斬り伏せて行けば大丈夫だろ。」
「よろしくお願いします。」
篝火さんがペコリと頭を下げてクエストを受注。『試練開始ぢゃぁぁ〜。』の声と共にワラワラと侍風のNPCと小型で折り鶴の様な飛行型モンスターが現れる。この飛行型モンスターが厄介なんだよなぁ~。ダメージは低いものの手やらに張り付いて抜剣やらを阻害する。
「エリアルエアバインド!」
「地鳴らし!ほら、さっさと斬らんか!」
「行きます!」
刀剣以外でNPCにダメージは入らないものの、ノックバックやらスタンは発生するのでフロムさんの地鳴らしでノックバックして何人かぶっ飛ぶ。その間に折り鶴を魔法で狙撃して硬直させる。刀剣で切れば消えるけど、ここで俺が大麻で切っても試練にはならないしな。
雀切を得てからずっと使っていたのか抜刀と納刀は結構スムーズだ。ただ斬り伏せて行くと鯉口を切れやら、鞘打ちで姿勢を崩せ等の指示が表示される。アバターが自由な分、変な所で細かい所作の指示がされるし、脳波操作なのでここで覚えると現実世界でも現物持って慣れれば、その動きが出来る様になるので作り込まれているのだろう。
「くっ!」
「あいつ嫌い。」
「ワシも好かんな。やたらと速いし。」
「明らかにコレさっきまでの侍と違うんですけど!?」
「そりゃあ、修練が簡単に終わらない様にするお邪魔虫だし。」
篝火さんが今対峙しているのは侍じゃなくて山伏風の男。剣の修練1番のお邪魔虫で、抜刀やら抜剣しようとすると腕を押さえつけてくる。考察した人曰く抜けない状態で如何に抜いて斬るのかる?それを求めているらしいけど、速いし力対抗では抜かせてくれないしかなりめんどい。
「篝火がギミック理解して突破出来るかに賭けんか?」
「攻略サイト見てるなら突破出来るでしょう?コツはいりますけどね。」
「アイツには試練やるなら見るなと言っとる。攻略サイト見ながらの攻略も楽しいが、ゲームは初見プレーにかぎるじゃろ?クローズドゲーム派で初のVRMMO、勝手の違いも楽しまんとな。」
「それなら・・・、攻略出来るに100ゴールド!」
「ならワシが出来んに100ゴールドか。」
2人して侍や折り鶴をスタンさせたりノックバックさせたり拘束しつつ話すけど、フロムさんと篝火さんはリアルで知り合いかな?まぁ、クローズドゲーム派の人をVRMMOに引き込むならリアルか、或いはPC上で仲良くなっていないと中々引き込めない。
スマートレンズやスマホが高価か否かは本人の経済力にもよるけど、学生ならバイトして買うか親に買ってもらうしかないし、それでゲームばかりしていても怒られるからなぁ・・・。まぁ、今の時代学校でも使うから持っていない方が珍しいとも言えるけどさ。
「どぉぉしたぁぁ!!そんな抜剣は幾らでも見抜けるぞぉぉ!」
「あぁもう!なんで摺り足したりジャンプして距離を取ってるのに目の前にいるの!?」
「そりゃあ脳波使ったVRゲームだから?」
「塩を送るな塩を。自分で気付かんとダメじゃろ。」
「脳波?VRだから?」
俺達のアバターは肉入の分身体だけどNPCはデータ。つまり脳波読み取られながら行動しているので、運営が絶対この方法以外の攻略は拒否すると設定したなら抜け道を探すのはかなり困難になる。試練は本当に試練だからその辺りはガチガチなんだよね・・・。
「そろそろ時間ぢゃぁぁ〜。」
「もう!?」
「既に20分くらいは山伏と押し問答してるからなぁ〜。」
「アイツ、絶対明日筋肉痛だそ?普段使わん筋肉痛しこたまつかっとるし。」
「えぇい!もう!」
「あっ!正解。」
「えっ!」
篝火さんの刀がスラリと抜けた。なんて事はない。剣を抜くのにわざわざ剣を引き出す必要はない。正解は鞘を抜くで身体を丸め込んでから抜剣しようとした時に鯉口を切るのではなく鞘を引いたのだろう。要は抜剣しようとしたらNPCに必ず止められるけど、鞘を引っ張るのは抜剣ではないと言う判定らしい。
「このまま斬る!」
「温いわ!」
言葉とは裏腹にNPCは篝火さんの刀を白刃取りするとそのまま鞘へ戻した。残念、そこは再度納刀しての鞘抜きだ。まぁ、次やれば更にステップアップもするだろう。
「修練は完了しておらんのぢゃぁぁ〜、また来いよぉぉ〜。」
「あの山伏嫌い。」
「速いしゴツいしねぇ。フロムさん、賭けは五分で。」
「だな。五分でいいだろう。篝火も次修練やるなら1人やってみろ。更に運営の質の悪さを知るぞ?」
「運営は悪い文明。と、なんかもアナウンスが・・・、定期データ照合とサーバーメンテ予告か。私はそろそろ落ちますけど2人はどうします?」
「ワシはもう少しやってから落ちる。篝火は?」
「僕も落ちます。足とかマッサージしないと明日が・・・、今日はありがとうごさいました。」
「いいよ、それではおつ〜。」
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ログアウトしてから時間を確認すると22時半。いつもならまだ寝ないが、三枝先生の手前寝ないわけにはいかない。しかし、やたらと腹が減る。なにか食べたいけど食べられる物もないしな・・・。仕方ない、今日は我慢して寝るか。
三枝先生にメッセージを送るとノックと共に現れてうつ伏せの状態に戻してくれた。布団をどうしているのか聞くと足にだけ掛けているそうだ。まぁ、背中は尻尾で温かいしな。尻尾が痺れたような感覚はないものの動く気配もまたない。横目で見ると毛の塊なのでブラッシングとかしないといけないな。多分抜け毛とかもするだろうし・・・。
「おはようごさいますマリちゃん。朝食を持ってきましたよけど、今朝のお加減は・・・。」
「おぉぉ・・・、あ、足が!太腿が!腕も!」
「痛みますか?痛覚があるのは正常な証拠です。・・・、足が熱っぽいですね。どの様な痛みか言えますか?」
「つ、突っ張った様なこわばった様な・・・。」
「ふむ・・・、何か運動されましたか?例えばスクワットや腿上げ等の。触診した感じ骨には異常がありませんけど、筋肉が炎症を起こしている可能性があります。とりあえず炎症止として湿布を用意しましょう。」
「う、動けないのに筋肉痛?」
「問診と触診の結果だけならそうなります。多少痛みますがスマッサージとトレッチを先にしますね。」
「あっ!いや!痛い・・・!あぁ・・・。」
「朝から何やら少女の艶かしいスクリームが聞こえたので来ましたけど、どう言う状況ですか三枝主任。」
「マリちゃんが筋肉痛の様なのでマッサージとストレッチをしています。」
「筋肉痛?一晩で動ける様になったんですか?」
「さぁ?それよりも敷田さん湿布を持って来て下さい。」
ベッドの上でコロコロ体勢を変えられながら全身を揉まれたり伸ばされたり・・・。めちゃくちゃ痛いし、筋肉痛のせいで熱っぽい。本当に何で筋肉痛に?動き回る事も出来ないし、そんな事が出来るなら顔洗ったり歯を磨いたりしたい。
「湿布と軟膏持って来ましたけど足ります?」
「多分大丈夫でしょう。朝食は食べられますか?」
「た、食べたいですけど痛みで吐きそう・・・。」
「身体検査は一旦保留にして血液検査からやりましょうか。血液を調べれば何かわかるかもしれませんし、それでダメなら医療ポッドに入ってもらいます。」
「お手数かけます・・・。」
無痛針で血液を抜かれつつ安静に・・・。全身に軟膏や湿布を貼られたので痛みは引いていく・・・、早すぎない?更に腹は減ってきて我慢と言うか飢餓状態な気もするけど・・・。
「マリちゃん大丈夫?夜にハッスルした?」
「動けたら油揚げとか買いに行ってもよかったんですけどねぇ、狐なだけに。それよりも敷田さん、ご飯・・・、腕が上がった?えっ?」
ご飯と言いつつトレーを指さそうとしたら何の苦も無く腕は上がった。指もスムーズに曲がるし、筋肉痛の痛みは多少あるもののこれと言って違和感はない。若い身体っぽいし超回復?
「腕が上がりましたね。ちょ!主任に報告!」
「その前にご飯!」
慌てたいたのかベッドの上にトレーを置かれたので、動く様になった腕や指を使いご飯と言うかお粥やらを口へ運ぶ。空きっ腹に染み渡るけどぜんぜん足りない!肉・・・、何か肉が・・・!
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血液とは人体の設計図であり履歴書だ。それを紐解けば罹りやすい病気の傾向も、体質的な生活習慣病傾向も分かる。そんな血液だが、この血液はどうなのだろう?目覚める前の検査では特段異常はなかったし、日々採取して検査した限りでも異常は認められなかった。
なら今日のこれはどうだ?検査機に掛けて出て来る数値は1点を除いて健康的で理想的と言ってもいい。その1点が問題と言えば問題なのか?
「たんぱく質の数値が異様に低い。肝機能障害や慢性炎症や感染症、それこそ体内で大量にたんぱく質が消費されるがん等も見受けられない。そうなると単純に栄養失調?消化器系が弱っていると思い病院食を出したのが間違いだった?確かに本人の発言では空腹を訴えていたが、体形に見合うだけの量は・・・。」
「おやぁ?三枝先生どうされました?」
「白波先生・・・。いえ、なんでもありませんよ」
「そう邪険にしなくてもいいではありませんか、同じ医師なんですから。」
「邪険にしてませんよ。」
「いえいえ、新型バイオナノマシンと医療ポッド。これを事故で使用して以降、三枝先生はなにやら大変なご様子。医院長もはぐらかすので私だけ除け者ですよ。」
「それは白波先生が脳波方面に長けてらっしゃるからですよ。うちはチームメンバーとして敷田さんを脳波方面の技術者として採用しました。私に構うよりご自身の研究をされてはどうですか?」
「流石に海外でもキャリアを積まれた方は違う。まぁ、必要な時は声をかけて下さい。」
白波は手をヒラヒラさせながら立ち去るが、私個人としてあの男はあまり好きになれない。確かに脳波と言う分野では協力者として申し分ないものの、それでナノマシンを操作すると言う研究はどうなのだろう?敷田さんもその方面は研究しているが、あくまで体内にある物を操作すると言う形を取っている。
「三枝先生ちょっと!」
「どうしました敷田さん。」
(マリちゃんの腕が動きました。)
(本当ですか?結果も出たので見に行きましょう。)
出されたデータを抜き取りスマートレンズに保管して削除。昨日まで動かなかった腕が動いた?それは筋肉痛と何か関係が?部屋に向かう途中でプロテインバーを何本か医局からもらい、ノックして部屋の中へ。
「あれ?マリちゃん?」
「歩けたんですか?」
「いや、そこまでは・・・。トイレですかね?水音もしますし。」
確かにジャバジャバと水の流れる音はする。しかし、少し待っても出て来る様子はない。病室と言う事で個室にも鍵は付いていないので、ノックして断りを入れて中へ。流石に返事がなければ倒れている事が疑われる。
がぼがぼがぼ・・・
「ちょ!マリちゃん!?なにしてるの!」
個室に入ると洗面台に寄りかかる様にしてマリちゃんは水を飲んでいた。それもコップで飲む様な事はせずに膝立ちで手で御椀を作りそれが口に流れ込む様にして。一体何があった?いや、これは多分。
「マリちゃん、プロテインバーを持ってきましたよ。足りなければ追加もしますし、水を飲むのを止めたらお肉を食べる許可も出しましょう。」
「・・・、肉!」
差し出した封を切ったプロテインバーに齧りつき、どんどん咀嚼していくがこの分なら固形物を噛めない嚥下出来ないと言う事は考えづらい。ただここに来るまでの推論はある。要は燃料が足りないのだ。全身を駆け巡るナノマシンを生成し動かすだけの燃料が。
「主任・・・。」
「大丈夫ですよ敷田さん。出来れば今から肉・・・、ささみ等の脂身が少ない物をそれなりの量、焼いて持ってきて下さい。話はそれからしましょう。」




